第三十四話 魔獣の非日常の兆し
父さんがみんなを集めて来たので、もう大丈夫と立ったんだけど、母さんは僕を後ろから支えてくれて、アリーチェは抱っこを我慢して腰に抱きついていた。
母さんに後ろから抱きしめられてる格好になってるから、少し恥ずかしいけど離れようとするとギュッと力を込められて静止されるので、そのままになっている。
「作業中にすまないが、急用ができた」
「エドさん、何か起きたので?」
集められたみんなの前で発言した父さんに、聞き返したのはレナエル父ことロジェさんだった。
「ああ、予定よりだいぶ早くなったが、辺境伯様の使いであるカリスト殿が、視察に参られた」
父さんの発言に開拓者メンバーが全員ざわついている。
辺境伯様の使いのカリストって人は父さんのお父さん、つまりは僕とアリーチェのおじいちゃんのことだろう。
おじいちゃん相手なのに硬い話し方なのは、向こうがお偉いさんだから村のみんなに示しをつけるためなのかな?
父さんの発言を疑問に思ったロジェさんが質問をする。
「初めてじゃないですかい? 予定を早めて来るなんて。まさか、うちの村に抜き打ちで検査をしに来たとか?」
「そうじゃない、前にも話したと思うが、魔物が移動しているせいで魔獣が暴走している。そのことを心配されたカリスト殿が予定を繰り上げて来てくださったんだ。カリスト殿は、まあなんだ、つえーからな」
身内自慢になるからか、最後の台詞だけは少し言いよどみながら、雑に説明していた。
その台詞を受けて苦笑みたいな笑い声が、何人からか聞こえてきた。
魔獣が出る世界だから、遠くに出る人はやっぱり、それなりに強いのかな?
「まあ、それはわかったぜ。でも、あのカリスト様が予定を崩してまで来るということは、かなり切迫していると言うことですかい?」
「そうだ。ここに来るまでに情報収集してこられた結果だと、かなりの確率でこの村まで到達するだろうとのことだ」
「……そうか、で? 規模はどのくらいなんです?」
「兵士や冒険者が駆逐はしているが、三十くらいの狼系の魔獣が移動しているのを発見されているらしい」
「三十か、多いな……」
狼系の魔獣がここに来ているのか……、僕が見たときはすでに死体だったけどあのときの魔獣の大きさを思い出して身震いをした。
「それで、カリスト殿から滞在中は監視と調査に重点を置いて、開拓作業は中断、中断した分は魔力草の年貢から差し引いて良いとのことだ」
「もうすぐ収穫分の魔力草はどうする?」
これはロジェさんではなく、魔力草の農作業班リーダーのヨナタンさんが質問をした。
「一応、村の奥の森にも注意をして、ロジェたちの班を分けて警戒につかせるから、気をつけて収穫を行ってくれ。今回新しく作業に当たったものには悪いが、なれている連中だけでやってもらう」
「えー! 俺だって自己強化を覚えたんだぜ? 任せてくれよ」
父さんの言葉に不満げな声を上げたのは、今朝会ったアダンくんだった。
そして、アダンくんは自己強化をどうだとばかりに使っていた。
制御は甘いけれどちゃんとできてるな。このくらいの歳から出来るようになるのか。僕はちょっと早めだったのかな。
「アダン、今回は我慢してくれ。お前に実力もやる気もあるのは分かるがな」
「でもよ……」
アダンくんは僕の方をジッと見てきた。
なんだろ? 全く思い当たることはないんだけど。
「むー」
あ、アリーチェほっぺ膨らませて睨み返したらだめだよ。
アリーチェのほっぺを指で押すとぷすーと空気が抜けた。
「あー、ルカ。お前、前に魔獣が出たときどうしたっけ?」
「え? とっとと逃げたよ? 父さんに言われて神父様も呼びに行ったけど」
そりゃそうだ、十歳の子供があんなでかい獣相手には何もできないからね。
「なんだよ! ルカお前逃げたのかよ、レナエルちゃんがお前が活躍したって言ってたから、すげーことしたと思ってたのによ!」
「いや、逃げただけで何もしてないよ?」
あ、矢と石は作ったか、逃げる僕の魔力より戦うみんなの魔力をとっておかないとって思ったからね。
「しかたねーな、じゃあ俺も今回は我慢してやるよ!」
「そうか、えらいぞ」
「へへ」
アダンくんは父さんに褒められて照れていたが、なんで農作業に出たかったんだろ?魔獣出たら危ないのに。まあ、出ないことに納得したんならいいか。
「それじゃ、ロジェとヨナタンは村長宅でこれからの打ち合わせをする。さっきも言ったがカリスト殿はもう到着されている。少しでいいから汚れを落として来てくれ。」
「へい」
「わかった」
「他のみんなは今日は帰っていいぞ。明日には役割を決めておく」
「おう」とか「へーい」とか集まったみんながそれぞれの返事をして、解散になってみんな後片付けをしに戻っていった。
僕はどうしたらいいんだろ?
「ルカ、お前も今日は終わりだ。帰るぞ」
「う、うん。わかった」
「にいたん、だいじょうぶ。あーちぇがいっしょにいくの」
僕がさっきまでの痛みのせいか、よくわからない不安を感じていたらアリーチェがギュッとその小さな手で僕の手とつないでくれた。
そのぬくもりだけで不安は消えていた。
「ありがとう、アリーチェ。うん、一緒に帰ろう」
その後、母さんが僕の逆の手をとって、寂しそうにしていた父さんだったけど、アリーチェに指を握られて上機嫌になって、みんなで手をつないで家へと帰った。
上機嫌になって家に帰ってしまった父さんが、慌ててトシュテンさん家に走っていったことは内緒にしておこう。




