第五話 フォレスト・ホープ・ガイドブック 1
「ルカ、ここに座れ」
「どうしたの父さん? あれ? おじいちゃん来てたの?」
いつも通り着替えて僕が食堂に入るとそこには父さんと母さん、それにおじいちゃんとおばあちゃんもいた。おばあちゃんはほぼ毎日こっちに来ているけど、おじいちゃんは辺境伯という立場があるからここに来るのは珍しい。ロジェさんもいたけど何故か食堂の入り口に立っていた。みんなに挨拶しつつ、僕は席に座る。
「頭の方はなんともないか?」
「うん、昨日言った通り大丈夫だよ」
「そうか、良かった。本当に良かったぞ」
最後のは父さんじゃなくおじいちゃんのセリフだ。横に座っているおばあちゃんもホッとした顔をしている。
「すまんなルカ。俺の見立てが甘かった」
「えっ、どうしたの? おじいちゃん」
「先程エドワードにも言われたが、もう少し安全に気を使うべきだった。戦えないお前があそこに行く危険性は分かっていたはずなのに、魔の森を、その中央にあるものを何とか出来ると思って気が急いていたようだ」
その中央ってのはたぶんアリーチェとつながった世界樹のことだよね。おじいちゃんはあんまり世界樹のこと、はっきりと口にしないよね。
「でも、平気だったし──」
「ふざけるな! 平気じゃねぇ‼ あの魔獣がお前にぶつかった時、俺はお前が死──いなくなるかと思った。もうあんなのはゴメンだ」
父さんは僕の言葉に椅子が倒れるくらいの勢いで立ち上がり叫んだ。
そして死、で父さんは一回言葉を止めた。多分死んだんじゃないかと言おうとしたんだけど、それを口に出すだけでも辛かったんだろう。父さんは辛そうにギュッと目をつぶった後、言葉を言い直した。母さんも辛そうに僕を見ながら、父さんの手を強く握っていた。
それを見て僕は後悔する。確かにそうだ、前にアリーチェとアリアちゃんのおかげで死ぬことを免れたのに、その時は生きていけることに感謝したのに、なぜ僕は危険に無頓着なんだろう。考えてみると森に一人の時も黒いアローラビットがぶつかる寸前でも、一切の恐怖を感じなかった。そしてそれを思い出す今もだ。
僕を心配して家族にこんな辛そうな顔をさせてしまったことに反省をしないといけない。
「……ごめんなさい」
「あ、いや。……すまん、ルカ。お前に謝らせたいわけじゃねぇんだ」
「二人共やめてくれ、この件は俺のせいだ」
「そうですよ。旦那様のせいです。もう少しちゃんと考えてくださいな」
「う、うむ」
僕の不注意な一言のせいで、食堂の空気が重くなったけどおばあちゃんの混ぜ返した一声が少しマシにしてくれた。
「ただ、伐採を止めることはできん。そこでだ今回の件、疑似スタンピードの後、魔獣は七日目で出た。これからはルカが一人で行くのは四日目までで、五日目から冒険者を入れて様子を見る。そして六日目からはルカ、お前は休め。調査次第では日にちを変更するが長くすることはしないと誓おう」
「親父、そこまでしても良いのか?」
「──昨日の話を聞いた時は流石に俺もこたえた。こういう話を今ルカにするのは間違ってるのかもしれんが、貴族の俺なら本来はもっと効率のみを突き詰めないといけないんだがな、もうできん。やっぱり引退を決めてよかったのかもな」
そんな事をつぶやくおじいちゃんが僕には見た目より老けて見えた。
そんな時おばあちゃんがパンパンと手を叩いて、この空気をまた払拭してくれた。
「はいはい、暗い雰囲気はここでおしまいにしましょう。ソニアさん、レナエルを呼んできてください」
「分かりました。カロリーナさん」
「あら? お母様でいいんですよ?」
「あ、えっと……」
トレイム村ではお母様って呼んでたからね。本当は違うからここに来てからは父さんと同じく名前呼びにしているけど、それをカロリーナさんにからかわれてるみたいだ。そう思ってるとおじいちゃんも同じことを思ったらしく「おいソニアちゃんをからかうなよ」と言っていた。
「私は本気ですよ」と軽く返されていたけれど。
「来ましたねレナエル。座りなさい」
「部屋にいろって言われてたけど、どうしたの? お祖父様、お祖母様」
「うむ、待たせてしまったな。まずはこれだ、トシュテン」
「かしこまりました」
レナエルちゃんは母さんと一緒に少し離れたところに座った。
おじいちゃんは懐から革袋を取り出したと思ったら後ろに現れたトシュテンさんに渡して、トシュテンさんは僕の前にそれを置くとジャラリと音がした。
いや、トシュテンさんいたの⁉ 全然気付かなかったんだけど。
「お金?」
「そうだ、今回お前が働いた分の一部だ」
「へーそうなんだ。はい、父さん」
「ちょ、ちょっと待て。そうじゃない」
革袋をそのまま父さんに渡そうとしたら、おじいちゃんに止められる。
「え?」
「お前が稼いだ分だぞ」
「うん、だから家に入れるよ」
「……おい、エドワード。この子の物だと言ってもやっぱり駄目じゃないか」
「待てって親父。ルカ、これはお前が稼いだ分だ。だからお前が使うんだ」
「でも、僕に使い道なんてないよ」
「いや、そのためにレナエルを呼んだ」
ついレナエルちゃんを見たけどレナエルちゃんもよく分かってないらしく、キョトンとした顔で首をふって否定していた。
そこでおばあちゃんが「コホン」と咳払いをした、どうやら説明はおばあちゃんがしてくれるみたいだ。
「レナエル、今日からルカも休みになりました」
「ルカもお休みあるのね、良かったわ」
「ええ、本当に。それであなた達はまだ、中央街に出たことないのでしたね」
「うん、そうよ」
「そこでです。ルカ、あなたはレナエルを連れて中央街に行ってらっしゃい」
「え? レナエルちゃんと?」
「そうです。あなたはまだお金を使ったことないでしょう? 街で使い方を学んできなさい。それとレナエルをエスコートするのですよ」
「それって、ルカと……デート」
僕となんだろ? なんてね流石に僕にだって、ちょっとしか聞こえなくても状況から分かるよ、デートって言ったんだよね。
女の子とデートか、こっちの世界では初めてだ。
「そうです。休みは二日あります。好きなだけ遊んで来なさい。お金も全部とはいいませんが半分以上は使うのですよ。全部使ったらいいなさい好きなだけ渡します」
好きなだけ渡すってこれ本当に僕が稼いだ分なのかな? おじいちゃんからのお小遣いじゃないかな?
「レナエルもいいですね。ルカを支えて上げるの──レナエル?」
おばあちゃんが不思議そうにレナエルちゃんを呼んだと思ったら、当のレナエルちゃんはうつむいてなんかブツブツ言ってる。
流石にこれは小声すぎて聞こえなかった。
「ルカとデートなんて、私嬉しいわ。でもやっぱり恥ずかしいわ。二人っきりでデートなんて、あ、二人っきりってキ、キスなんてするのかしら、いえお祖母様は二日あるって言ったわよね。まさかお泊りデートなの? そんなまだ早いわ、でもルカが良いなら私も」
「レナエルちゃんそれは確かにまだ早いわ。二日といってもちゃんと晩ごはんまでには帰ってくるのよ」
隣りに座ってる母さんがレナエルちゃんをなにか耳元で言いながら揺さぶると、レナエルちゃんは「はっ」と言いながら顔を上げて、みんなに注目されていることに気付いて恥ずかしそうに顔を下げていた。
おばあちゃんは「コホン」とわざとらしい咳払いをしてから口を開いた。
「とにかく、よろしいですね。もう少し子供らしく遊ぶことも覚えなさい。ルカは働きすぎでした。ねっ!」
最後の「ねっ!」は父さんとおじいちゃんに向けて言ったみたいで、二人共気まずそうにしていた。
僕は気にしてないんだけどね。でもこの考えが駄目だったんだろう。
「あ、でも。アリーチェはどうするの?」
「中央街は結構人通りあるからアリーチェは連れていけないわ。さすがにおるすばんよ。ちゃんとお土産買ってきて上げなさい」
「わかったよ母さん。でも、明日は全部アリーチェのために使っていい?」
「えっと、ルカ……そうね。あの、レナエルちゃん……」
「……いきなり半分になるのね。そうよねルカがアリーチェのこと気にしないわけないわよね。いいわ、ルカ明日は私もアリーチェといっぱい遊ぶわよ、街で一緒に遊べるものも買うわよ! でも、今日は私だけよ!」
「うん、わかったよ。これでお金の使い道が一つ増えたね」
そうだ全部アリーチェのお土産買ってあげればいいんだと考えていると「ルカ、当たり前ですがアリーチェのために全部使うのはなしですよ」と、僕の考えはバレバレだったらしくおばあちゃんに窘められた。
その後、おじいちゃんとおばあちゃんも含めてみんなで朝食を取って、隠していても僕がどこで何をしているのかは筒抜けなので正直に今日のことをアリーチェに説明すると、案の定「ありーちぇもいっしょにいく」と泣きながらグズった。
街はまだ危ないとか、もう少し成長したら一緒に行こうとか、お土産買ってくるとか、明日は全部アリーチェのために使うからとか言っても全然ダメだった。
ただ、母さんが抱っこして、「ルカのためなのお願い」と言うと涙をいっぱいためながら、僕の顔をじっと見てコクンとうなずいてくれた。
アリーチェが僕に手を伸ばしてきたので、母さんから受け取りアリーチェを抱っこするとアリーチェはスリスリしながら「あしたはずっとありーちぇとなの」と言うから「うん、約束」としっかり答えた。母さんにアリーチェを渡し、僕達は行ってきますと家を出た。
家から出て塀の外側をぐるりと回ってトシュテンさんの馬車で正門から入り、近くにある馬小屋に馬車を預けて、僕とレナエルちゃんは学校の制服で中央街まで来ていた。その時ちょうど街に鐘の音が響き渡った。
もちろん、一度塀の外に出なくても中央街に続く道はあるけれど、トシュテンさんが言うには「正門から入って一直線に前を見てください。そうすると旦那様のお住まいが見えますので、それもここの名所ですよ」ということだった。
制服なのはこれならどんなドレスコードがあったとしても引っかからないし、トラブルにも会いにくいってことらしい。
デート用の服なんて持ってないからちょうどよかったかも。
それとレナエルちゃんに左の肩口についているおじいちゃんの紋章は、布を巻かれて隠されている。
変に注目を浴びないようにするためらしい、トラブルがあったときは逆にそれを見せて回避すればいいということだ。
それからトシュテンさんは「少し用事がありますので離れますが、その後はここでお待ちしています。二人も陽が沈む頃の鐘が鳴る前に戻ってきてください。あまり早く戻っては駄目ですよ」とたっぷり時間を使って遊んでこいと念を押してから僕達を見送ってくれた。
さっきも聞こえてきた通り、この街では時間を知らせる鐘が鳴る。この世界も前世の一日と変わらず二十四時間で一日がすぎる、鐘の音は六時、九時、十二時、十五時、十八時の時間に鳴る、ここでは普通に 鳴る順番と回数で呼んでいる、一の鐘とかね。いまさっきのは二回鳴ったから九時の鐘、つまり二の鐘だ。
この街に来てからは大雑把だけど鐘の音で時間が分かるようになった。
学校には時計台と『クラス』には時計があるから細かい時間も分かるんだけど、そこまで細かい時間は学校とか貴族とか以外はあまり気にしていないらしい。
村にいた時は日が昇ったら始まって、日が沈んだら終わりだったからね。細かい時間どころか大雑把な時間も気にすることもなかったよ。基本的に太陽に合わせて動くのが農村あるあるだ。
トシュテンさんの言う通り、正門からまっすぐ見ると通りがあって、その先に開けた場所で噴水がある広場をすぎると、更に通りがある。
その奥を見上げて見ると、その奥の高い丘におじいちゃんのお城が街を見下ろすように建っているのが見える。
たしかにここから見るお城は荘厳でどこか神秘的なものを感じさせる気がする。こういう権威も必要なんだろうなとも思った。
時間を知らせる鐘がある塔は僕の右斜め前方向にちらりと見えるんだけど、中央からずれているのはおじいちゃんの城の見た目を少しでも邪魔しないよう少しずらして建っていて、それは貴族が管理しているので貴族街にあるらしい。
近くに住むのはうるさいんじゃないかなと思ったけど、鐘近くに住むというのは辺境伯様に重要と認められているということらしいので、鐘の音も気にならないどころか、うるさいくらい近いほうが自慢になるとか。まあ、夜や頻繁になるわけじゃないしそんなもんなのかな?
そして便宜上におじいちゃんのお城を北側で入り口を南側と言うけど、その二つと噴水広場を合わせて本通りと呼ばれる場所ということをトシュテンさんから聞いた。
トシュテンさんがこの本通りのことだけ教えてくれたんだけど、それは本通りには僕達が見るものはあまり無いからだということだ、確かに正面入口からしばらくは馬車も止めれる広い馬小屋付きの高そうな宿屋がズラッと並び、それ以外は噴水広場周りの建物と北側の本通りも含め色々なギルドなどのお役所がある場所になる。ここからでも見える本通りの奥にはまた塀と門が有り、その奥は貴族街で貴族もしくは貴族並の立場を持っているか、その人達から招待されない限り普通は入れないらしい。ついでに言うと僕達の家はその貴族街の塀と外の塀に挟まれた特殊な奥まった場所に建ててあると聞いた。僕達の家の周りの塀は、入り口以外は家の塀ではなく街の塀だったわけだね。
ここ中央街と言われる場所は街の中央にあるという意味ではなく、この街で暮らすための生活の中心の場所と言う意味らしい。
まあ正面の門からすぐに中央街だもんね、その奥にも横にもこの街は広がってるみたいだし。
歩いて南の本通りを抜けた先に噴水広場が有りその広場から放射線状に道が走っており、その道に沿うようにお店が立ち並んでいた。
広場から伸びる道は本通りも入れて八本あり、円を奇麗に八等分した形で道が分かれている。道は石畳でできていた。
噴水の周りには吟遊詩人みたいな人が弦の少ないギターみたいなのを引いていたり、大道芸人でジャグリングをしている人や銅像の姿をしてピクリとも動かない芸をしている人もいる。
この賑わい様はとてもじゃないけど二年とちょっと前にできたようには思えないけど、建物とかは建てたばっかりだからすごく綺麗なんだよね。
あ、言い忘れていたけどこの街の名前は森の希望と言うらしく。すぐ近くにある魔の森に対する希望の街と言うことらしい。




