第三十六話 退屈で暇で平和な日々
父さんとの飲み会も終わり、実は村長宅と言うよりは、辺境伯様の使いの滞在用として作られていたトシュテンさん家に、ご機嫌で帰っていったおじいちゃん達だけど、次の日の朝、血相を変えて僕達の家へと訪ねてきた。
「おい! エドワード! なぜ昨日言わんのだ!」
「なんだよ、親父。いきなりなんのことだ? 少しは落ち着けよ」
「これが落ち着いてられるか! 今日の朝にウルリーカが訪ねてきて、今、ハイエルフ殿が村に来ていると言うではないか」
「あーそうだった。この間急に現れてよ」
「そうだったじゃないわ! 心の臓が止まるかと思ったぞ」
玄関口でギャーギャーと言い争っていたから、僕とアリーチェも気になって覗き込んで挨拶をした。
「おじいちゃん。おはよう」
「じいじ、おはよう」
僕とアリーチェがおはようと言うと、おじいちゃんはすぐに笑顔になってこちらを向いた。
「おうおう、ふたりともちゃんと挨拶ができて偉いな」
「じいじ、おはようっていったら、おはようっていわないとだめなの」
「おっと、これは一本取られたな、おはようルカ、アリーチェ」
「あい!」
元気よくうなずくアリーチェのおかげでこの場は収まり、おじいちゃんを家へ迎え入れた。
「親父もあんまり一人で、出歩くなよ。村人が怯えるから」
「分かってるが今は緊急事態だ。ハイエルフ殿が来ているならな」
「で、そのハイエルフ様はどうしたんだ? シスターと一緒に来てるんじゃないか? 教会にいると聞いてるぞ」
「来たのはウルリーカだけだ。ハイエルフ殿は俺の本来の予定に合わせて、起きるつもりだったらしく、今はエルフの眠りについているらしい」
エルフの眠り? なんだろそれ? と思っていたら父さんも知らないみたいで聞いていた。
「エルフの眠りとは、俺達とエルフの時間感覚が合わない理由の一つと言われる眠りのことだ」
おじいちゃんが説明してくれたけど、なんでも、魔力を世界と同調させるようにして微睡むように眠ることらしい。
エルフならそのまま数ヶ月や数年、ハイエルフならそれこそ何十年と平気で微睡んでいるらしい。
ただ、意識はあるらしく呼びかけることが出来る人なら、起こせるみたいでその役目をシスターが受け持っていた。
今は起きる予定よりずれているせいか、呼びかけても弾かれたとのことだ。
本来の予定は後一ヶ月くらいだから起きてればよかったのに。
父さんもそう思ったみたいで同じようなことを聞いていた。
「それがな俺と交渉する予定だった、あのよくわからん水晶玉が楽しみすぎて、見るだけになったとしても、その時まで我慢したほうが見たときの感動がすごいことになりそうだから、交渉の時まで眠ると言っていたと、ウルリーカから聞いたぞ」
ハイエルフ殿がなぜそう思ったかは、俺にはわからんとおじいちゃんが首を傾げながら言っていたが、多分ここにいる全員わからないと思う。
「まあいい。俺はとりあえずハイエルフ殿の下まで行って、挨拶をしてくる」
「あれ? 眠りから起きないんじゃ?」
僕が疑問に思って聞いてみたら、「挨拶をしたという事実が必要なんだ」と教えてくれた、たぶん礼儀みたいなことなんだろう。
「だったら、なんで、わざわざ俺の家に寄ったんだ?」
「文句を言うために決まってるだろ!」
……確かに、アリアちゃんがいることは緊急事態だったのかもしれないけど、家まで来た理由はすごくどうでもいい理由だった。
それからは、父さんとロジェさんを中心に監視体制が組み上げられて、視界の強化ができる開拓メンバーが交代で、昼夜を問わず村の物見櫓で監視をするために、前に父さんがいった通り完全に開拓作業はストップしてしまった。
僕なら一人でも開拓作業はできると言ったけれど、父さんとおじいちゃんに駄目だと怒られたので、家でおとなしく過ごすことになった。
僕が一日家で過ごすことにアリーチェはすごく喜んでずっとべったりになった、アリーチェに加えてレナエルちゃんも僕の家には手伝いに来ているので暇なときは三人で遊ぶようになった。その時は僕の魔法でする劇もたまに見せていた。
音など入れて全力でやったときはレナエルちゃんは目を白黒させて、感動よりも驚くほうが強かったみたいだった。
少しずつ増やしていったアリーチェとは違って、急に色々見せすぎて情報が多すぎちゃったかな?
もちろん、家の手伝いで家用の小麦の脱穀とか製粉とかも色々やってるんだけど、この作業に時間がかかると思ったけど、脱穀機のこぎ歯みたいに調整した土魔法と風魔法を駆使していたらすぐに終わった。
でも、その様子をどうやらおじいちゃんが見てたらしく、村の連中には絶対ばれるなよと、窘められてしまった。
レナエルちゃんは僕の家に来てるからバレているんだけど、と言ったらロジェの娘なら大丈夫だが口止めだけはしておけと言われた。
おじいちゃんは父さんに一人で出歩くなと言われたけど、あまり気にせずにこうやってちょこちょこと、こちらに来ては僕達にかまってくれる。
おばあちゃんはあまり出歩かずに、トシュテンさん家でゆっくりしているらしい。たまに一緒に来るけどね。
その時に僕に魔法のことを教えてくれたりもするんだけど、どうも神父様が言っていることと呼び名が違っている。
おじいちゃんが言うには種族や宗教、国などで色々な呼び方があるから教える者によって違う、名前なんかに拘らず本質を理解しろと、十歳に言うにはかなり難しいことを言っていた。
十歳であって十歳じゃない、僕にはなんとなく分かったけど。
こんなふうに、父さんたちは警備で大変だっただろうけど、僕にとっては退屈で暇で平和な日々が続いていた。
だけど、そんな日々もある日、警鐘が村中に響き渡るまでの短い時間だった。




