第九話 黒で歴史で黒歴史
「おっと、ロジェたちが戻ってきたみたいだな」
僕に話しかけてるのか独り言なのか、わからないけど父さんの言葉で森の方を見る。昨日フォレストウルフを発見した方向を見たのだけど、それよりもロジェさん達はだいぶ近くにいた。
昨日、フォレストウルフをかなり離れた場所から発見できたのでまさか新人類の感覚に目覚めたか、とこっそり思ってたけど全くそんなことはなかった。
「よーし、俺は森の調査報告を聞く。ロジェは残ってくれ、それ以外は解散だ」
みんなの返事とともに僕も「はーい」と返事をして帰る準備をする。ボーンに敬礼をさせて足からサラサラと砂に変えてそれを見守る悲しそうなポーズや泣きそうなポーズを棒人間にさせただけ、だけど。お題:亡霊兵士の成仏、なんてね。あ、棒人間も消した。
「おいルカ、アホなことやってないでちょっとこい」
「なあに?父さん」
見られてるとは思ってなかったのでちょっと恥ずかしい思いをしながら父に近づいた。
「ロジェすまん、すぐに終わる」
「いいって、ゆっくりしてくだせい」
ロジェさんはたまに──いや、頻繁にか、敬語が変に混ざった言葉で父と話してる。
「ルカ、家に帰る前にな、神父様の所によってくれ。多分この時間には用事が終わってるからと伝言も一緒にあったんだよ」
「あれ?父さん忘れてたの?」
僕は今朝の自分のことを棚に上げて父さんをからかうように言ったが父さんにあきれたような顔をされた。
「アホ、お前後ろに用事があるとわかってると、妙に気にしてたまに上の空になるだろうが」
「……う」
その通りだった。同じ日に色々立て込んでると考えてしまうというか意味もなく妄想が暴走するというか。変な癖だとは思ってるんだけど。
「じゃ、じゃあ、今から神父様のところへ行くね」
「おう、母さんとアリーチェには俺も含め遅くなるようなら先に飯食ってろと言ってあるから、時間は気にしなくてもいいぞ」
「そうなんだ、わかったよ父さん。行ってくるね」
「ああ、神父様に迷惑かけるんじゃないぞ」
「わかってるー」と返事をしながら村へ向かった。
ふと後ろを向くと父さんとロジェさんの話し合いが始まり、ロジェさんが腰から何かを出そうとしていた、僕が見ている事に気づいた父さんがシッシッ早くいけと言うように手を振ったので僕は改めて村に足を向ける。
ふと思いついたので、自己強化を使いさらに蹴る度に足の下に土魔法で陸上のスターティングブロックのように生成する方法を使った走法は昨日よりかなり早く走れたと思う。常に斜めに体が傾いてるので転けそうになり、すごい怖かったけど。
あ、ちゃんとブロックはその都度消したよ。
◇◇◇◇
「やあルカくん、お疲れさまでした」
教会内に入った僕を神父様が相変わらずの優しそうな魔力と笑顔で迎えてくれた。
「こんばんは、神父様」
僕の挨拶とともに奥の方から顔を出したシスターもペコリと頭を下げてくれたので「シスターもこんばんは」とつけたした。
「はい、こんばんは。ルカくんよく来てくれました」
いつもと変わらず優しい神父様に僕は約束を忘れていたことを恥ずかしく思い神父様に謝り頭を下げた。
「神父様、今日の約束忘れてしまって、ごめんなさい」
「良いのですよ」と頭を下げた僕の肩を掴みゆっくりと神父様が起こしてくれる。
目の端ではシスターもうんうんと、うなずいてくれている。
「頭をさげないでください、だって私も約束があるのに用事なんていれてしまいましたから」
ね?と細目で全くわからないが、動作で片目をつぶってウインクしたつもりだろう神父様が僕を慰めてくれる。
「でも、神父様は急用が入っただけで伝言までしてくれて、僕も、──あれ……?」
「開拓地なんていかずに」と続けようとしたけど胸が詰まって言葉にできなかった。胸が詰まる僕を見て子供の癇癪かと思ったのだろうか神父様が手を握ってきてくれた。
それから、神父様の手から魔力の流れる感じがするのでなにかしらの魔法をしばらく使い続けてくれたみたいで、ようやく心が落ち着いてきた。
前世の記憶があるとは言え僕の体はまだまだ子供ってことらしく、たまにこうやって胸が詰まって変な感情が湧き出そうになることが今までにもあった。
「うん、落ち着きましたね。約束のことは本当にいいんですよ。私にもルカくんにもいけないことなんて何も起きてないんですから」
「はい、ありがとうございます。──それでですが、神父様」
僕にとってはどうしても気になることがある。
「ああ、ここに呼んだ理由のことですね」
「──いえ、それもあるんですけど」
「なんでしょう?」
「あの……」
僕は言葉にできず先程から目の端に映る後ろのシスターを指をさす。
そこには顔を真っ赤にしつつ、こちらを凝視し涙を流して先程よりも遥かに早いスピードでうなずいているシスターの姿があった。
「あぁ」と神父様がうなりシスターに大きな声を出した。
「シスターウルリーカ!奥に入っていなさい」
大きな声を出されたことにシスターは気にした様子もなく、僕に手を振りつつゆっくりと奥に戻っていった。
「すみませんでした。ルカくん」
「いえ、シスターはどうされたんですか? 」
神父様が僕の手を握っている自分の手を見つつ。
「…………彼女はちょっとこういうのが…………いえ、そうですね、今日体調が悪くてですね」
こういうのがのあとに「好きで」と言ったのを僕は聞き逃さなかったが前世の記憶からそこに突っ込もうとするのはやめろと、警鐘を鳴らされたので僕は「そうなんですね」と返すのがいっぱいだった。
◇◇◇◇
「それでルカくんを呼んだ理由なんですが」
「はい」
気まずい雰囲気が流れたので僕たちはさっきのシスターのことをなかったコトにした。
「昨日魔獣が出てきたわけですが、一つの原因として考えたのがルカくんの魔力のことです」
「僕の魔力ですか?」
「そうです、お気付きだとは思いますがルカくんの魔力は非常に大きい。それに気付いたフォレストウルフが何事かと思い様子を見に来たのかもしれないと思ったのです」
なるほど、僕が気付いたのは向こうも僕を見つけてこちらに意識を向けてきたからなのかも。
「もちろん確証はないですし、今日ロジェさんたちが森を調べたことで全く違う原因だったということのほうが可能性が高いかもしれません」
神父様が別の可能性のこと言ってるが多分僕のせいだと思う。あの感覚はフォレストウルフが僕に気付いた時の魔力か何かの感知なんだろうと今更ながらに思う。
「それでですね。ルカくんには魔力を外に向けず中に留める練習をしてもらいたいのです。これは、魔獣に関係なく魔力量が多い人間にとって覚えておいて損はないことで、丁度いい機会としてこちらに来てもらったわけです」
あれ?僕魔力を留めることやってたはずなんだけど神父様から言えばダダ漏れだったのか、まあ自己流だししょうがないか。
「わかりました神父様、どうすればいいんでしょうか」
「私もあまり得意ではありませんが魔力量はルカくんほどではないため、ルカくんは今の私の魔力は感じ取れてないでしょう」
「……はい」
ごめんなさい神父様感じ取れてます。
「一度、開放しますね」
と、神父様が言った瞬間確かに先ほどとは比べ物にならないくらいの魔力が神父様から湧き出ている。
「おっと、これはすぐに感知出来ましたね。そもそも、鍛えてないと人は他人の魔力を感知しにくいものですが、流石ですねルカくん」
褒められた。ちょっと嬉しい。そうか人って他人の魔力を感知しにくいのか知らなかったな。だから今日ロジェさんが近づいたのもわからなかったのかな?
「それでルカくんもやってるみたいですが、一応、最初からいきますね。魔力を扱う者の基本としてこの圧縮と、圧縮した分の不足分を外部から補填する吸収、混合。そして2つの技術を応用して魔力を内へと向かわせ外部の魔力で膜を作る感覚で蓋をする、こうすることによって外部に魔力がもれなくなります」
神父様が目の前で説明と実践をしてくれているんだけど、あまりの衝撃で心臓はバクバク、頭はクラクラ、足元はガクガクし始めた。
神父様に聞き返す。
「あの魔力の基本って」
「圧縮、吸収、混合ですね」
そう言ってまた実践してくれている。やばい動悸が激しくなってきた。
「そしてその複合で隠蔽です」
さらに続けてくれるが僕はもう上の空だった。
「ルカくん、体調が悪そうですけどまた今度にします? 」
「いえ、大丈夫ですわかりました。こうですね」
気もそぞろながらもなんとか神父様のやってる通りやると確かに一枚膜を作るだけで段違いに魔力の流出は少なくなる、神父様がこんな、完璧な制御をと言ってるが僕にはまだ漏れてるように見える。今までとは違ってなんか感覚が広がったみたい。
でもそんなことは本当にどうでもよくて、早くここから出たい。
「神父様申し訳ありません、家で母も待ってるでしょうし僕ももっと練習しますので今日はここで」
「ええ、私はかまいませんが。……あの、大丈夫ですか?」
「はい、ありがとうございました。それではお邪魔しました。」
「いいえ、また来てくださいね」
終始早口になった僕に神父様は怪訝そうな顔をしつつ送り出してくれた。僕は少し早足になって教会を出たあと。
全開で自己強化を掛けて走り出し。村の外れの空き地にダイビングして顔を押さえ、転げ回った。
「ああああああああああ!!!!!!はずっかしぃぃぃい!!!!!」
神父様が見せた圧縮・吸収・混合は僕がドヤ顔で見つけたとか言っていた魔力励起と循環と一緒のものだった。
「何がチャクラを回してみよう(ドヤッ)魔力励起(ドヤッ)内外循環(ドヤッ)と名付けよう(ドヤヤヤン)だよ」
ああああああ、恥ずかしい。そりゃそうだよ、魔力のある世界だよ、長い歴史の中色々と試さないわけがないんだよ。
これで分かったけど多分僕の使ってる魔法とかわからないところとか、全部解明されてるに決まっている。
もう魔力励起も循環も言わないからお願い、忘れさせて。
恥ずかしさのあまりさらに激しく転げ回りながら、魔力全開にして気を紛らわそうとした──けど、僕の冷静な部分が魔獣呼び寄せたらどうするんだよと言ってくるのでやめる、でも発散しなきゃ爆発しそうだ。
だから先ほど教わった魔力を漏らさない技法を体に膜ではなく真空みたいになにもない空間をイメージし魔力を自分にとどめ、その鬱憤をぶつけるように土魔法を発動し、ただの玉を作るのに全力を込めた。
◇◇◇◇
「──ふう」
鬱憤と全魔力を込めた土魔法はなんか水晶みたいな玉ができていた。
なんとか落ち着いた僕はこの誰も来ない村の端っこの空き地に、出来た水晶玉を茂みに転がし捨ててから家に帰ることにした。
今日だけは母さんと父さんにアリーチェをお風呂に入れてもらうことにし、そのお風呂もお願いして先に入り早々にふて寝した。




