第一話 魔術と奇跡と運命 1
「そろそろ、休憩に入るぞ」
今日もまた森に入り伐採を続けていた。お昼が近づいて父さんのその声に「へーい」とか「おう!」とかの返事があちこちから返された。
僕も「わかった」と言うと父さんの元へと近づいて近くの切り株に腰を掛ける。
それから他の人達もぞろぞろと集まって切り株に腰掛けていく。
今日は僕一人じゃなくて、開拓メンバー全員一緒だ。
僕が一人奥に入って切り倒した部分は五十平方メートルくらいで、今はそこから外に向って切り倒しているところだ。後少しで森の外と繋がる。
みんなでやっているのは、そろそろ森に魔獣が戻ってくるかもしれないってことと、その調査のために冒険者の人達が森に入っているそうなので、僕の生活魔法は大ぴらに見せてはいけないと言われているので使えない。
使えないなら僕一人でいても仕方ないからみんなで作業をしている。
というわけで、今日はボーンを出さずに身体強化と軽く魔力を通した斧だけで頑張るよ。って今からは休憩か。
切り株に座った僕はそこに置いていた家から持ってきた大きな籠を開けてパンを取り出す。
「父さん、お昼ごはんだよ。はい、ロジェさんも」
「おう、あんがとな」
「今日もうまそうだ。おっとありがとうだぜ、ルカ」
「うん、後、お水も入れるね」
「すまねぇな」
僕は母さんが作ってくれたバケットに野菜やお肉を詰めたサンドイッチを父さんとロジェさんに渡す。そして父さん達の水筒に水を足した。
父さん達の分は一人バケット一本分丸々だ。それを二人共豪快に食べ始める。
僕の分はそれの五分の一くらいかな? 父さんたちに続いて、もぐもぐと食べ始めた。
前の村生活と違って食材も調味料も増えたおかげで、サンドイッチも豪華になって味も複雑になってとても美味しい。あ、もちろん母さんの料理の腕が良いってのもあるよ。
僕がもぐもぐしていたら、開拓メンバーの一人に声をかけられる。
「ルカお前、そんだけしか食わねぇのか?」
茶髪で茶色の目をしたアダンくんが年を取ったような顔をしたおじさんが話しかけてくる。アダンくんより身長も体の厚みも遥かに大きいけどね。
「うん、いつもこのくらいだよゲインさん」
この人はゲインさん、顔を見てわかると思うけどアダンくんのお父さんだ。
「エドさん、もっと食わせたほうが良いんじゃねぇの? こんなに痩せっぽちになってよ」
えー、僕結構筋肉ついてるけどなぁ、たしかに父さんみたくムキムキじゃないけど、いいバランスだと思ってたんだけど。
「そいつがそれだけでいいっていうんだよ。確かにあんま食わねぇけど、痩せていってるわけじゃねぇよ」
「本当かぁ? 最近のアダンのやつはルカの十倍は食うぜ」
「そりゃ、アダンが食い過ぎなんだよ」
「確かに! カミさんが、食費がかかって仕方ないってボヤいてるからな」
ゲインさんは一人笑いながら納得したかのようにうなずいていた。
アダンくん僕の十倍は食べてるのか、僕は少食だけど父さんの言う通りアダンくんは食べ過ぎじゃないの? あれ? でもアダンくんて確か。
「ゲインさん、アダンくん寮に入ったんじゃなかったっけ?」
そうだ、少し前に本人が寮に入るって言って、その数日後には「もう入ったぞ」って言っていた。
「あー、そうなんだがなぁ。寮の飯だけじゃ足りないらしくて、毎日食いに帰ってくるんだよなぁ。ま、カミさんは元々寮に入るの反対だったから、ぼやきながらも嬉しそうだから別にいいんだけどよ」
「食べに帰るくらいなら、最初から家にいても良いんじゃないの?」
「俺もそう言ったんだがな。あいつの中では何か違うらしくてな。まあ好きにやらせるさ。村と違ってここは刺激も多いから楽しいんだろうよ。ルカもそうだろ?」
「何が?」
「何がってお前、色々だよ。特に中央街だな。色々あんだろ、店とか巡ってなんか買ったり、うまいもん食ったりよ。あ、そろそろ女もか?」
クククとくぐもった笑い方をして僕をからかおうとしてるのは分かるんだけど、ごめんゲインさん。
「僕、その中央街っての行ったことないんだ。あ、そういえば、街に何があるのかもよく知らないかな」
僕達の家があるのは街の外れにあってその近くの門から入るので、中央街とか住宅街とか入ったことがない。
僕が行ったことあるのは、ここに来た時に連れて行かれた。制服を作った仕立て屋さんくらいかな。
「は? お前休養日とか何してんだ?」
「もちろん、家でアリーチェと遊んでるけど?」
当たり前だよね。一日中アリーチェと遊べるんだから。
「お、おい、エドさん。あんたの息子枯れすぎじゃねぇか? このくらいの男ならもっとこう……」
「……だよなやっぱり。俺とソニアもたまに外に遊びに行けと言うんだがな」
「何言ってるのさ父さん。ちゃんと外でも遊んでるじゃない」
「そりゃ庭だろ、それもアリーチェと遊ぶためじゃなねーか」
「うん、そうだけど」
「そうだけどって……はぁ分かった。やっぱり親父に少しだけでも──」
父さんが何か言いかけているけど、少し考えに入ってしまった。
ここに来てからはアリーチェとよくお庭で遊んでいる。お庭広いからね、アリーチェもよく全力でかけっこしている。
その時にコケて自分で立ち上がるんだって言って、立ち上がったら全力で褒めてあげるという、よくあるやつって言ったら何だけど、それもやった。
その時ふとに前世のことを思い出した。前世の妹は、ものすごく泣きじゃくって決して自分からは立たなかったな、まだ考えも子供だった僕は少し意地悪して離れようとしたけど、足元にしがみつかれてそのまま這い上がるように登ってきて、「抱っこしろばかぁ」とか、締め上げてきてたな。その後しょうがないなぁと諦めた僕は抱っこしながら家に帰ったんだけど、ずっと泣きながらぶつくさと文句を言っていたね。
前世の記憶は常識や物事だけで自分に関する記憶は一切なかったけど、二年前の魔物襲撃の際に前世の自分の記憶が戻ったので、たまにこうやって前世のことがふと思い出される。実感がないせいかその時の気持ちははっきりと思い出せないけれど、それでも、わがままでもアリーチェみたく素直でも、妹の面倒を見ている時の僕は、いつだって幸せだったことだけは間違いない。
前世の家族の幸せも今の家族の幸せと同じくらい祈っているけど、思い出せるのは記憶だけで感情はないせいか、生まれ変わったせいかは、分からないけれど前世への未練というのは一切感じない。
前世のことをまるで引きずっていない僕を、誰かが知ったら薄情だというかもしれないけど、それでも僕は僕として、この世界でただ生きるだけだ。
「おい、エドさん。あんたの息子何か遠い目してるぜ」
「……いつものことだ。また話聞いてなかったな。ゲインこいつの目を覚ましてやってくれ」
「俺がか?」
「ああ、アダンにやるようにでいいぞ」
「いいのか? 俺のゲンコツは痛いぞ」
ボソボソと話し声がすると思ったら、ゴンと言う音が僕の頭から響いた。
その後すぐに「いっったぁ!」と言うゲインさん声が聞こえ、父さんの吹き出して大笑いする声が聞こえた。
音と声で気付いた僕はそちらを見ると、手を抑えながら父さんに食って掛かるゲインさんとそれをみて笑っている父さんの姿があった。
「エドさん、あんた知ってて俺にやらせたな!」
「わりぃわりぃ」
「わりぃって……そういや、あんた兵士の時もそうだったな。よくこんな悪ふざけしてくれたよな」
ゲインさんもロジェさんと一緒で父さんと兵士をしてたのかな?
あ、ロジェさんが間に入って「まあまあ」とゲインさんをなだめてる。
「全くよぅ。でもまあ、昔に戻ったみたいで良かったぜ。あんた二年前までは限界まで張り詰めてたみたいだからな」
「ああ、みんなには助けられた」
「へー、父さん。よくいたずらとかしてたんだ」
「そうそう。俺の飯に……って、ルカ、おめぇのせいでもあるんだよ。俺の繊細な拳をよくも」
そう言うと繊細とはかけ離れたゴツゴツとして皮膚の厚いその指で、僕の髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回し始めた。
僕は「やめてやめて」と言うけど、ゲインさんは笑いながらお構いなしにぐっしゃぐしゃにしてくれた。
僕のぐしゃぐしゃになった髪の毛を見て、父さんもロジェさんも笑っていた、はしゃいでいる僕達を見ながら残り八人の開拓メンバーも、みんな笑っていた。
うん、一人作業は集中できていいけど、やっぱりみんないた方が楽しいな。
みんなが笑って穏やかな空気が流れている時、森の奥から甲高い笛のような音が聞こえてきた。
即座に父さんが立ち上がり「傾聴!!」と短く叫んだ。
その瞬間、笑っていたみんなは真剣な顔になり、全員立ち上がり森に体を向けていた。
僕は訳が分からなかったけど、一番近くにいたゲインさんが僕の腕を掴み立ち上がらせて、背中にかばってくれている。その後も笛の音は数回続いた。
「えっと、何? 父さん」
「しっ! 静かにしてろ、ロジェ長いやつだけだったな?」
「ええ、まちがいありやせん」
「緊急か、状況が解かればいいが──」
小声で父さんとロジェさんが話し、その後すぐに森からよく通る大きな女性の声が聞こえてくる。
「弓矢兎推測 四! 森の外に出る! 外作業班 声、直線上!」
「戦闘準備! こちらの位置を把握してくれていたかありがたい。だが、森の中にアローラビットだと? 聞いたことねぇぞ。いやウルフ系じゃなくて良かったと思っておくか。アレらと違って型に嵌められる」
父さんとゲインさんは剣を構え、ロジェさんはいつの間にか取り出した弓を構えていた。
他の人達もそれぞれの武器を構えて正面を見ている。
「ルカ、お前は下がって……いや、そのままゲインの後ろにいて動くな。ゲイン、ルカを頼むぞ。来たぞ!」
黙ってうなずいたゲインさんは僕をかばいながら、ロングソードを抜き後退りするように後ろに下がる。
こちらに聞こえるくらいの風切り音を立てながら、森から茶色い何かが飛び出してきた。
僕達との距離は僕が切り拓いた森の端と端、つまりは五十メートルくらいだ。
四つの影が着地すると、角が生えた茶色い兎が四体現れる。この前の角なし角うさぎより二周りほど小さいけど、感じる魔力は遥かに大きい。
そして、こちらの存在に気付き動きを止めて、白目の少ない真っ黒な目でこちらを見ている。
こちらも動きを止め、無数の切り株を挟んで、僕らは睨み合うことになった──いや、僕はゲインさんの背中に隠れているだけなんだけどね。
「しめた! まとまってやがる。ロジェ、俺は奴らに戦吼撃つ。俺めがけて速射で飛んできた奴らを弓で狙って、奴らの加速矢を発動させろ。確認するぞ。奴らは弓を撃ってきた奴を狙う、そこで剣の俺らが前に出て倒す。教本通りだ。お前らもいいな?」
「へい、隊長」
「一匹なら外しても俺に任せろ、それ以上ならカバーに入れ。久しぶりの戦闘だ。油断はするなよ」
あれ? 前とは違って、みんなから隊長って呼ばれて受け入れてる? あ、開拓チームの隊長としてかな? 確かにこの土地に来るのは父さんが中心に呼ばれたもんね。




