第二十五話 授業は少なく、おしゃべりは多く、僕は困惑 4
「そうか、気付いたか」
授業が終わりルカが俺のもとにやってきて双子のことを聞いてきた。その疑問に俺は答える。
この子なら気付くかもとは思っていたがこんなに早いとも思わなかった。
「……お前が気付いた通り、あの二人は同性の双子だ。本来なら生まれたその日に殺されていたはずのな」
「それは知って……えっ、殺され?」
「双子でも平民ならいいだろう、だが貴族それも王族ともなれば同性の双子など認めるわけにいかん」
「どうして? 何でそんな可哀想なことを」
ルカは心の底から不思議そうな顔をしている。当たり前だろうな。この子の家族への愛情は深すぎる。
子供とは思えないくらいに、家族のためにならとなんでもしそうだ。
「同性の双子は魔法が使えん」
「えっ? でも、ファニアさんお水出してたよ」
「いや、生活魔法以外の魔法が使えんのだ」
「それは身体強化もってこと?」
「そうだ、殺されなくとも双子はそのせいで早死する場合が多い」
「そんな……でもあの二人は今まで大丈夫だったんだよね?」
「そうだな、身体強化を使えずともその一歩手前の魔力を纏うことだけはすぐに出来た。それだけだったがな」
「今までよくバレなかったね」
「あの二人の親、つまり王と王妃だな。その二人がその日には男女として発表した。王としては非情にならないといけないというのにな。あいつらは子供には甘い」
その場にいた助産婦達は強力な契約魔法を受けて大金をもらうか、それともその場で死ぬかの二択だったんだが、そんなことはこの子に言う必要はないだろう。
口では甘いとは言ったが同じ立場になったら俺も確実に同じことをしていただろうがな。
そして、あの条件も俺には納得できる。……貴族としての俺はな。
「ただ、もちろん。無条件というわけじゃない」
「……どんな?」
ルカは真剣な顔付きになった。多分、分かったんだろう、あの二人には厳しい条件が待っているということを。
「一つ、王位継承権を放棄すること。一つ、決して同性の双子とバレないこと。そして最重要の一つが生活魔法以外の魔法を行使することだ」
「最後の魔法を使うってさっき双子は魔法使えないって」
「そうだ、だがそれを覆せと言うことだ」
「それが厳しいんだよね? でも、条件てこれだけ?」
ルカは少し安心したような顔をするが……まだ続きがある。
「ああ、これだけだ。そして最後の一つが成人までにできない場合は一生、隔離されるという条件だ」
「えっ……」
ルカは理解が出来ないと言う顔をし絶句していた。
「えっと、成人ていくつなの?」
「十五だ、だからあと三年だが……」
「それまでに平民にでもなれば──」
「貴族ならそれでもいいだろう、だが王族にはそれは許されん」
「え……」
「王族として生まれたからにはその責任や宿命というのがついて回る。本人が望もうと望まないともな」
平民になったとしても、二人の血が後の災いとなる場合もある。
もちろん抜け道はあるが女としては死ぬことになる、それをあの二人が選ぶかわからん。
「だがなルカ、望みはあるんだ。あの二人が殺されずに済んだのは、王の愛情が深かったこともある。だが──」
「だが? どうしたのおじいちゃん」
ふむ、信じるか信じないかわからんが教えてやるか。
「そうだな……ルカ、お前は人の才能を調べる方法って知ってるか?」
「才能? ないんじゃないの? 神様が魔王退治したから必要なくなって無くしたってやつ」
「ああ、それだ。本当かどうかは疑わしいもんだがな。まあ、それは置いといてだな、あるんだよ調べる方法」
「えっ? 本当に」
「ああ、確実というわけじゃないんだがな」
ルカは興味津々に聞いている。
俺は前置きを持って言葉にためを作った。
「それはな?」
「それは……」
ルカがゴクリとつばを飲む音が聞こえる。
「なんとなくだ」
「へっ!?」
俺の言葉を受けてルカはぽかんとした顔をした。
変な顔するなよ。これが間が抜けた顔というやつだな。だがなこれは嘘じゃない。
「驚いただろう?」
「驚いたも何もこんな時に冗談言うのはやめてよ」
「いいや、冗談じゃないんだよこれは」
「えぇ……」
完全に疑った目をしてこちらを見てくる。まあ、そうだろうな。わざとからかって話したんだ。
ちょっとしたお茶目というやつだ、真面目な話になりすぎていたからな可愛い孫の顔を見たくなっただけだ。
「まあ、聞け。もちろん誰でも正確にわかるというわけじゃない。王や俺くらいになれば何となくだが分かると言うのが正確な話だ。あの二人がもっと子供の頃だったが、俺が初めて見た時、確かに尋常ではない魔法の才能を感じた」
「そうなの?」
「そうだ、それこそヒューマンなら片手で数えても足りるくらいの才能をだ。だからこそ、王も双子と知っても冷静になり対処できたんだよ」
「そうなんだ」
「ただ、あの二人は女だ、それも王の血を持ったな。今は中性的な男として通じても、あと数年でごまかしが効かないほどの美女となるだろう。だから俺がここに学校を作ると決めた時、秘密裏の条件としてあの二人のことを頼まれたんだ。ハイエルフ殿がいるこの学校ならばもしかしてとな」
「アリアちゃんならなんとかしてくれるよね?」
「……どうだろうな。ハイエルフ殿の行動は俺にはわからん」
多分、何もしてくれないだろう。あの方は興味の無いものには何もしない……いや出来ない。
それがハイエルフとしての習性なのか、アリア殿だけなのかは分からんが。
「だったら何で学校に?」
「今まで王城で手を尽くしてきたんだ。魔力的には当たり前で、肉体的にも精神的にもな。ハイエルフという存在そのものが何かのきっかけとなってくれればと言うことだ。……お前も出来るならあの二人を助けてやってくれ」
「うん、わかった。僕で出来ることならだけど」
「それでいい」
ルカは素直にうなずいた。ただ、ルカには自分でできることなら、本当の意味で何でもしそうな危うさもあるのが心配だがな。
さっきは、からかうためになんとなくと言ったが、おそらく人は本当になんとなくで人の魔法の才能というのがわかる。
貴族の方がそれが顕著なのは魔力操作に関係あるのかもしれない。そして、俺や王はそれが他の奴らより遥かに明確なだけだ。
俺も王も魔法を鍛えたおかげか、百五十年というヒューマンなら寿命で死んでいる時間を生きたおかげか、多くの者を見てきたおかげかは、わからんがな。
そして、そんな俺が言う。眼の前のなにか出来ることがないかと真剣にウンウンと唸っている俺の愛しい孫は──
──絶望的に魔法の才能がない。皆無と言ってもいいくらいだ。今まで見てきたどんな人族よりも才能が無い。いや魔法の才能だけじゃないこの子自身が生み出す魔力は貧弱だ。エドワードはもちろんのこと、ソニアちゃんより少ないだろう。アリーチェは……いや、今はそんなことよりあの子のことだ。
……そう、何なのだこの子は。
異様なまでの緻密な魔力操作、恐ろしく自然にやっている外魔力の取り込み、質の高い魔力への精製、その速度と量。何より不可能といわれた生活魔法……いや、創造魔法を成長させている。あのルカがボーンと言っていたやつなどは、理解すら出来なかった。何故生活魔法があそこまで人の動きを取れる。何故遠隔で操作し続けられるのだ。
昔、ルカの生活魔法を見た時、ルカに才能があると言ったが──あれはごまかしだ。ルカになんの才能も感じなかった俺が眼の前で見せられたものに動揺して口走っただけだ。混乱しすぎて追求するべきことなのに、それを言うので精一杯になりそこで終わらせてしまった。
あの時もそうだが、こんなに感じるものと実際の能力がかけ離れているのを見るのは初めてだ。
ルカの今の実力が分からないというものじゃない。確かにこの子からは強者としての力は感じる。だが、それと同時に弱者としても俺の感覚に伝わってくる。
そして、伝わってくる物は弱者としての方が遥かに強い。
ルカの自分に対する自覚の無さは、無意識で自身の才能の無さを理解しているからではないのかと思えてしまう。それくらいこの子にはなんの才能もない。
そんなルカをアリア殿が興味……いや、これは執着だな。
自分の孫にハイエルフが執着する、その事実が戦争時代、万を超える相手にも動揺すらしなかった俺に寒気を走らせる。
この才能と実力が歪なこの子に何かを見たからこそ、執着しているのだろうか?
アリア殿はルカが成長するには何も分からない方が、何も知らない方がいいと言うので、心苦しいがルカには必要最低限、それも直前になるまで何も教えないようにしているし、させている。
あの『クラス』のこともルカには何一つ情報を渡してはいない。
『クラス』に関して、僥倖だったのは双子をアリア殿が認めてくれたことだ。
各種族の代表を集めた以上、うちの王族も参加しなければ面目が絶たない。
双子を頼まれたがそれ以外にアリア殿に認めれそうな王族を参加させよう考えたが、アリア殿は双子をちらりと見ただけで、その二人がいいと言った。あの方が何を見たのか分からんがルカのためになると踏んだのだろう。
そんな事を考えていると、ルカが「あ、そうだ」となにか思いついたような声を上げ俺に聞いてくる。
「そういえばおじいちゃん。何であの二人は生活魔法は使えるのかな?」
「何でって当たり前だろ? 人として生まれたからには誰だって使える」
逆に言えば生活魔法を使えなければ、人として認められないんだがな。
当たり前のような質問ですぐになにか分かるわけもないなと思っていたが、俺はその後のルカの台詞に先ほど感じたゾワリとした寒気が背筋に再び走る事になった。
「そっかー。じゃあ関係ないかな魔力構造が半分ずつなのは」




