第九話 フォレスト・ホープ・ガイドブック 5
店員さんがここの紹介を始めたので耳を傾ける。
それで、まずここは本屋だそうだ。いやまあ見た通りだけどね。
この本屋の系列店は辺境伯の都にもあるし隣国にもあると聞いた。多分ウルリーカさんが本を手に入れていたのはそこからかな。その他店の名前は違ったりもするけど、各大陸の大きな街には必ずこういったエルフが出している超大型の本屋があるらしい。
店内が明るいのはヘアルトワルさんの創造魔法だとか、暖かな光だけを出す魔法でこれによって本が劣化したりとかはしないらしい。こんなに明るいのは、明るいほうが本を見つけるのも本の内容を確認するのも良いからだそうだ。
これだけの大量の本はどう作っているのか、そしてこれだけの物語をどうやって書いているのかというと、まず大量の本はエルフが間引きや森の外周部で栽培した木材を用意して、ベルトルカ商会が製紙技術をエルフから授かり紙を大量生産し、これまたエルフから授かった印刷技術で印刷して製本し、ベルトルカ商会が全大陸に発送していると教えてくれた。ポーションのところに引き続き名前が出てきたベルトルカ商会は、エルフの技術とエルフの本の流通で五大商会の一つまで上り詰めたということだ。
で、肝心の作者はほとんどがエルフでその経緯なんだけど、森の中で外敵の存在も問題ないくらい強く、食料さえもほぼいらないエルフ達が何不自由のなく、心に余裕がある日々を過ごしていくと、やはり不足になっていくのは娯楽だ。
睡眠も食事もほとんど必要なく微睡むことで時間は潰せるが、それでも娯楽に餓えているエルフ。
そんなエルフ達が本に嵌まる最初のきっかけは、ヒューマン族の書いた物語を読んだのがまず第一のきっかけだった。
その想像の世界を読んで衝撃を受け、その想像の世界での物語にどっぷりと嵌まることになったエルフ達だったけど、そのうちの一人が自分も書くと言って物語を書き出したのが第二のきっかけになる。
延々と籠もることがまるで苦ではないエルフにとってはまさに天職だったのだろう。
その流れはあれよあれよと広まって、大陸を超えてエルフ全体に広まっていく、そのうち流通が弱く、少量しか出回らない本のせいで自分達の森と交流のあるものしか、すぐに本が読めないことに業を煮やしたエルフが、革命を起こす。その際にどうすればいいのかと考えに考えて出てきた案が大量生産だ。そしてそのための製紙技術と印刷技術が開発された。
その雑務を自分達がやると創作や読むための時間が潰されて行くのでそれをいやがり、その代わりをしてくれる者探した時にベルトルカ商会が選ばれたのだけれども、それは完全な偶然だった、近くにいたとかたまたま目についたとかそんなんだったとか。
ただ、当時その荒唐無稽なはずの事を商機と見て掴んだのがまだ小さなな商会だったベルトルカの転機だった。
この世界で紙や印刷に関する技術だけ変に進んでいるのは、エルフが自分達の娯楽のためだけに異様な執念を持って発達させていったためであり、それが今の本の歴史だった。
本とは関係ない余談だけど、森に住むエルフの家は、森の木を避けながら全てつながっているそうだ。つまり物凄いデカイ平屋建てだ。その方が紙とか本を雨や朝露で濡れずに安全に持ち運びもできるし、全体の管理もしやすいし何よりも籠もりやすいとのことだ。図書館やみんなが集まって黙々と本を読むためだけの部屋とかもあるらしい。
レナエルちゃんが、本の物語にあった木のウロとか高い木の枝に作ってるんじゃないですかと訪ねたら、「現実と物語を一緒にしてはいけないよ、ウロに住むと汚れるわ虫もいるわで大変だからね? 雨風あんまり防げないし、それに紙が湿気てしまうからね。高い枝にある家? 不便だよ」と一刀両断だった。
夢が敗れたレナエルちゃんはへこんでいた。
そして、アルルアケスのヘアルトワルと名乗られたけど、アルルアケスて森の名前のことですかと聞くとやっぱりそうらしい。
ただ、その後の台詞がまあひどかった。
「ええ、私が所属している森は一般向けを作っていますから、今はその名前ですね」と、最初はえ? 一般向けってなんのこと? と理解できなかったが、ふと思いついたことがあってまさかこれじゃないよねと思いながらも「もしかして傾向のことですか?」と聞くとさすがはハイエルフ様の、といい笑顔で褒められた。正解だった。……嫌な正解だった。
そして今のエルフの森の名前はすべてジャンル名になっており、この本屋の棚の並びも森別に並んでいるそうだ。あ、もしかしてこの本屋の名前、いろいろなジャンルを集めた本を集めたって意味? それを聞くとグッとサムズ・アップされた、本当にひどい残念な話だった。




