第二話 魔術と奇跡と運命 2
父さんの命令の後、みんなは素早く隊列を組む。ロングソードを持った四人が横に並ぶ父さんの左側に一人、右側に二人だ。残りの六人は射手として並ぶ。
射手の人達は、父さんの横に一人、一番角度がつく右の人の前にロジェさんが、その他二人の前に二人ずつだ。
そして、ゲインさんと僕はそのだいぶ後方に位置する。
ロジェさんが射手の人達に指でサインを出しながら命令しているみたいだった。多分狙う魔獣を指定していたんだと思う。
ロジェさんの指示が終わり、弓が引き絞られるのを見ると、父さんは「行くぞ」と大きく息を吸い込んだ。
「『ウォークライ』!!」
父さんのウォークライと言う言葉に魔力が乗って、アローラビットにぶつかるのが分かる。
それを受けアローラビットの目が怒りに満ちて、父さんに意識が向かう。
前の疑似スタンピードの時にセレスさんが使った王族のギフト『カリスマ』と性質が似ているのがなんとなく分かる。
比較しちゃうのは父さんには悪いとは思うけど、事実として効果と範囲が文字通り桁が違う、それも一つや二つの桁じゃない。
だけど、この場においての効果は十分みたいだった。
父さんのウォークライで、アローラビット四匹から一斉に魔力が放出され、名前の通り弓矢のような速度で一直線に父さんへと飛んだ。即座にその射線に合わせ計六本の矢が放たれる。
一匹は外れ、四匹中三匹には命中するかと思ったけど、その直前でアローラビットの軌道が変わりすべての矢が外れ地面に刺さる。更に軌道が変わったアローラビットは速度が倍ほどに跳ね上がり、自分を狙った射手のところへと標的が変わっていた──が、ロングソードを持って前に出てきた人達にカウンターで切り裂かれていた。
矢が外れた残った一匹は、そのまま父さんのところへ向かう。父さんはいつの間にかロングソードを地面に捨て、右手にショートソードを握っていた。
その剣を持ったままだらりと両手の力を抜いて落とし、自然体でいるみたいだった。
アローラビットが父さんの直前に来た時に、他のアローラビットがやったように軌道が変わる──その瞬間父さんは一歩だけ後ろに下がり剣を動かした。
「ギッ」と言う声が聞こえ見ると、父さんが突き出したショートソードにアローラビットが突き刺さってダランとしていた。
これが父さんがウォークライを使ってから、瞬き三回分くらいの時間くらいで起きたことだ。
父さんがダランとしたアローラビットの首を折った後「各自、生死確認及び索敵」と言う声に「死亡確認、敵影なし」と言う声が三回続き、全アローラビットが倒されたことが確認された。
確認された後、ビリビリと張り詰めていた空気が緩んだ気がした。父さんは振り返り、無事な僕を見てホッと安心したような顔をしてくれていた。
眼の前のゲインさんも肩から力が抜けたのが分かる──その時、森からまた音がする。今度はガチャガチャと金属音を立てながら走る音だった。
その音に父さん達はまた剣を構えながら警戒する。
その時「大丈夫か!」と、森から出てきたのがさっき聞いた声で、赤い長い髪をポニーテールにした精悍な顔付きをした女性だった。その女性は動きやすそうな皮の鎧とスモールシールド、腰につけているロングソードから見て戦士系なのかな? ガチャガチャとなっていたのは鞘鳴りだったんだろう。
そして、続いて「リーダー、一人で行くのは危ない」と赤い短髪でその赤い髪からリスのような耳が生え、身軽そうな格好から太くて長いクルンと丸まったしっぽが生えている斥候ぽい女性、赤いストレートの長髪で魔法使いっぽい格好と短い杖を持った女性、赤い髪を肩くらいできれいに揃えている巫女服に似ている格好で錫杖みたいな杖を持って目を閉じている女性が次々と森から出てきた。見事に赤い髪ばっかりだった。
そして、少し遅れて大きなリュックを背負ったこれまた赤い髪をした少年が──ってアダンくんじゃん。本当に冒険者になったんだ。なんか女性ばっかりのパーティーなんだけど、アダンくんもやるなぁ。
警戒していたけど物音が冒険者の人達で、さらにアダンくんが出てきたのを見た父さん達は、気が抜けたのか軽く息を吐いて剣を収めていた。
こちらと言うか、多分ゲインさんを見たアダンくんが、すごく気まずそうに目を逸らして頭を掻いている。
ゲインさんは、面白いものを見たと言わんばかりのニヤついた顔になって、僕に振り返った。
「見ろよルカ、アダンのやつハーレムパーティーだぜ。あいつパーティメンバーのこと黙ってたんだが、これが原因か」
ゲインさんは僕と話しながら、ちらちらとアダンくんを見て更にニヤついていた。
父さん達もアダンくんをどうからかおうかと思っているのか、同じようにニヤニヤしていた。
──その、緩んだ空気の中、何故か、僕は、猛烈に嫌な予感が走った。
僕は視線を動かしたつもりはないのに、ゲインさんの顔を見た後に、冒険者の人達が出てきた辺りの森の木、その天辺を見て、その木から木の葉が少し不自然に散るのを見た。
その瞬間、脳に火が入ったように熱くなり、世界がスローモーションになる。
それに合わせて舞い散る葉っぱも、ゆっくりと見える。
僕の体も動かそうとしても、周りと同じようにゆっくりとしか動かない。
そして、木の天辺とゲインさんの間に、黒い影のようなものが見えた。
目を凝らしてみると、黒い体毛をしたアローラビットみたいな魔獣が見える、それが殺意を目に宿らせゲインさんを狙っていた。
黒いアローラビットは飛んだと思われる木の枝からゲインさんまでは、もう半ばまで来ている。
ゆっくりと動く中、突撃してくる敵に気付いたのか父さんと斥候ぽい女性の顔がこわばり、声を出そうとするがもうすでに手遅れだ。
このままでは、先ほどアダンくんを見たら身体強化を解いてしまったゲインさんは、後頭部を貫かれ──確定で死ぬ。
更に、世界が遅くなり目に見えるものが止まっているかのような中、僕の頭は解決方法を探り出す。
僕の生活魔法や突き飛ばしたりするのでは絶対に間に合わない。生活魔法では手をかざして構築し発現するまでほんの少し足りない。突き飛ばすのはそれよりも遅い。
僕が出来る中で、この状況を打開できそうな方法が導き出されるが、どれも間に合わず却下される。結果的に解決方法がゼロになる。
ならばと代わりに僕が知る中で、僕が出来るはずのことで、これから起きることを防げる唯一の方法が導き出される。それはおじいちゃんの──
そこまで頭に浮かぶのと同時に、僕の頭には一番間近で見た仕立て屋でエルクさんの腕をかち上げたおじいちゃんの魔術構成が思い出され、そうできることが当たり前のように思考で空間に魔術を構築した。
あの時見たのと同様にショックを与えるだけの弱い魔術だが、生活魔法とは比べ物にならないほどの速度と精度で発現するそれは、寸分違わず僕の狙い通りの空間に発動し、命中した。
ぶつかった瞬間「バチンッ」という衝撃音と共に黒いアローラビットは弾かれ、黒い影はゲインさんの後頭部から軌道を変えた。
その音を聞いたとき、いや、聞く刹那より早い前に僕は、何かを動かした感覚と何かが抜け落ちた感覚を同時に味わった。前には気づかなかったけど、この感覚はあの時と同じ──
「あ」
世界が元通りに動き出し、目の前に見えた物につい口から言葉が出たけど、多分、声にはなってなかったと思う。
魔術そのものは狙い通りの空間に発動でき、黒いアローラビットは魔術に弾かれ軌道を変え、ゲインさんが急な衝撃音にビクッとすると同時にその顔の横を通りすぎる。
ゲインさんから逸らすという事象は確定した瞬間、黒いアローラビットが身じろぎしたので、本来は後ろに飛んでいくはずだった黒いアローラビットは運が悪いことに、勢いがそのままに僕の顔へと激突したからだ。
肉と骨が発するグシャリという嫌な音とともに後方に弾き飛ばされ、もんどりをうって地面に転がり、割れた額からドロリとした液体が地面に広がっていくのが分かった。
今まで聞いたことのないような焦った声で、僕を呼ぶ父さんの声が聞こえる。急いで僕に駆け寄って来ているのも音で分かるけど、僕はそれには答えられなかった。
──僕は、そう……僕にぶつかっただけで、ひどくグロいことになっている黒いアローラビットを呆然と見てたから。
……えぇ? ちょっと衝撃来たけど、僕は全然痛くなかったんだけど。うわっ……、僕の額、硬すぎ……?




