第十話 フォレスト・ホープ・ガイドブック 6
僕はエルフの残念話から気を取り直して少し気になったことを聞く。
「本に載っている挿絵とかもエルフさん達が書いているんですか?」
「いないとは言いませんが、我々エルフは絵を描く者より、物語を書く者の方が圧倒的に多いため、ハーフエルフや外部の方に頼っているのが現状ですね。彼女もそうですよ」
「ちなみにここの名物のイラストも描きました」
「イラストってことはカリスト様饅頭の?」
「はい」
店長さんは真顔でドヤ顔をするという器用な事をした。あの絵、店長さんだったんだ。
あのイラストは細部まで描かれていて、画風は違うけど記憶にある前世で見たイラストレーターさん達の絵とも遜色はなかった。
「あの方達の報酬は大変良いのですが、その分ご注文が多くてですね、最終的に残ったのが私でした」
「ちょっとしか見えませんでしたけど、とても素敵なイラストでしたよ」
「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」
「書いているのはイラストだけなんですか?」
「ええ、私にも物語を書く才能があれば、お店で働かなくとも欲しい本をすべて買えるのですが」
「いえ、そうではなくて、絵本とかま──」
って、この世界に漫画ってはないよね? 聞いている感じでは漫画そのものがなさそうだった、と言うか絵本も怪しい。アリーチェのお土産用に絵本でもあればなと思ったのと、ここの本屋があまりにも日本みたいだったので、つい口を滑らせてしまい慌てて口を閉じた。
「絵本? 絵本とはなんですか? 聞きたいことがあれば何でも聞いてください。これは店長くんのお礼なのですから」
「えっと、文字を読むのが苦手な子供のためとかに、絵が基本で後は少しの文章だけで書かれた本ってないのかなーってですね」
「絵と少しの文章だけですか……申し訳ないですが、私は聞いたことないありません。無理をせず文字が読めるようになってから読めば良いのでは無いのでしょうか?」
「──待ってくださいオーナー。ルカくん、その話を詳しく聞いてもよろしいでしょうか?」
「え、ええ。でも、ちょっと思いついただけのことですよ」
「かまいません」
絵本と口を滑らせたから誤魔化しつつ聞いてみて絵本も漫画もなかったということは分かったけど、店長さんは真剣な顔でさらに詳細を聞いてきた。
どう誤魔化しながら話そうと思いついたのが、村にいたころに僕の考えた──ということになっている──童話を妹に聞かせていたけど、その時絵があれば良いなと思ったということにした。ただ、レナエルちゃんは僕が棒人間で再現していたのは知っているので、不思議そうな顔でこちらを見ていたけど、特に突っ込んでは来なかった。
「なるほど、幼児教育向けということですね、我々にはその発想はありませんでした。エルフの子供の期間はヒューマンとさほど変わらず非常に短いですので……私達の感覚で言えば無いと言ってもおかしくないくらいです」
「オーナー変わらなくはないです、エルフが成長するまでヒューマンの二倍はあります。エルフはこのずれがあるから私達ハーフエルフはエルフの森では暮らせないのです。放置しているつもりはなくても結果的に放置されて子供だと衰弱しちゃいますし、そもそも食料があまりありませんからね」
「森の中じゃなければ、少しは合わせられるんだがね」
「本当に少しだけなんですが……ここでオーナーが開店時間からいたのは、起きた時間が偶然に合った二回だけですよ。それに数日出て来ないこともありますよね」
「……話がずれてしまったようだね。すみませんルカくん、それでその絵本というのは……」
ヘアルトワルさんは誤魔化すように僕に話の続きを聞いてくる。
今のこの世界に無いだけでこれだけの小説を書く人が大勢いるのなら、絵本も出てくるのも時間の問題だろうと、絵本とついでに漫画がどういう物かを伝えようと思った。
大量に置いてあった紙を断ってから貰って「二つほど思い付いていたことがありまして」と前置きをして、僕は大した絵は描けないから、絵本は雑な背景と人物を書きそこに簡単な物語を書く。鬼退治のやつは、改変に世界樹を使っちゃってるのでエルフにはまずいかな? と思い、亀を助ける漁師の話にしておいた。短く終わらせるため最後は変更して、海の中で幸せに暮らしました。で終わる話にしたけどね。
「すみません、僕絵はあんまり得意じゃないので」
「いえ、なるほど。こういう表現方法もあるのですね」
ヘアルトワルさんはなるほど、と言いながらも見た感じそれほど心に刺さってはいなかったけど、店長さんは絵がメインなので、僕の拙い絵本をじっと見て少し心惹かれたみたいだった。
次の漫画はどう書こうかと思ったけど、とりあえず棒人間なら動きを表現しやすいからそれで行こうと思い。これを人だと思ってくださいと、走ったり、ジャンプしたりする棒人間を書いた。ヘアルトワルさんは「簡易表現ですね。面白い」と棒人間には少し食いついた。
それから物語は……うん、さっきあったことでいいか。
本屋に入店したときからこの部屋に連れてこられるまでの事を、棒人間の動きと台詞と漫画的表現で、紙一枚にコマ割りをして書いてみた。
うーん、少し分かりづらいかなぁ、こういうの書いたの初めてだしね。
あれ? 二人共反応なしだ、やっぱり僕の画力じゃ伝わらなかったかな?
反応してくれたのはレナエルちゃんだけだった。
「へー、面白いこと書くわね。さっきのことよね?」
「うん、分かってくれた?」
「ええ、もちろんよ。私はいつもルカの──」
「素晴らしい‼」
レナエルちゃんがなにか言っていたけど、それはヘアルトワルさんの大声でかき消された。
「なるほど、なるほど、なるほど! これは素晴らしい! 新たな表現方法ですね。私達エルフは既存の物を利用したり、改良したりするのは得意と言えますが、こういった|新しい発想というのを思いつくのが非常に苦手《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》なのですよ! これは私達にとっての天啓となりえます」
「えっ⁉」
あれ? 僕余計なことやっちゃった? 僕なんかやっちゃいました? ……ま、まあ、広まったとしても、小説があるところに絵本とか漫画が出来るだけだもんね。平気だよね? ね?
その間に店長さんは一心不乱になにか書いていたらしく、一枚の紙を僕に突き出し見せてきた。
僕がさっき書いたやつのラフ画だった。ラフだったけど棒人間が人間になっていて僕達の特徴がバッチリ掴めていて更に背景も付け足してある。
僕が書いた拙い漫画より遥かに分かりやすくなっている。えぇ、巧すぎるし漫画的表現掴むの早すぎない?
「こういうことですよね⁉」と店長さんは興奮気味だ。そういうことだけど、もうすでに漫画としても僕の書いた物なんか比べ物にならない。
「ああ、もっと私にも物語を書く力があれば、今この胸に宿った情熱をぶつける場所が出来るのに」
「さ、最初は、好きな本の物語を絵として、書いてみたらいいんじゃないんですか?」
「それです! オーナーが書いた本からでいいですよね? 私はこれから出来上がるまで休みます」
「ああ、もちろんだ、頑張り給え。後は誰かがよろしくやるだろう」
「はい、それではルカくん。このご恩はいつか私の全てを持って返したいと思います。それでは」
と、なんかとんでもなく重いことを言った後、慌ただしく店長さんは出ていこうと扉に手をかけるたけど、その手がピタリと止まった。
僕が「どうしたんですか?」と聞くと、僕に近づいてきて──「すみません最後に」と、僕の制服にギリギリまで顔を寄せてズゴーっと音がするくらい鼻から息を吸って、「くぅ~効きます」っと言って今度こそ出ていった。
そんな変な行動も二回目だったからちょっと引いたくらいでなんとかすんだ。うん、ちょっとだけだよ。
店長さんの台詞が気になったのかレナエルちゃんは僕の肩あたりに顔を近づけてくんくんと嗅いで来た、「いつものルカの匂いしかしないわね」と首を傾げた後、ハッとして自分がしたことが恥ずかしかったのか真っ赤になっていた。そりゃ、いくら僕だからといっても男の匂い嗅ぐ行為ってのは、はしたないからね。
出ていく店員さんを見送ったことで一旦話も収まったので、そろそろこの辺でと言うとまた来てくださいとヘアルトワルさんから茶葉を渡され、部屋を出る。
流石に本屋めぐりする気力は残っていなかったので、ジャンルは問わないので今オススメの本をと聞くと三十冊ほど用意されたので、とりあえず全部購入した。
量が多いので明日にでも家に送ってくれるとのことだ。ちなみに一冊銀貨一枚ほどだった。娯楽品としては他の物に比べて安いと思う。
そして、お金払おうとすると頑なに断られたので、お金は使えなかった。いや、買ったことにしとけば誤魔化せるな。小金貨三枚分減らせたぞ、うんうん。
ヘアルトワルさんから見送られつつ店を出て、その後一応端っこまで行くと他の二つの通りと同じく門があった。
住宅街とは少し石畳の色が違い、案内板には職人通り終点と書いてあった。ここの門には二つの通りとは違いフルプレートアーマーを着た兵士さんが二人、門番として立っていた。
流石に答えてくれないかな? と思いつつも兵士さんに今中央街に何があるのか探索中なんですと前置きをして、この先は何があるのかということを聞く。
僕の考えとは違い、いきなりこんな事を聞く僕達にも警戒することもなく聞いたことを教えてくれた。
先にあるのは職人用の工房兼住宅地で職人は基本的に工房に詰めており、店の方に職人はあまりいないと言うことだった。
他の二つも見てきたなら知ってると思うが中央街は通りには門があり、それ以外はぐるりと周りを塀で囲まれている。そして、ここ職人用の住宅地も農民用の住宅地とは塀で分かれており気軽には出入りできないようになっているとのことだ。
見学をしたいのなら兵士に案内させるがどうする? と聞かれたので、今日は中央街の探索だけで来ましたのでと兵士さんにお礼を付け足してから断る。
そして、前に父さんの言っていることを思い出した「任務中は無駄な魔力を使いたくない」と、だからお礼にお水でも出しましょうか? と聞くと、何故か兵士さんの一人が笑いだした。
そして、兜を外し水筒を水を飲み干すとこちらに渡してきた。あ、この人。
「ここにくる時、僕達の御者と護衛をしてくれていた兵士さん」
「はい、お久しぶりですね」
予想外の再会だった。前と同じ様に水筒に水を入れ、もう一人の兵士さんの水筒にも水を入れた。
そして、前と同じ様に最敬礼をされて僕達はそこを後にした。




