第二十三話 ハーフエルフと聖木とハイエルフ
日も落ちて間もない頃、教会が聖室と名づけた、私の自室を兼ねている部屋に同居している聖木シーラが、突然、歓喜を訴えてきました。
極稀に、しかも弱い感情しか、表すことはないこの子が、これほど強い歓喜の感情を私に訴えかけて来るのは初めてのことで、何が起きたか調べるために私は聖木シーラと深く繋がろうと考え、額をつけるため歩み寄ろうとしました。
次の瞬間、シーラの横に突如、少女が現れました。緑髪で緑色の目をしたエルフだと思いましたけど、その考えはすぐに捨てました。
エルフに空間移動は使えません。
それにその身から発する雄大な樹木を思わせるような雰囲気といえば良いのでしょうか、その魔力も姿も私はお目にかかることは、初めてのことなのですが、おそらくハイエルフ様だと思います。
「やあやあ、急にごめんね」
「い、いえ、申し訳ありません。ご尊顔を拝謁いただきまして──」
私は貴族相手にもしたことのない、膝を折り地面に額を付ける挨拶が自然に出ていました。
「あっ、やめてやめて、僕にそんなことをしなくてもいいんだよ」
けれど、それはハイエルフ様に止められました。
肩を抱かれて起き上がらせてもらったときに、感じた魔力の一端はまるでもう一つの世界がその身の中にあるような、深淵で強大なものでした。
私はその魔力に恐縮しながらもその手で起き上がり、尋ねました。
「あの、ハイエルフ様でまちがいないですか? 私は聖木シーラの巫女ウルリーカと申します」
「そうだね、僕はハイエルフだね。でもね、君の子の名前をハイエルフと言えども、あまり人に言うものではないよ? 」
私とシーラの自己紹介をした後、用件を聞こうとしたらたしなめられました。
確かに聖木の真名を口に出すことは殆どないことです。ましてや他の人間に言うことはありません。
当てずっぽうではなく、その名を理解し、呼びかけることで聖木との繋がりの始まりになることがあるからです。
シーラは最初、名前も地脈とのつながりもなかったので私が名前をつけて巫女となりました。
しかし、ハイエルフ様ならばたとえ名前をしらなくても、自在に聖木とつながり対話することは私などと比べても、遥かに深くつながることが出来るはずです。
そのことを問うてみると、
「たしかに僕らは、君の言ったとおりのことは出来るけど、その子を守るのは君だけの役割で、その名前は君とこの子だけの繋がりの証だ。引き継ぐことがない限り、その心に大事にとっておくものだよ」
「は、はい。わかりました」
聖木の引き継ぎは私が寿命を迎えるとき、エルフかハーフエルフに聖木の名前を告げ聖木に認めて貰えれば新たな巫女になることが出来ます。
もし、私が事故や病気で伝えることが出来ないときは、人族には理解できないかも知れませんが、自然の流れということになります。
「うーん、僕には遠慮もしなくてもいいし、敬語もいらないんだけどね」
「い、いえ、そういうわけにはいきません。それに私はもともとこういう喋り方なので申し訳ありません」
「まあ、それだったら仕方ないのかな? 遠慮はしなくてもいいからね」
私は「はい」とだけ返事をして、ハイエルフ様の御名と用件を聞きました。
「僕の名前は言ってもいいんだけど、全部言うと長すぎると、昔、人族の友だちに言われたんだよね」
「──ちなみに、どのくらいの長さなのでしょうか」
「そうだなぁ、人族が朝ご飯を食べて、名前を言い終わったら夜ご飯を食べるくらいの長さかな?」
「すみません、ハーフエルフの私でも長いと思います」
「だよね。僕がよく名乗ってる、アリアとでも呼んでくれないかな?」
「わかりました。アリア様、それでこちらに来られた用件とは?」
「ああ、そうだったね。君がさっき触った物なんだけどさ。それを見せてもらいたいと思ってね。もしよかったら譲ってくれないかと」
「さっきとは──ハッ」
私がさっき触ってたというか見ていたのは、王都で手に入れてもらった少年と青年を題材にした物語──
「たぶんあの感じからしたら、一抱えくらいある丸い形だと思うんだけどね、君とその子がつながっててくれてよかったよ、君が触って魔力を通したから、なんとかその子を通じて分かったんだ」
──では、もちろんない、ということは知っていました。
アリア様の、その説明で心当たりが出来て、アリア様の【さっき】が、私の感覚では、数日前のことを言っていることも気付きました。
「アリア様がおっしゃってるのは、これくらいの水晶球のことではないですか?」
私は前回の休養日に、村のこどもが見つけてきた水晶球の大きさを手の動きで再現した。
「ああ、多分それだと思う。今は何処にあるのかな? それと誰が作ったのかも知っているかい?」
「作った? それは村の外れに落ちていたと聞いています。確かにそこから見つかったというのは不思議でしたが、あれは誰かが作ったものなのですか? 占いのときに使うような水晶球に見えましたが、今は辺境伯様にお渡しするためにこの村の村長に渡しています」
「ありゃ、人族の貴族が関わっているのか。見せてもらうのはできそうだけど、譲ってもらうのは無理かなぁ」
ハイエルフ様なら水晶球程度、頼めば快く譲ってくれるとは思いますが、もしかして──
「アリア様、もしかしてそれはただの水晶球じゃ、ないんですか?」
「そうだよ、水晶ですらないね」
「では、貴族が譲ってくれないということは、何か特別な力でもあるのですか?」
「いいや、あれにはなんの力もないよ。魔力に反応して少し光るくらいなんじゃないかな?」
「力のないものでも欲しい物なのですか? 私の目と感覚では何も感じなかったのですが、あれは一体?」
「あれはね……あ、なんだ。やっぱり作った子いるじゃないか、見たい見たい! 」
「えっ」
私の驚きの声と、ともにアリア様の姿は忽然と消えてしまいました。
突然のことで戸惑う頭の中で、台詞からこの村の中だろうと、あわててシーラに駆け寄って繋がり、村の中を結界を通じて感知しました。
アリア様の魔力は特殊すぎるから、いる場所はすぐに分かりました、場所はエドワードさんのお家ですね。
「留守をお願いします」とシーラに声をかけ、こっそり教会から出て、騒ぎにならないよう音を立てないくらいの全力でエドワードさんのお家へ、駆け出しました。
たどり着いて、ノックをしても返事がないので、申し訳ないと思いながら扉を開け、お家の中に入り居間まで行ってみると、そこには──
きれいな珠を持ちながらぐずっているアリーチェちゃん、アリーチェちゃんを抱いているソニアさん、折れた剣を担いでいるエドワードさん。
──そして、正座したアリア様が、ルカくんに説教されている姿がありました。
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今日はなんとか間に合いました。
読んでいただき、ありがとうございます。




