第十二話 膜の真空の隠蔽
僕は父さんからげんこつで殴られた頭を撫でながら改めてもう一度しっかりと謝った。「心配掛けてごめんなさい」と。
「俺はもう罰は与えた、だからもう終わりだ」
「私も……それにもう、ルカを怒るわけにはいかないわ」
母さんはどうも父さんに止められたとはいえ、感情的になって僕を打とうとしたことを後悔してるみたいだ。
だから「ごめんなさい」ではなくて「ありがとう」と言って、叱ってくれたことに感謝していることが伝わってほしいと願いつつ言うと、母さんからギュッと抱きしめられた。
僕は前世ではおそらく成人して間もない頃だったんだろう、けれど前世の記憶──前世の人生に関する記憶は靄がかかったように思い出せず、常識や物事も記憶としての印象が強く、実感が薄い。
今の僕は前世と今世のごちゃまぜ状態で、どれが本当の自分なのか自分でもよくわからない状態だ。
──つまり、なにが言いたいかと言うと抱きしめられてるのが恥ずかしいから、離してほしい、でも嬉しい離れたくない、という相反する感情のせいで、母さんを抱きしめ返すのか返さないのかで、アワアワとしてしまったということだ。
◇◇◇◇
それから母さんが満足するまで抱きしめられて──少しだけ、僕も抱き返せた──から父さんに改めて教会のことを聞かれた。
「それで?神父様に対処の方法は聞いたのか?」
「対処の方法?」
「……魔力を隠す方法を教えると聞いてたぞ」
「あ!──うん、聞いたよ」
「何だよその間はもしかして忘れてたのか?」
「いや、覚えてたよ。覚えてて練習もしたよ! 」
はい忘れてました。さっきまでのこともあったし、神父様の話も途中から上の空になりすぎてた。
隠蔽のことは覚えてるし、その後、村の空き地に行って転げまくった事も覚えている。
それから、膜じゃなくて真空っぽくしようっていうところまではなんとなく覚えていて、溜まりに溜まった感情を発散するために何かしたはずなんだけど、そこらへんが曖昧なんだよね。
僕なにかしちゃいましたか?……なんてね。
──してないよね?
「それで?次はいつ行くんだ?今日の帰り道か?」
「え?」
「え、っておまえ、神父様が一つ一つ分解して教えるから時間がかかると言ってたぞ。それに昨日は帰ってくるのが──まあ、色々あったから早かっただろ」
父が僕の黒歴史に気を使ってくれたのかぼかしてくれた。
その黒歴史のせいで早く帰りたすぎて、一瞬で覚えたんだけど。
「俺も出来るから教えてやりたがったが、他の奴に教えた時、グッとやってふわっとしたら出来ると言っても、それじゃわからんと散々言われたもんだ」
「僕もその説明じゃわからないけど、多分父さんが見せてくれてればすぐには無理だったかもしれないけど、覚えられたと思うよ」
「ん?どういうことだ?」
「その、あれがあったせいで早く帰りたくて、出来たら帰れると思ったら、なんか出来ちゃったみたいなんだよね」
「なんだよそれ、ばっかみてぇだな」
そう言って父さんは笑い出した。
◇◇◇◇
「どれ、見せてみろ。俺はこれでも人の探知能力は結構すげぇぞ、俺の感覚をごまかせれば大したもんだ」
「わかったよ、じゃあ神父様に教えてもらったことから」
「から? まあいいやってみろ」
「うん」と、頷き、魔力の隠蔽をする。
いつもやってたのは自分の魔力を内に向けることだけ、それで隠せてると思ってたんだけど、ちがったんだね。
隠蔽は体内の魔力とは別に外の魔力を大きく使い混合し、体内に入れるイメージではなく、体に吸い付くよう膜を貼るイメージで……うん、間違いなく出来てる。
「お、すげーじゃねぇか、これなら俺も20歩くらい離れるとわかんねぇな」
「父さん、20歩がすごいのかすごくないのか、わからないよ」
「いや、俺がそのくらいでわからないってことはすげー制御できてるってことだ、なあ?ソニア」
「そうね。私はもうぼんやりとしかわからないわ」
「いや、だから。基準がわからないってば」
と、三人で笑ったあと、もう一つ覚えた隠蔽のやり方を披露してみる。
「もう一つ、ついでに考えたやり方があるんだ」
「なんだよ?確かに隠蔽も他のやり方あるが、みんなだいたい一緒だぞ」
「そうなの? とりあえず、やってみるね」
それでもちょっと試したくて、目をつぶり集中する。
今度は外部の魔力の膜を少しだけ体から離して作り、その間の空間にある魔力を自分に全部吸収して、真空を作るイメージで起動する。……よしこれもできてる。
目を開け、父さんと母さんのを見てみると、二人共少し青い顔をして動揺していた。
「──なんだそりゃ、気持ちわりぃ。ルカがそこにいるのはわかるのにいないとも感じやがる。俺の感覚がおかしくなったみたいで、すげぇ気持ちわりぃ」
心底、気持ち悪そうにする父さんに母さんもうなずいていた。
その時、両親の部屋から物が落ちる音がして、すぐに扉が空いた。
「にいた、にいたん!!」
「アリーチェ!?」
寝たら朝ごはんまでは大概のことでは起きないと聞いているアリーチェが転げるように出てきて、僕に抱きついてボロボロと泣き出した。
「昨日はごめんねアリーチェ。起きて、誰もいなくて不安だったよね」
僕は昨日のこともあり、アリーチェが寂しくて泣いているのかと思ったけれど、それはアリーチェ自身から否定された。
「ちがうのにいたん、あーちぇはいいの。でも、にいたんいなくなったらいやなの。きのうもいなくなったの」
アリーチェがいやいやするように首を振り、抱きつきながら泣き続けた。僕は嫌な夢でもみたんだろうと思ったけれど、父さんは違うみたいで考え込んでいる。
「ルカ、お前が昨日練習したってのは、それもか?」
「う、うん、そうだけど」
「練習したのは昨日帰ってくる少し前か?」
「たぶん、そうだけど」
父さんは心当たりがあるようで「やっぱりか」とつぶやいた。
「お前が帰ってくる少し前、いきなりアリーチェが泣き出してな。──多分、無意識だろうが、アリーチェはお前の魔力をずっと追ってるんだろう。それでお前が消えたと思って泣き出したんだろうな。……俺だって相当集中しないと魔力を追い続けるなんてできないんだがな」
「そういえば、アリーチェはルカが帰ってきたらすぐ分かって、ドアまで迎えに行ってたわね。大体の時間と音でも聞いてわかるのかと思ってたけれど」
もうすでに隠蔽は解いているけど、アリーチェは絶対にどこにもいかせないとばかりに腕だけじゃなく脚でも僕の体を抱きしめている。
「昨日あんだけ取り乱したのも、ルカがいなくなったと思ったからか」
「ごめんねアリーチェ、さっきのはもうしないから」
「ほんと?」
「本当だよ、ほら約束のぎゅー」
「ぎゅー!」
アリーチェが体全体で締め付けてきて、その小さな体でどれだけ力を入れたのか……少し痛いくらいだ。
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