第二部 第二章 プロローグ 1
僕は窓から入ってくる陽の光で目が覚める。
前に住んでいたトレイム村で使っていたのより倍の大きさはあるベットから体を起こし降りて、伸びをした。
今日はアリーチェは潜り込んで来てないみたいだ。僕の妹のアリーチェは普段は両親の部屋で一緒に寝ているけど、朝起きるとたまに僕と一緒に寝ている時がある。アリーチェの場所を確認すると父さん達の部屋で、まだ寝ているのを魔力を通じて感じる、飼い猫のみゃーこもアリーチェと一緒に寝ているみたいだ。
ベットから出た僕は、吊るしてあった制服に着替える。
ハイエルフのアリアちゃんから渡された生地で作られたこの制服は、魔力の伝導率が良すぎるため僕以外の人が触ったら勝手に魔力を吸われるらしいけど、僕用に作られたおかげか、少し制御するだけで僕にはなんともない。
僕の魔力制御が良いおかげだと自画自賛したいけど、今僕が通っている学校の『クラス』の人達を見るととてもじゃないけどそんな気になれない。才能があるってのはああいう人達のことを言うんだろうね。
あ、僕の『クラス』ってのは各国のおエライさんばっかり集めた教室だ。王族とかそれと同じくらいの地位の人ばっかりなんだけど、何故か僕もそこに放り込まれたんだよね。
この国の辺境伯のおじいちゃんとアリアちゃんには色々思惑があってそうなってると思う。
そしてそれは、アリーチェのためになるらしいから僕は特に不満もなく従っている。──場違いだってのは、言い続けるけどね!
僕は二階にある自分の部屋から、中央の大階段を通って一階に降りる。
うーん、まだなれないなこのゲームにありそうな大きな洋館には、とそんな事を考えながら僕は食堂に入っていく。
そこには父さんと母さんが座って他愛のない話をしていた。朝ごはんの匂いがするから準備は終わっているんだろう。
「おはよう。父さん母さん」
「お、ルカか。おはよう」
「おはよう、ルカ。お茶飲むかしら?」
「うん、お願い母さん。みんなはまだ寝てるの?」
母さんはいそいそとお茶を入れに行ってくれたので、後半は父さんに聞いている。
「ああ、まだ寝てると思うぞ。もちろんトシュテンは起きてるがな」
この家に住むのは僕達四人と一匹の家族と、今、名前が出たトシュテンさんと、その息子のロジェさん、ロジェさんの娘のレナエルちゃんで、合わせて二家族の計七人と一匹だ。
その中で執事として働いてくれるトシュテンさんは、一階右奥にある仕事部屋でなにか色々やっているけど──多分今も──呼べば、いつでもやって来てくれる。
「トシュテンさんはいつも起きてる気がするよ」
「はは、そんなわけないだろ。……そんなわけないよな?」
「僕に聞かれても……」
笑って否定した父さんが、真顔になって僕に聞いてくるけど、僕が知ってるわけないよね。
でも、そういえば、数々の執事を見たことあるというおじいちゃんでさえ、トシュテンほど完璧な執事はいないとつぶやいてたっけ。
「ご心配なく、ちゃんと休息は取っていますよ」
「うわっ、トシュテンさんいつの間に」
僕の前にお茶の入ったカップをかすかな食器音も立てずに置いたのは、件のトシュテンさんだった。
母さんもトシュテンさんを追うように戻ってきた。
「お茶を入れるのには間に合いませんでしたが、お出しするのは私の仕事ですから」
「わざわざ来てもらわなくても私がしますよ、トシュテンさん」
「いいえ、ソニア様。それは私にお任せください。なぜなら私は久しぶりに執事をしているという実感と満足を、たった今も得ており充実しているからです。いいえ、エドワード様。トレイム村での村長が不服だったというわけではありません」
「だったら村長……おい、考えを読むなよ」
「それは失礼をしました」
トシュテンさんが執事に満足得ているというと、父さんがニヤついてからかおうと、口を開いたけれどトシュテンさんに先回りされてふてくされていた。
「あ、忘れてた。おはようございます。トシュテンさん」
「はい、おはようございますルカくん。エドワード様、ソニア様もおはようございます。挨拶が遅れ、申し訳ございません」
あぶないあぶない挨拶するの忘れるところだった。挨拶は大切、昔からそう決まってる。
トシュテンさんも深く頭を下げながら父さんと母さんに挨拶して、「謝らないでください」とトシュテンさんのかしこまった態度に、まだ全然なれてない母さんが困った顔をしているのを眺めながら、僕はお茶を傾けた。
「しかし、ロジェはいけませんね。いつまでも惰眠を貪っているようでは、エドワード様の補佐としては失格です」
「別にいいんだよ。あいつはあれでも頼りになるやつだぜ」
「しかしですな。全く、誰に似たことやら」
「どう考えても、カロリーナさんだろ」
カロリーナさんとは僕達のひいおばあちゃんで父さんのおばあちゃんのことだ。
ハーフエルフなので、見た目は母さんと同い年くらいで、全然おばあちゃんには見えないんだけどね。
村にいた時には父さんは「おふくろ」と呼んでいたけど、それは演技の身分上の呼び方で、本当はさん付けで呼んでいたらしい。
だから、演技が必要ないときはそう呼んでいるみたいだ。僕とアリーチェはおばあちゃんって呼んでるけどね。
ちなみに演技とは、辺境伯のおじいちゃんが視察に行く際に、辺境伯じゃ身分が高すぎるので、それをごまかすための辺境伯の使いとしての立場になっている場合、その妻役として付き添っている時のことだ。
「いえ、エドワード様」
そうトシュテンさんが口を開き、父さんはしまったという顔をした。
続いて「私のカロリーナは淑女でございます。がさつなロジェとはとても似てはおらず繊細で──」と、トシュテンさんは淡々とした口調だけど中身は完全な惚気を語り始めた。
「あ、僕。レナエルちゃん達でも起こしてこようかなぁ」
トシュテンさんの様子に僕はすぐさま逃げをうった。その際母さんがこちらを困った顔で見たので、「母さんも一緒にお願い」と助け舟を出した。
「え、ええ! そうね。エドワードちょっと行ってくるわね。ルカに頼まれたら仕方ないわよね」
すでに立ち上がって食堂から出ようとしている僕を、母さんは椅子をガタッと鳴らしながら、小走りで僕の後ろに着いてきた。
出ていく僕達の後ろ姿に父さんが「ふ、二人共、ちょ、ちょっとまてよ」と、声を掛けるがもちろん僕達は聞こえなかったふりをした。
最後に見えた父さんの肩には、トシュテンさんの手が掛けられており逃げられないようだ。
多分、トシュテンさんの気が済むまで延々と惚気を聞かされることになるだろう。父さん、強く生きて!
「ふぅ、助かったわルカ」
「それでどうする母さん。向かいのサロンで、でも時間潰す?」
「母さんあそこ使うの怖いわ。だって全部高そうなんだもの、キュッとしちゃうわ」
母さんはキュッとするで体を縮めて、落ち着かないことを表現した。たしかに分かる、あそこは豪華すぎる。
「じゃあ、本当にレナエルちゃん達、起こしに行こうか」
「そうね、それがいいかも。あ、ルカ、レナエルちゃんは私が起こしますからね。ルカも男の子だし、女の子のお部屋に興味があるのは分かるけど駄目よ」
「はは、そんなのないよ」
「少しはありなさい!」
「えぇ……」
母さんが駄目って言ったから、思ったことをそのまま言ったら叱られた。理不尽じゃない?
しょうがないじゃないか、そういう欲なんて一切湧き上がってこないんだから、僕だって不思議だけど無いものは無いからしょうがない。




