第三話 魔術と奇跡と運命 3
「ルカ! 大丈夫か! 怪我は!」
駆け寄った父さんに揺らされて、ハッとして父さんの顔を見る。
「あ、うん大丈夫。なんともないよ、多分」
「隊長! 駄目ですって頭に食らったんだから揺らしちゃぁ。すまんが、そっちのパーティに回復魔法使えるやつはいるか?」
僕を揺らしていた父さんをロジェさんが慌てて止めて、一緒にこちらに来ていた先程の冒険者パーティに声を掛けていた。
その向こうでゲインさんのところにアダンくんが近寄ってなにか「親父、大丈夫か」と話しているのも見えた。
「ああ、いる。ただ教会のものではないのだが、大丈夫だろうか?」
「構わないぜ、俺達はそこまで信心深くない」
「それは良かった。サクラよろしく頼む」
「はいリーダー、杖をお願いします。私はサクラといいます。今から魔法をかける準備をしたいんですが、あの……怖がらないでくださいね」
何故か目を閉じた巫女服っぽい格好の女性でサクラって呼ばれた人が前に出てきて、手に持っていた錫杖みたいな杖をリーダーと呼んだ人に渡した後、僕の両手を握った。でも、怖がるってなんだろう? と不思議に思っていると、目の前のサクラさんはゆっくりと目を開いた。
眼の前の女性は黒目と白目の部分がすべて金色になっていて、丸い瞳孔だけが黒く見える目をしていた。
「うぉっ」
それを僕の横で父さんを落ち着かせていたロジェさんが、サクラさんの眼を見て驚きの声を上げた。僕とそれと父さんも少し驚いたけどロジェさんが先に驚いて声に出したので、二人共驚きが引っ込んじゃった。ただ、そのロジェさんの声にサクラさんはビクッとしてしまった。
その驚いた声とサクラさんを見て、父さんも落ち着きを取り戻したみたいで、ロジェさんの頭を抑えながら一緒に頭を下げていた。
「すまん、こいつに悪気はないんだ。あんた、たぶん竜人族だよな。その眼を見るのは初めてだったんだ。許してくれ」
「いえ、龍眼を持つ私共はあまり眼を開きませんので、驚かれるのは無理はありません。あなた方からは嫌な感情を感じませんので気にしないでください。それよりもこの方を」
「そう言ってくれて助かる、ルカをよろしく頼む。俺の息子なんだ」
「分かりました。失礼しますね」
サクラさんはそう言うと僕の手を握ったまま、顔をじっと見つめてきた。これがドラゴニュートの眼なんだね、きれいな金色をしていて綺麗だ、黄金とかの鉱物的な金色ってわけじゃなくて生物的な美しさがあるよね。
それに眼をあまり開かないって、なにか特殊な眼のかな? そういえば僕の『クラス』のタツキさんも、目を開かないどころかアイマスクすら外さないよね。
タツキさんが着けてくるのは、様々なかわいい動物の眼をディフォルメしたアイマスクなんだけど、たまに着けてきたかわいいやつから急に一つ目とか、ゾンビっぽいものとかちょっとホラーチックなやつにこっそり付け替えていて、それを見つけた従者のラムアリエスさんに「可愛くないのは許しません」と怒られていたりする。
そんなタツキさんもドラゴニュートだと言っていたけど、タツキさんと違って目の前のサクラさんは角も尻尾も生えてないみたいだった。
「あ、あの」
「はい? どうかしましたか?」
サクラさんの眼をじっと見ながら、半分別のことを考えているとそのサクラさんから戸惑ったような声がかけられた。
「そんな純粋な目で見つめられるとさすがに恥ずかしいというか、なんというか」
「あ、すいません。綺麗だったものでつい」
そう言うとサクラさんは顔を赤らめて、もじもじしていた。
純粋ってのはよく分からないけど、確かに別のことも考えていたらじっと見つめちゃっていた。女性に対して失礼だった。
少し視線をずらすと、顔を赤らめたままサクラさんは続けて僕の魔獣がぶつかった所を見て、軽くうなずいた。
その後、僕から手を離して父さんへ顔を向ける。
「大丈夫です。何もお怪我はありません。身体強化で防げたみたいですね、魔獣のスキルではなくて、ぶつかっただけなのでしょう──ただ」
「ただ⁉」
父さんが大きな声を出すとサクラさんがビクッとしてロジェさんに「隊長、落ち着いて」と窘められていた。
「い、いえ。ただ、お熱があるみたいです。見た感じご病気ではなさそうですので、回復魔法を使っておきますね」
「そ、そうか。すまん、でかい声を出して」
「いいんですよ。お子さんが心配なのは誰でも同じです」
確かに頭がジリジリと焼けたように熱い気がする、それにさっきなにか色々なものを見たせいな気がする。でも、すぐさっきのことなのに、曖昧で確かに記憶にあるはずなのに靄がかかっているように思い出せない……思い出さない方がいいとも心の奥底で言っているような気がする。
ただ、僕の中から無理矢理引き出された感覚があって、魔術を使ってゲインさんを助けたという結果だけは分かる。
──そうだ、魔術だ。なんで使えたんだ? 使えるようになった? 疑問に思った僕は外にもれないよう口の中で『力ある言葉』だけで発動するという魔術を唱えてみたけど、やっぱり発動はしなかった。
そんな疑問を感じていると「いきますね」と言うほんわかとした言葉と魔法が僕を包もうとして、それを僕が反射的に弾こうとしたので慌てて受け入れる。回復魔法が僕を包み、頭の熱さがスッと引いていく。
「はい、熱も引きましたね。これで大丈夫でしょう」
そう言ってサクラさんは、僕の全身を見た後、何故か少しまぶしそうにしてから、目を閉じた後、預けていた杖を受け取った。
受け取る手が迷いもなく杖をつかんでいるので、目をつぶっていても見えてるのかな? と思う。
初めてタツキさんに会った時もそんな事を思ったっけ。あ、その後に扉に手をぶつけていたからよくわからなくなったんだ。
「あの、ちょっと聞きたいんですけど、目をつぶっても見えてるんですか?」
「ええ、そうですね。龍眼を持って生まれたドラゴニュートは、色々なものが見え過ぎるので普段は瞼を閉じてるんですよ。瞼を閉じていてあなた達と同じように見えると思いますので、寝る時は少し大変なんですね。なので私の国では睡眠用に目を覆う物がたくさん売ってますよ。こんなのとか」
そう言ってサクラさんは柔らかく微笑んだ。目をつぶっていても見えるなんて大変そうだとは思ったけど、当の本人は懐から花柄のアイマスクを取り出して
「そうなんですね、あと一ついいですか? サクラさんは角も尻尾も生えてないんですね」
「ああ、なるほど、タツキ様を見られましたか、あの方だけですよ。普通のドラゴニュートは持って生まれたとしても一つ。そして極稀に二つ。ですが、タツキ様はすべて持っていらっしゃいます」
そうなんだな。やっぱり姫様にもなると特殊なのかな? 少し謎が解けたのでスッキリしていたら父さんが僕の肩に手をかけた。
「ルカいつまでも喋ってないで、今日はもう帰れ」
「え? まだお昼だよ」
「だめだ、今日は終わりだ。そっちはどうする? まだ森に戻るのか?」
「いや、私達はこいつをギルドに持ち帰って報告せねば、すまないがこれを含めて仕留めた魔獣を売ってくれるだろうか?」
リーダーさんは黒いアローラビットを手に持っていた。
頭が割れてぶら下がっているアローラビットはグロかった、口もだらしなく開いていてそこから肉食獣のような鋭い牙が見えていた。
僕がサクラさんに見てもらっている間、他の三人の人は黒いアローラビットを調べて何か話していたみたいだけど、それはこのアローラビットが見たことなかったからだったのか。
「それは新種だったのか? ただの黒いアローラビットじゃないのか?」
「私は新種か変異種と暫定する。角うさぎに擬態するために、こいつらはほとんど茶色の毛皮だ。偶然黒色になった可能性もあるがそれは低いと思う。こいつの毛皮の先を見ていろ」
そう言ってリーダーさんがアローラビットを左右に傾けると毛先と背景の境界線がぼやける。
「特殊な毛皮で隠密性を高めている、さらに、我々が気付かなかったのはコイツは魔力も隠蔽しているのだと私は思う」
「なるほど」
「それで売ってはくれるのか?」
「ああ、いいぜ」
「金額は通例通り七割でいいか?」
この金額は取れる素材の傷とかは考慮せず、満額からの割合らしい。だから買ったほうが損することも多々あるとか。
「いや、そいつを連れ帰ってくれれば五でいい」
「ずいぶん破格だな。いや、それだけその子が大事だということか。こちらには得しかないそれで頼む。おっと、その前にこちらはA級冒険者パーティーの紅だ。私がリーダーのマートレ。こちらが冒険者証とパーティ証だ。確認を頼む」
リーダーさんが自分のパーティの紹介と共に胸元から何かを取り出した。その見た目はドックタグで、それに小さい宝石のような物が埋め込まれて文字が彫っていある物を二つ取り出した。
リーダーさんが言った通りそれが冒険者証とパーティー証なんだろう。そしてリーダーさんが魔力を流すと宝石がキラリと光る。それを見て父さんは頷いた。
「確かに、しかしその若さでA級とはな。末恐ろしいな」
「ふふ、我々は優秀だからな。それでは買い取らせてもらう。マイン計算を頼む」
「いいけど、リーダーたまには自分でやりなさいよね」
「……すまん」
さっきまでのやり取りはかっこよかったのに締まらない終わり方だった。
リーダーさんは計算苦手っぽいね。まあ数字見るのも嫌な人っているもんね。
「えーと、リーダー新種の分はどうする?」
「そうだな──」
「普通のアローラビットとして換算してくれていい」
向こうの魔法使いっぽい人──マインさんが、リーダーさんに黒いアローラビットはと聞いていたけど、父さんが先に答えていた。
「いいのか? 後で渡すのでもいいのだぞ」
「いや、大丈夫だ。これに関してはここで終わらせていい」
「多分報奨金出るのに……いいならこっちが儲かるからありがたいけどね。ほい、計算したお金」
そう言うと父さんに革袋みたいなものを投げて、受け取った父さんはそのままロジェさんに渡すとロジェさんはうなずいた。
「確かに、それじゃルカを頼んだぞ」
「あれ? 確認しなくていいの?」
「ロジェは重さと音で分かる」
「……ちょろまかさないで良かった」
「なんだ? お約束やりたかったのか? 『一枚足りないぜ?』『数え間違えてたんだ。すまんな』ってな」
「ただの冗談よ。そのやり取りめんどくさいのよ」
父さんが少し懐かしそうに喋っていた、相手のマインさんは勘弁とばかりに手を降っていたけど。
話し終えると父さんは僕の直ぐ側まで歩いてくる。
「ルカ」
「どうしたの父さん? 僕、大人しく帰るよ」
「そうじゃない、ゲインを助けてくれたよな。ありがとう」
「何があったかわかってたの? 僕もとっさだったからイマイチ分からないんだけど」
「多分生活魔法だろうが何をしたかまでは分からん。ただ、お前がその何かをしなければゲインは今ここにはいないだろう。複雑な気分だが誰も怪我がなくてよかった」
「うん」
「だがそれでも、もう無茶はしないでくれ」
そう言うと父さんは僕を強く抱きしめた。




