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第三十一話 淀みの力の餌

夜闇に隠れながらも、心の衝動のままにすすむ魔物は、いつものように宿ったニンゲンの記憶を再生させる。



◇◇◇◇


 馬車に揺られ、俺はさっきの光景を思い出すと自然と顔のニヤケが止まらない。辺境伯領から出てずっと顰めっ面の親父に武勇伝のごとく話す。


「見たかよ親父。あのゴミの顔、今にも死にそうで最高にウケたよな!」


 俺は笑いがこみ上げてきてギャハハハと笑った。

 親父は返事をしなかったが、気分のいい俺は構わず続けて話す。


「ああ、そうだ。良いことを考えたぜ。あのソニアって女をボロボロになるまで犯しまくって、しょぼくれた顔で農作業みたいな底辺の仕事をしてるあいつの前で見せつけてやる。な? 楽しそうだろ?」


「辺境伯閣下の領土に勝手に入ることは許されんぞ」


 せっかくいい気分だったのに親父が冷水を浴びせてくる。


「あ? そんなもん、適当にばれないようにやればいいだろ。所詮は庶民のゴミどもしか居ない場所だろ」

「そうだ、庶民しかいないのなら、どうとでもなる。だが、お前はその一線を越えた」

「は? 辺境伯の息子といえど、庶民だろ? この次期当主様とは比べ物にならねぇ、そういう決まりだぜ」

「あの庶子だけなら、なんとでもなった。しかし、お前は辺境伯閣下が決めたことに意見を言ってしまった」

「なんだよ親父、俺は正しいことを言っただけだぜ? あれじゃ、ゴミが逃げちまうだろ」

「──子爵の次期当主ごときが、辺境伯閣下の決定事項に意見を言った。良いか? あれは決定事項だったのだ。子爵家ごと潰されてもおかしくはなかった」


 親父がおかしなことを言う、現に俺達はこうして無事に帰ってるじゃないか? 俺の意見が正しかったからだろ?

 だが親父は構わず続ける。


「辺境伯閣下はその強大な力故に、決して貴族の掟を破らない。王国の貴族や周辺国への余計な圧力を減らすため、貴族の掟を自らの枷としているのだ。今回も儂らを潰すと権力で庶民の息子を守る形となるために、貴様などの意見を受け入れたのだ」

「だったら良いじゃねーか! やっぱり、俺が正しいぜ!」

「やはり、お前に何を言っても無駄か──そんなではなかったら、お前を隠し通すことも出来たかもしれぬのに」


 はん! 辺境伯がなんだってんだよ。手を出せないのなら怖くもなんともないただの爺だろうが、親父も怯え過ぎなんだよ。

 やっぱり、俺がとっとと子爵家を継がなきゃだめだな。


 その時、外からノックのような音が聞こえた。


「──貴様、辺境伯の息子に剣を折られていたな?」

「ああ、そうだ。くそっ、思い出したら殴られた顔が痛くなってきた気がするぜ。この恨みもあの女にぶつけてやる」

「剣をよこせ。私の剣をくれてやる」

「マジか? 親父の剣は子爵家の紋章が入っているやつだろ? ついに俺を当主と認めるのか」


 俺は折れた剣が入っている鞘ごと親父に渡す。

 親父も同じように鞘ごと剣を外し、そのまま剣を抜き放った。


「こんなところで抜いたらあぶねーぞ、家紋でも見せたい──」


 その台詞を言う前に、親父が素早く動いたと思ったら、俺の腹から灼熱のような熱さが生まれた。

 そしてすぐに激痛が体中を巡る。


「ぎゃあああああ!!! いてぇ!!! あああああああ!!」

「貴様はここで事故にあい崖から落ちたのだ。この剣はせめてもの餞別と思え」

「なんで、こんなことするんだよ!!!! いてぇいてぇええええよおおお!!!!」

「これが子爵家が残るための方法だからだ」


 親父はいつの間にか止まっている馬車から出ていき、「落とせ」という声が聞こえた。


 その後、急激な落下と衝撃でぐちゃぐちゃになりながら、意識は絶望と死の恐怖の中、消え去っていった。


◇◇◇◇


 そこまで宿主の記憶を再生させると、宿主が絶望と恐怖の叫びを上げる。

 そして、その精神の奥底からあふれる絶望の魔力を魔物は食らう。


 魔物は宿主に侵入し、その体に馴染んだあとは、何度も何度も記憶の再生を繰り返してきた。

 その度、魔物には強い絶望の魔力を取り込むことが出来た。


 魔素の淀みから生まれた、ちっぽけなスライムで、魔獣でも魔物でもなかった存在は絶望の魔力を取り込むことで、強化されていく、その力は近づくだけでも魔獣達を脅かす、淀みの魔物として成長していた。


 今は魔物となったがスライムでは気づかない、宿った半死半生の肉体は脳が一部欠けていた。そのため再生された記憶が終わる度、その記憶が消えてしまう。


 新鮮な絶望と恐怖をいつまでも味わえるのはそのためだ。

 

 そして、魔物は気づかない。自分にはそんな事が出来る知能も、手段も知りようがなかったことを、肉体に馴染み始めた十年ほど前に魔素の淀み(スライム)を更に食ったことで、自然と使うようになってきたことに。


 魔の森で絶望を喰らいながら強大な存在になっていく際に、ふと気がついた、どんなに強大になろうとも自分を消し去る脅威があるということを、そして必ずそれを消さなければならないという衝動が生まれる。


 その衝動は生まれた魔の森を抜け出し、ただひたすら目的地へと向かう現在となったのだった。


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