第二話 これまでと今とこれから 2
「むー! みゃーこじゃまなの」
抱っこされていい気分だったのに邪魔されたアリーチェは、不機嫌そうに白猫を押しのけようとしたけれど、僕の肩の上という不安定な場所にも関わらずびくともしない。
「むっ、おねえちゃんにさからうなんて、わるいこなの」
「こら、喧嘩しないの」
アリーチェはみゃーこを妹だと思っているらしく──調べたら雌だった──お姉ちゃんぶりたがるけれど、みゃーこは全く相手にしない。
アリーチェがたまに癇癪を起こして泣いているときだけは、傍に寄り添っているみたいだけど、それ以外は完全に無視している。
……というか、父さんや母さんとかにも反応しない。何故か僕だけだ、餌付けしたからかな?
この猫が来た経緯は1年くらい前のある日の朝に、僕のベッドに温かいふわふわのものがあってまたアリーチェが潜り込んで来たかな? と、思っていたらこの猫だった。本当にただそれだけ、それから普通に居着いた。
名前は僕がにゃんこって適当に呼んでたら、聞き間違えたアリーチェがみゃーこって名前と思ったらしく、そのままそれが名前になった。
「ほら、いくよー」
僕はドヤ顔で両肩に乗っていたみゃーこを左肩に移動させ、右手の方にアリーチェを抱き直してリビングへと向かった。
移動中にみゃーこが、僕の首筋をザリザリと舌で舐める。
さっき言ったもう一つの例外とはこのみゃーこで、理由はわからないけどこの猫には僕の身体強化も関係ない。
だから、このザリザリもさっき登られたときの爪もちょっと痛い。
「こら、アリーチェ。真似しようとしないの」
「あ、ありーちぇまねなんてしてないの」
アリーチェがみゃーこの真似をして、僕の首筋を舐めようとする気配を感じたので行動に出る前に止める。
流石に、はしたないからね。
「ほんとにー?」
「ほんとだもん。ぎゅーってしようとしただけなの。いじわるいうおにいちゃんには、もうぎゅーしないの」
「そんなぁ。僕はアリーチェのギューがなかったらもう元気が出せないよ」
僕はしょんぼりしたふりをする。これはアリーチェが本気で言っているわけじゃないから言えることで、本気で言われたらしょんぼりどころか、いつもの父さんみたくショックで崩れ落ちる自信がある。
「だ、だめなの。おにいちゃんげんきでないの、だめなの。ぎゅーするの!」
そう言いながらアリーチェは僕にギュッっと抱きついてきた。
「よーし。元気出たぞー!」
こうやってじゃれ合ってる間にとっくにリビングに着いていたので、アリーチェを高い高いをした後にふわりと椅子に座らせた。
僕がどんなに動いてもみゃーこは平然と肩の上にいるのは、すごいバランスだと思う。
外から返ってきたからいつものように手と顔を洗いに行こうと思ったんだけど、まだレナエルちゃんがいる時間なのにこの騒ぎの中でも顔を見せていない。
「母さん」
「なあに?」
「レナエルちゃんはどこかな? 手と顔を洗いに行きたいんだけど」
お風呂だったら困るだろうからね。ちゃんと聞いとかないと。
「ああ、ロジェさんが帰ってきたから、一緒に帰ったわよ。ちゃんとお風呂は入っていったからお湯はないわよ」
僕達が入るときはお湯を捨てて入れ替えてるとレナエルちゃんが知ってからは、お湯を抜いてお風呂場を洗ってくれるようになった。
「そっか、じゃあ父さん。一緒に手を洗おうか、お湯でいいよね?」
「おう、頼むぜ」
「ありーちぇも、もういっかいあらう!」
「あら? じゃあ、母さんも行こうかしら」
四人プラス一匹がお風呂場に入ると流石に少し狭いけれど、家族全員でぎゅうぎゅうとおしくらまんじゅうみたいに一緒に手を洗った。
それから、僕はみんなより早くご飯を終わらせて、座った僕の膝の上に乗るみゃーこにご飯を与えていた。
みゃーこは僕の掌からしか食べないから、みゃーこのご飯は僕が食べる前か食べた後になるけど、大体は僕が食べるまで大人しく待っていてくれる。
しかし、この猫はなんでこれしか食べないんだろうな。
僕は掌の上のまるでキャットフードのカリカリのような形の魔力結晶を、一心不乱にカリカリと音立てながら食べている姿を見ながら思う。
この猫が現れたときは、何も食べなくて心配していたんだけど、ある日村の子供達におはじきやビー玉を創ってやろうと思って土魔法より魔力結晶のほうが綺麗だろうと創っていたら、すごい勢いで食いついて来たんだっけ。
驚いたけれどしばらく様子見てもお腹壊した様子もなかったし、みゃーこがご飯を欲しそうな顔をした時は与えている。
この猫の正体ってなんだろ、魔獣とかなのかな? 魔獣は魔力を好むっていうし、でも父さんに聞いても「知らん、ただの猫なんじゃねーの?」と返ってきた。
分かったことはこの世界にも猫はいるということだけだった。
まあでも、かわいいし、僕達に敵意なんて一切ないし、どこかで寝てるか食べてるかしかしないからまあどうでもいっか。かわいいし!
実は僕は昔から動物が好きだ。この世界で縁が有ったのはたまたまみゃーこだったけど、犬だってうさぎだって変わらないくらい好きだよ。と言うか大概の動物は好きだ。
「にゃーん」
「うん、お腹いっぱいになったね。みゃーこ」
あまり鳴かないみゃーこだけど、お腹いっぱいになったときにはいつもお礼を言うように鳴く。
背中を撫でてあげると気持ちよさそうにする。そして僕の膝から降りスネに体を擦り付けた後、伸びをして離れていった。多分どっかで寝るんだろう。
しっぽをふりふりしながら去っていく後ろ姿をなんとなしに目で追っていたら、僕の膝の上にさっきまでとは違う重みが加わった。
「……ありーちぇのおにいちゃんなの」
みゃーことのやり取りを見て嫉妬してぷっくりと頬を膨らませたアリーチェが、ご飯の途中なのに僕の膝の上に移動してきた。
あちゃー、コレが無いようにアリーチェがご飯終わる前にみゃーこの終わらせたのに、今日は虫の居所が悪かったようだ。
それを見た母さんがアリーチェを叱る。
「こら、アリーチェ。まだご飯の途中でしょ、戻りなさい」
「やー、あーちぇもにいたんのおひざのうえで、あーんしてもらうの!」
「アリーチェ!」
「まあまあ、母さん。叱らないであげてよ。ご飯のお皿こっちに頂戴」
「ルカはアリーチェを甘やかしすぎよ」
そう言いながらも母さんは、アリーチェのお皿をこちらによこしてくれた。
こういうときの父さんは何をしていいかわからずあたふたするか、地蔵になってるかのどっちかだ。
ちらりと見ると固まって地蔵になっていた。まったく、今回のアリーチェの機嫌の悪さは昨日の父さんからも来ているというのに。
アリーチェのあーんと開いた口に、スプーンでご飯を運んであげる。
そして、もぐもぐした後に嬉しそうにまたあーんとしているアリーチェの手にスプーンを渡すと、キョトンとした顔でこちらを見てきた。
「次はアリーチェが自分で食べる番だよ」
「ありーちぇ、おにいちゃんにたべさせてもらいたいの」
「今日はアリーチェが自分で食べるって言ったよね」
「……うん」
「でも、みゃーこを見てアリーチェも僕に食べさせてもらいたくなったんだよね?」
「……そうなの」
「だから、交代交代。アリーチェが自分で食べるの頑張ったら、また僕があーんしてあげる」
「うん、わかったの」
そう言うとアリーチェは煮込んだ野菜を自分でスプーンで救う。「たべた!」と僕にスプーンを渡してあーんと口を開けた。
「えらいえらい」と頭をなでてから、またあーんしてあげると嬉しそうに笑顔をみせてくれる。
これだとご飯の時間がちょっとかかるけど、全部言う事を聞いてわがままに育ったら困るからね。




