第八話 祭りと別れと旅路 3
「でも、おじいちゃんずっとここにいて良かったの?」
「ああ、本来の立場ではなく仮の立場としても村人にはちょっとな。せっかくの祭だ、羽目を外させてやりたいからな」
辺境伯の使者としてでも平民との立場の差は相当大きいってわけかな。
おじいちゃんが決まった席にいることで、ここの周りで馬鹿をやらないなら好きにやれるということか。
世話係として僕達がいるから誰も近付かなくても面目も立てると、実際は僕達がおじいちゃんに色々してもらったんだけどね。
ここに近づくのは、兵士の人達だけでその人達も呼ばれないとこない。
まあ、誰も来ないから僕も敬語じゃなくて、こんなくだけた喋り方でおじいちゃんと話出来るんだけどね。
「……それでどうだ?」
「どうって何が?」
アリーチェの両手を掴んでゆらゆらと揺らしてあやす。ゆっくりと揺らされてアリーチェは気持ちよさそうに目をつぶって鼻歌を歌っている。ゲーム音楽なのはご愛嬌かな。
「色々だ。お前とアリーチェのこととか、あれから奴が現れたりとかな」
「んー、僕もアリーチェも元気だよ? あれもアリアちゃんが言った通りになってるんじゃない?」
「あのな、エルフの時間感覚なんぞ当てにしてはいかんぞ。数年後が数ヶ月後だったり数十年後だったりするからな。特にアリア殿はハイエルフだからな」
実はあの時、悪魔を取り逃がした時に空振ったと思っていた魔力結晶の杭が掠っていたらしく、まともに動くのに数年は掛かるだろうとアリアちゃんは教えてくれた。その予想が当てにならないとおじいちゃんは言っているみたいだ。
「ま、大丈夫じゃない?」
「ルカお前は気楽そうだな」
「そうかな?」
だって、あの悪魔はもう僕しか狙ってこない。
あの時あいつは父さんを殺そうと思えば出来た、それで僕は怒り狂い泣き叫んだだろう。でもあの悪魔は父さんを眠らせて僕の感情しかいらないと言った時のあの目を見るとことで理解出来た。
だから、僕だけを狙うならまあいいかなって。あの悪魔、前世の時から気持ち悪いから良い気はしないけどね。
「それとお前達が元気なのは嬉しいが、もっとあるだろう?」
「ん?」
僕が疑問に思っていると、おじいちゃんはちらりと教会のある方へ目線を向けたのでようやく気付いた。
「あ、世界樹のことか。そっか、そうだよね、おじいちゃんの領地だもんね」
「辺境伯様の、だな」
「そうそう、辺境伯様の」
「で? どうなんだ?」
「うーん、普通としか言いようがないよ。──アリーチェ」
「あい」
おじいちゃんと話しながらもアリーチェの手をずっとゆらゆらさせていたけれど、一旦止める。
いつもはお風呂場でやっていたけど、今からやるか。
「向こうのエッちゃんとお話しようか」
「あい!」
「ちょ、ちょっとまってくれ。エッちゃんって何だ?」
「ああ、世界樹のことだよ。名前を聞いたら取り敢えずはエッちゃんとでも呼んでおいてってアリアちゃんが」
「アリア殿……あまりにも……」
おじいちゃんがガックリと肩を落としたけど、何かまずかった? 気安すぎたかな? でも、あの子もアリーチェと仲良くしたいみたいだから堅苦しいのもね。
「おにいちゃん」
そう言ってアリーチェが目をつぶっておでこを突き出してくる。アリーチェのおでこにおでこを合わせて、両手を握る。
僕は深く集中して、僕の魔力でアリーチェの魔力の流れを促す。
この村の聖木の魔力の繋がりを頼りに地面深くの流れる力──アリアちゃんは樹脈だと言っていた──それにアリーチェと僕の魔力を乗せる。
僕の魔力だけじゃ力の波に飲まれ魔力は消えるだけだけど、アリーチェの魔力と一緒だと波形を保ったままどころか樹脈の魔力をも利用して樹脈に乗り、一瞬で遠くにある世界樹との繋がりが出来き、魔力のラインが築かれる。これをあれから毎日一回、必ずやっている。
アリーチェは嬉しそうに、「うんうん、ありーちぇも」それだけ言うと、繋がりは絶たれた。
「エッちゃんなんだって?」
「うれしいって」
「そっかーよかったね」
「あい!」
「……それだけなのか?」
「うん、いつもこれだけだよ。エッちゃんはまだ薄い感情くらいしかないみたいだからだいたい「嬉しい」「楽しい」とかが返ってくらいだけらしいよ。ねーアリーチェ」
「ねー」
いつも繋がるのは少しだけ、アリーチェもだけどエッちゃんもまだ繋がる力は弱くそれだけで精一杯で、そしてそれだけで満足みたいだ。
僕は魔力を促しているだけだから、繋がった後のことは分からない。
「そうか、だからアリア殿も急いでアリーチェを連れて行かなくてもいいといったのか」
「へーそんな事話したんだ」
「あのよく分からん水晶玉渡した時にな。アリア殿が長々と語る中、色々と聞き出すのは大変だったんだぞ」
「あー、おじいちゃんあの後ぐったりしてたもんね」
「ああ、アリア殿が言うことはほとんど理解できんかった」
確かに、語る時のアリアちゃんはめちゃくちゃに早口だし、僕のときもなんか色々言ってたけど興奮気味で聞き取りづらいよね。聞いたことは思い出せるけど、聞き取れなかったことはどうしようもないからね。そんな事を考えているとおじいちゃんが頭こそ下げなかったけどいきなり謝ってきた。
「……すまんかったな」
「え? どうしたの急に謝られることなんてないよ」
「おじいちゃんかなしいかおしちゃだめなの」
アリーチェがおじいちゃんの顔をなでる。その手におじいちゃんも自分の手を優しく合わせる。
「お前もアリーチェもやさしいな。──お前達を村から俺の都合で離れさせることだ。それに向こうでもお前に負担をかけることになる」
「あー、そうだね。僕は別に良いけど、父さんも母さんも大変だよね」
この村の開拓当初からいてせっかく完成させたのに別の場所に移動だもんね、この生活にも馴染んでいただろうし、現状維持バイアスだっけ? 人としての本能で現状維持を望むってのがあるから、慣れ親しんだ場所から移動ってのは結構なストレスだとは思う。
あと、負担の詳しい内容は教えてもらってはいないけれど、僕にしか出来ないことらしいから仕方ないんじゃないかな。
それにアリーチェを世界樹の巫女としてバレないようにするためみたいだから、言うのはお礼なんじゃないの?
面倒くさいことはおじいちゃんが全部やるって言ってるし、僕は移り住んで、学校に通うだけでいいみたいだからね。
「……お前は辛くないのか?」
「僕は家族揃っていればどこでも良いよ。アリーチェだって今は家と家族が全てだし、レナエルちゃんもアダン君も一緒に行くからね。僕に負担って言ってもおじいちゃんがアリーチェのために用意してくれたんでしょ」
そのアリーチェはまだ自分周りの小さな範囲が全ての世界だ、その小さな世界に住む人達は大体一緒に行くから大丈夫だろう。それに何かあれば僕が全力でケアする。
「……お前は」
ボソリとそう言っておじいちゃんは僕とアリーチェをまとめて抱えて担ぎ上げた。
アリーチェはまだ四歳でキャッキャと喜んでるだけでいいけれど。
「ちょ、ちょっとおじいちゃん? 僕もう十二歳だよ」
「ははっ! 俺と比べればまだ赤子と同じだ。トシュテン」
「はい、ここに」
いつの間にかおばあちゃんの下から離れていたトシュテンさんが後方に待機していて、おじいちゃんの呼びかけに応えた。
トシュテンさんの存在に全然気付かなかったよ。
「俺は孫達とひとっ風呂浴びる。準備はできているか?」
「浴場の準備はできております。湯の準備はしておりません」
多分おじいちゃんが言うお風呂とは、村長宅にある僕の家より大きなお風呂場のことだね。
「そうか、お前にしては珍しいな。田舎暮らしで鈍ったか?」
「いいえ旦那様。……ルカ君」
「うん、トシュテンさんがこうなるだろうって僕に教えてくれてたからね、お湯は僕が入れるよ」
「……そうか。孫が風呂を入れてくれるなんて俺は幸せ者だな。トシュテン、疑った許せ。お前は相変わらず優秀だ」
「ありがたきお言葉です、旦那様」
なんかしみじみとおじいちゃんが言ってるけれど、何かこの世界特有のなにかがあるのかな? 孫の生活魔法でなにかしてもらう的な?
その後抱っこされたまま村長宅に向かったんだけど、おじいちゃんとすれ違う度、村の人達はその場で止まってみんな頭を深く下げていた。確かにいちいちこれだと祭りなんて楽しめないよね。おじいちゃんが気を使ってくれていたのがよくわかった。




