第十五話 朝で柔らかで平穏
「おはよう、母さん、アリーチェ、あれ? 父さんは?」
「おはよう、ルカ」
「にいたん、おあよう」
朝起きると父さんがいない、今日は休養日だから別にいいんだけど何処に行ったんだろう。母さんに抱っこされたアリーチェは少し眠そうだ。
「エドならロジェさんと一緒に、トシュテンさんの所に行ってるわよ」
「ああ、宴会かな?」
「かもね」と、母さんが笑ってる。
「今日僕は、教会に神父様のお話を聞きに行くけど、アリーチェはどうする?一緒に行く?」
「あーちぇもいく!」
「そっか、母さんも行く? 子供ばっかりだけど」
「それもいいわね、アリーチェ、母さんも行っていいかしら?」
「あい!」
母さんの腕の中でアリーチェが、元気よく手を上げて返事をしたから少しバランスを崩したのでそっと背中に手を添えた。
母さんが僕の添えた手を見て、
「他の女の子にもその気遣いができれば、ルカもモテるのにね?」
「レナエルちゃんのこと? ──おっと」
添えた僕の手の温もりを感じたのか、アリーチェが僕に抱っこを求めてきたから母さんから受け取った。抱っこする時はいつも自己強化を掛けて安定させるようにしている。僕もまだ体重軽いし。
「レナエルちゃんもだけど、他の子もいるでしょう?」
「──あ、ああ、うん。そうだね」
だめだ、いるのは分かるけど興味がなかったから、ぼんやりとしか思い出せない。
「はぁ、──しょうがないわね、母さんがちゃんと仲良くさせてあげるわ!」
「えぇ、別にいいよ……」
めんどくさいの言葉は飲み込んだ。しかし母さんは少し浮かれてるみたいだな、みんなでお出かけできるのが楽しいのかな?
「その前にロジェさんいないなら、レナエルちゃんをこっちに呼んだほうが良いんじゃないの?」
「──その通りよ、よく気づいたわね、ルカ」
「うん、そうだね……」
父さんが言ってたな、ソニアは普段は無口で大人しいが、妙に浮かれたときは、たまにうっかりすることがあると。その後に父さんが「──まあ、それが」と続いて惚気出したので、そこは忘れることにした。
レナエルちゃんを呼びに行こうと、アリーチェを母さんに返そうとしたが、おねむになってきたのかぐずって「や!」と言い出した。
アリーチェを僕に任せて、レナエルちゃんのところには母さんが行こうとしたが、「いいよ」と断った。母さんもたまには休みたいだろう。
アリーチェの体勢をおんぶの格好に変えて、長い布を持って──少し汚れていたので、お風呂場で熱いお湯を水魔法で出して洗って、布についた水をコントロールして落とす、まだ少し濡れているので、風魔法で出した乾いた熱風を布に当てて完全に乾かした。
アリーチェが揺れる布を閉じそうなまぶたの中、目で追っているのが目の端に見えて、僕は少し暖かい気持になった。
それから布で僕とアリーチェを、おんぶ布の巻き方で固定して、もし、僕が両手を離れても、アリーチェが落ちないようにしてから外に出た。
出る間際母さんが、「ルカ、貴方器用ね」とつぶやいていた。
おんぶ布の巻き方、別に難しくはないのに、ここでは珍しいのかな?
数十歩先のレナエルちゃん家について、ドアをノックした。
近くにいたみたいなので「はーい」の声と、ともにすぐにドアが引かれて、開いた。
「どなたかしら?──えっ、ルカ? 珍しいじゃない」
「やあ、おはよう、レナエルちゃん」
「おはよう、ルカ。ふふっ、アリーチェも」
最初は驚いたレナエルちゃんだったけど、すぐに小声で話をした。僕の耳元でふすーふすーとアリーチェが規則正しい寝息を立ててるのに気がついたからだろう。
僕に挨拶しながら軽く笑い、アリーチェのほっぺたを、柔らかくつついていた。
◇◇◇◇
説明をしてどうするかを聴いた所、レナエルちゃんも家で世話になるということだったので、一緒に戻った。
レナエルちゃんはロジェさんが朝ご飯も食べずに僕の父さんに連れて行かれた──ごめんなさい──ということなので、ロジェさんの分も作って自分が食べた後に持っていこうとしていたみたいだ。
母さんに父さんは食べたのかと聞くと食べずにお酒だけを持って、そのまま出ていったと、それで、途中ロジェさんの声と父さんの話し声が聞こえてきたので、一緒に連れて行かれたのは知っていたみたいだ。
「じゃあ、母さん。ロジェさんと父さんの分も作って、ついでにトシュテンさんの分も作ってから持っていこうよ」
「そうね、レナエルちゃん手伝ってくれるかしら」
「ええ、もちろんよ。ソニアおばさん」
「僕も手伝おうか?」と聴いたら、母さんは少し驚いたように表情を変えたけど「ルカはお風呂にお湯をためて頂戴」と、手伝いではなくいつもの作業を頼まれただけだった。
「そうだ二人共、教会行く前に朝から入っていく?」
「いつも最初に、お風呂もらうだけでも、悪いのに……朝からだなんてそんな……」
「僕がいるならいくらでも作れるから気にしないでいいのに」
「ちょっと、ルカ!」
あれ? これ内緒だっけ? レナエルちゃん達は知ってるだろうから良いと思ってたんだけど。
母さんがレナエルちゃんに口止めをした後、レナエルちゃんに聴いてみたら、昼までに水を使った後にレナエルちゃんが入り、その後夜に僕たちが同じお湯に入ってると思ってたみたいだ。
一度でも普通の人には多いのに、流石に一日に二回も同じ量を出せるとは思ってもみなかったみたいだ。──三回なんだけどね。あ、三回目は少なめに入れてるから二回と半分かな?
朝に共用の井戸に決められたノルマ分の水を貯めてしまえば、それ以外の水を自分のために使うのは個人の自由だけれども、流石にその量が多すぎるとなると他の人達の不満や、嫉妬を買う。
僕たちがやっていることは、他の人達から見れば、無駄使いそのものでしかないから、隠していたみたいだ。
僕たちだけ綺麗にしてるので、なにかしてるだろうとは思われているはずだけどねと、母さんが言っていた。
僕は、母さんに謝ると「内緒にしてるなら別にいいのよ、レナエルちゃんも、今まで、お風呂のことは内緒にしていたものね、ね? レナエルちゃん?」と、釘を差しているのを見て、レナエルちゃんに少し悪いことをしたなと反省する。
「いえ、父さんから『ルカが何かやらかしても俺に言うまで誰にも言うな』って言われてたから、なにかあるんだろうと、少しは覚悟してたわ」
「それに、嫌われたら……」とレナエルちゃんがボソリとつぶやいたのは聞き逃さなかった。──なるほど、うちに嫌われたらお風呂入れなくなるもんね。こんな辺境じゃお風呂は贅沢で入るだけでも娯楽に近いだろうからね。
僕はじゃあ約束と、レナエルちゃんの小指に小指を絡めた。
こちらにそんな約束の仕方があるのかは知らないけれど。
母さんが微笑ましそうに見ていたので、子供によくある自分ルールで約束していると思ったのだろう。
実は、「針千本飲ます」という、恐ろしい歌がついてくるんだけど。歌わないけどね。
「あーちぇも!」
この騒ぎで目を覚ましていたらしく、おんぶされているアリーチェの小指を立てたお手々が、僕の肩口からにゅっと伸びてきたので、すぐに、レナエルちゃんから指を外し、アリーチェと小指を絡めた。
レナエルちゃんを見ると小指をじっと見つめて、顔を赤くしていた。
しまった、前に母さんから言われてたのに、また、なにかやらかしたみたいだ。
そんな事を考えていたら、アリーチェが反対のお手々の小指も出してきたので、そちらに気を取られ、とりあえずは大丈夫かと根拠もなく思い、アリーチェとゆびを絡めて遊んだ。
母さんはいつの間にかあきれたように見てた。
誤字脱字報告、いつもありがとうございます。
月間ランキングまで一桁台に入っていて、
戦々恐々の毎日ですが、なんとか頑張っていきたいです。




