第二十八話 リターン・ザ・スタンピード 2
セレスさんの声を受け一個の生き物のように変わった生徒たちを見て、双子たちがつぶやくように声を漏らした。
「すごい、これがギフトの力」
「すごい、これがギフトの力」
ファニオさんとファニアさんがいつものような演技を忘れて全く同じ台詞を喋っていた。多分ほとんど一緒の喋り方が彼女等の本来の喋り方かな?
「ル、ルカ君。ちょっといいかな」
僕はファニオさんに誘われて少し後ろに下がって話し始めた。動くなとは言われたけどこのくらいなら良いだろう。
「君が手を貸せば僕と妹を繋げられるかもって本当かな?」
「多分ですよ。でも、前も言いましたけど、試してみないとわかりませんよ?」
「あれからずっと試していた。でも僕と妹だけじゃ、まだ足りなかった。だけど、二人だけでも魔力の動きがほんの少しでも兆しが見えたのは生まれて初めてだったから、そこに賭けたい」
「私もお願いします」
二人共喋り方は戻っていたけど、ファニアさんも繰り返しの言葉を喋るのではなくなっていて少し自然な話し方になっていた。
前に僕が手伝うといったその時は断られた。おそらく触られることで女性の体だとバレるかもと思ったからだろう。
おじいちゃんの授業の後、二人で練習はしていたみたいだけど、この様子だとどうもうまくはいかなかったみたいだね。
「セレス嬢が力を見せた以上、この場で僕達も王族として力を見せなければ、王国の面子に泥を塗ることになる。なんとしてでも我々も参加しないといけない。……それでね、前に断ったのは触られると、……そのバレると思ったんだよ。つ、つまりはだね……」
「兄様私も怖いです」
そこでファニオさんとファニアさんはお互いに袖を抱き合うように掴みながら口ごもった、言うことで一生隔離されるかもしれないんだ。怖いし躊躇もするよね。
だから僕の方から伝える。
「ごめんなさい。僕知ってます。おじい──辺境伯閣下にも確認して黙ってるなら問題ないと言われました」
「ふぇ!? 知っていたのかい? 一体どうやって僕達はこれまでバレたことなんてなかったのに」
「二人はちょっと特殊ですけど、それでもお臍の下の魔力を練る場所が男性と女性では位置が違うので最初挨拶したときから何となく分かってました」
「そ、そんな事が……じゃ、じゃあ私達がたまに」
「たまに入れ替わってることですよね。それが気になっておじいちゃんに聞いたんですよ」
「なんてことだ。僕達の秘密がそこまで……」
「誰にも言いませんよ」
「くっ! ……ああ! 吹っ切れたぞ。ルカ君やってくれたまえ」
「あ、はい。でも出来るかは分かりませんよ」
「それでも良い、どうせバレているんだ。何も恐れることなどない」
二人に僕を挟んで横に来てもらい、二人の背中に手を当てるとビクリと震えて「すまない。人に触られることがあまりないんだ」と悲しいことを言っていた。
魔力を繋げようとしたけど上手くいかない。アリーチェならいくら離れていたってできるけど、僕と関わりのなかったこの二人だとここじゃ駄目だな。
「やっぱり駄目か。やはり僕達じゃ──ひゃん! ちょっとどこを触って」
僕は目を瞑って集中していた。確かに繋がりそうなんだけどここじゃないと、少しずつ体に添わせながら手を動かしていると腰の辺りで少し手応えがあった。
それ以上下げても上げても駄目だ、チューニングが合わない感じがする、それでも腰では何か違う気もする。……そうか、前だな。
「ちょっと、それ以上は──くっ、なんて力なの」
僕はそのまますべらせるように体の前面に手を当てようとしたら、腕を掴まれて邪魔をされる。
なんかまた演技じゃないような声が聞こえたけど、僕は気にせず目的の場所に手を当てる。
「ああ、そんな誰にも触らせたことない場所を」
ああ、やっぱりここだなお臍の下の方、魔力を練る場所だ。
そこで僕は二人の魔力を僕の体を利用して二人に合わせる。そうすることによって二人の魔力構造がラインで繋がる感覚がある。その際僕の魔力は邪魔なので一度純粋な魔力に入れ替える。
二人の魔力が相互に入れ替わる時に、僕が創り上げた純粋な魔力を取り込んで二人の魔力の色が混じり合いながら繋がっていく、魔力の色は双子でも似ているけど確かな個別差があることが分かった。多分これを同調することができれば僕がいなくても繋げることが出来るだろう。ついでに、僕の体で二人の魔力の違いを覚えたから、いくら入れ替わろうが魔力の構造を見るまでもなく見分けられるだろう。
「これは……今まで感じたことのないほどの魔力の高まりが僕達の中へ、これなら……呪文を唱えるよ」
「ええ、呪文を唱えるわ」
その後、双子は呪文を唱え始めた。と、いっても口の中だけで発音しているのか、近くにいてもこちらには全く聞こえない。
普通秘呪は周りに聞こえないように唱えるのが当たり前だというのはこの後知った。
その際、僕はただものすごい勢いで魔力が二人の体を行き来するので、それを維持するためと魔力を外から取り入れることで精一杯だった。久しぶりに脳が焼けそうなくらい回るのを感じた。
そして二人が目を見開いて正面を見て、片手を空に向けると声を揃えて発動させる。
「『王の息吹と涙』を今! ここに!」
その二人の台詞とともに、戦場の魔獣がいるところにだけ、霧雨のような粒が細かい雨とノンホーンラビットの毛並みが揺れる程度の風が吹き始めた。
それから何か起こるのかな? と思っていたらこれだけみたいだ。でも二人はまだ一生懸命魔法を維持しその状態が続く
「……見事だ」
「うわっ、おじ……辺境伯閣下、これが王族の魔法なんですか?」
「そうだ、お前にはただ雨と風が吹いているだけにしか見えんか?」
「は、はい」
「うむ。それで正しい」
「へ?」
「……あれは本来もっと大規模でも起こせる。敵の行進中でも戦闘中でも常に雨と乾いた風が吹き続け、体温と体力を奪っていくのだ。それがどれだけ恐ろしいことか、経験していないと分かり難いだろう。しかも乾ききれなかった雨が魔力に還る時、ほんの少しだけだが体から魔力を奪っていく。見てみろ」
あ、気化熱か、確かにずっと熱を奪われていくのなら体力もあっという間に奪われていく、魔力も奪われるならもっと怖い。
おじいちゃんが指を指した戦場を見ると、明らかに魔獣の動きが鈍っていた。
「セレスティア殿、今が攻めどきだ。号令を頼んでも良いか?」
今まで戦場から目を離さなかったセレスさんが、おじいちゃんの声でこちらを向きコクリと頷いた。
その時セレスさんがぎょっとしたように目を見開いたと思ったら、魔法の維持で一生懸命な二人のお腹を睨んでから前を向いた。
『皆様、勝機が見えました。油断なく目の前の魔獣を全力を持って慈悲を捨て、殲滅いたしましょう!』
なんかちょっと言葉に力がこもっている。いや力というか怒りかな?
何しろその言葉でノンホーンラビットは次々と殲滅されていった。
戦闘が終わり、王族の三人は生徒達に囲まれていた。
セレスさんは慣れているのかおすまし顔だったけど、双子は魔法で褒められたことはなかったみたいで終始嬉しそうだった。
そして、浮かれている皆におじいちゃんから冷水が浴びせられた。
「諸君よくやった。次回の開催は三十日後以降に起こす、次はもっと強い魔獣が召喚される。鍛えておくように」
ガランと誰かが落とした、剣の音が静寂の中よく響いた。




