第二十六話 アリーチェとルカと世界樹 4
いつものように話を終えて戻ってくると思っていたら少し様子が違う。
アリーチェが「うん、たのんでみるの」と言って、僕を見る。まだエッちゃんとは繋がっているらしく、いつも繋がっている時はつぶっているその目はほのかに緑色に光る魔力を宿らせていた。……いつもと違ってこれはこれでかわいいな、っとそうじゃないアリーチェは僕になにか言いたいことがあるみたいだった。
「どうしたのアリーチェ? 僕にして欲しい事があるの?」
「あのね、ありーちぇたのしいっていったら、えっちゃんたのしそうなの」
「うん」
「でもね、さみしそうなの。たのしそうでさみしそうなの」
「えっとアリーチェが楽しいから楽しい、でもエッちゃん自身はどこか寂しさを覚えているってこと?」
「わからないの、でもおにいちゃんがいうならたぶんそうなの」
「いや、僕は何となくで言っただけだよ。違うかもしれないよ」
「ちがわないの! ありーちぇのおにいちゃんはすごいの!」
「あ、うん」
うーん、アリーチェからの信頼の目線が痛いくらいだ。アリーチェに比べれば僕なんてたいしたことないんだけどな。でも、アリーチェの信頼には答えなきゃね。
「それで、僕は何をすればいい?」
「ありーちぇとえっちゃんをもっとなかよくしてほしいの」
「仲良く?」
「うん! いっぱいありーちぇのしあわせをわけてあげたいの」
アリーチェが嬉しそうに頷くけど、どうしたら良いんだろう? もっと仲良くってことは僕が繋がなくても、アリーチェとエッちゃんだけで出来るようにすれば良いのかな? でも多分それは僕じゃなくてアリーチェがやらないと、駄目なことだと思う。
「アリーチェ」
「あい」
「僕はお手伝いをするけど、エッちゃんと仲良くするにはアリーチェが頑張らないと行けないと思うんだ」
「あい」
「アリーチェは村にいた時は、どうやって僕を見てくれていた?」
「うーん」
そう言うと、アリーチェは考え込んでしまった。村にいた時はほぼ無意識に聖木の力を使って、その範囲内にいる僕の感知をやっていたと聞いた。だから村から出た途端僕の場所がわからなくなった。聖木の力そのものの中にいたから使うことも出来ていたんだと思う。
だけど、ここでは魔力の淀みがあってそのせいで、地面の深くにある樹脈に繋がらないとエッちゃんの魔力と繋がることが出来ない。アリーチェが自分で樹脈の流れを意識的に探して、そこに繋げるということが出来ないからだ。今繋がっているのだって、恐らくエッちゃんがやってくれていてアリーチェは何もしていない。
「あ! ありーちぇ、おにいちゃんのばしょわかってたけど、おしえてもらってたきもするの」
「そのときどっかがムズムズしたりしなかった? ぽかぽか暖かくなってたりとか、それに今も何か感じない?」
「むー」
僕の質問でアリーチェはまた悩みだした。これはレナエルちゃんが回復魔法をどうやって使うのかを知ったから教えれることだった。僕はどうも違う使い方してるみたいだからね。
「ありーちぇわかんない」
「そっか、じゃあまた──」
また明日頑張ろうと言おうとすると、アリーチェの目から緑色の魔力が消える。どうも繋がりが断たれたみたいだった。
「あ、えっちゃん……ぽかぽか? おにいちゃんぽかぽかきえたの」
「えっ」
「こことここのぽかぽかがきえたの」
アリーチェがおでことお臍の下を撫でて消えたという。今までは意識していなかったから分からなかったという。
そこは魔力を貯める場所と、契約魔法の場所……何故か僕の頭にあの悪魔の顔がよぎる。
確かあの悪魔は精神魔法が得意って言ってたな。今までは気にしていなかったけど、確かに魔法の中で契約魔法だけえらく限定的だ、そこは精神魔法の場所なのか?
悪魔が何度か僕の額や、父さんの額に指を当てて魔法を使った光景も思い出す。多分、当たってるな精神魔法の場所だ。
エッちゃんとつがるためには精神魔法と魔力を貯める場所が重要なのかな?
「アリーチェ、ぽかぽかの場所に意識してエッちゃんと繋がりたいって思ってみて」
「うん、えっちゃんありーちぇなの。いっしょにあそぶの」
その瞬間、アリーチェから恐ろしく強い魔力が発生し、僕が繋げたときとは比べ物にならないほど強く太い魔力が行き交う相互のラインがエッちゃんと繋がれる。
僕からアリーチェに繋いでいた魔力のラインも弾き飛ばされた。
うわっ、今一瞬で駆け巡った魔力が、ここら一帯の魔力の淀みを全部無くしたぞ。
これがエッちゃんの力なのかな? そう思っているとアリーチェが半べそで僕に抱きついてきた。
「おにいちゃんできたの! えっちゃっとつながれたの。おにいちゃんのことももっとわかるの」
「わん!」
「ライン切れたのに僕のことも分かるんだ。すごいよアリーチェ。いっぱいがんば……わん?」
アリーチェを褒めようとしたけど、不意に聞こえたその鳴き声に目を向けるとアリーチェの足元に子犬がいた。
「わん!」
「えっ、子犬? 一体どこから? アリーチェ分かる?」
「わかんない! いきなりいたの」
この世界の動物は、いきなり現れるのが基本なのかな? いや、流石にそんなことはないよね。
しかし、この子犬──
「柴?」
そう僕の世界にもいた柴犬そっくりだ。子供なのでずんぐりむっくりとしていてクリクリした目で茶色の毛並みだ。うん、とても可愛い。
「しゔぁ? わんわのなまえ? わんわはしゔぁなの」
しまった。みゃーこの時と同じ様な流れに……、しかも前世の神様の名前みたいになってしまった。
椅子から降りてアリーチェはしゔぁ、しーゔぁと楽しそうにして、子犬もそれに合わせてわんわんとしっぽを振りながら鳴いているし、もう変えるのは無理だな。と言うか飼う気満々だ。
アリーチェはシヴァを撫で回していて、シヴァのしっぽはちぎれんばかりに左右に激しく揺れていた。
うーん、アリーチェもシヴァもかわいい。
僕もひと撫でさせてもらおうと、手を伸ばしたら、カプッっと噛まれた。甘噛だったから良かったけどこの犬もみゃーこと同じ様で、僕の身体強化を抜けてくる。……何が言いたいかというとちょっと痛い。
これにはアリーチェが激怒した。「めー‼」とシヴァの口を掴んで開けて僕の手から離した後、シヴァの体をペチペチと叩き始めた。
「おにいちゃんかむなんて、わるいこ! わるいこなの!」
シヴァは痛くは無さそうだったけど、見るからにしょぼんとしている。さっきまで振っていたしっぽも力なく垂れている。
「そんなことするこは、きら──」
「あ、それはだめだよアリーチェ」
僕は優しくアリーチェの口を塞いだ。アリーチェが少し暴れるけど抱き上げて落ち着かせる。
「シヴァもちょっと噛んだだけだよ。そんなに怒らないであげて、嫌いなんて言っちゃ駄目だ」
「でも、ありーちぇのたいせつなおにいちゃんをかんだの」
「僕がいきなり撫でようとしたせいだし、子犬だから仕方ないよ。それにほら甘噛だったから、なんともないでしょ」
僕は噛まれた手を見せるが、血も出ていなかった。
「うん」
「ね? だから許してあげて」
そう言ってアリーチェをシヴァの下に降ろす。
「……わかったの、しゔぁ。もうおにいちゃんかまないっていうならゆるしてあげるの」
「わん!」
シヴァはアリーチェの言葉がわかったように嬉しそうに鳴き、謝るように僕の手をペロペロと舐めた。
うん、仲直りだね。これでこの話は無事に解決かな? って、思ったけどアリーチェは更に続けた。
「ありーちぇも、たたいてわるかったの。ごめんなさい、しゔぁ」
「偉い! アリーチェ自分で謝れて偉いよ!」
僕は叩いたことをちゃんと謝れるアリーチェに嬉しくなって、脇を手を入れて抱き上げくるくると回った。
きゃっきゃっと喜ぶ、アリーチェとそのくるくると回るアリーチェに合わせて、シヴァも僕の周りをくるくると回った。
あ、シヴァがいきなり現れたから忘れてた。
「そうだ、アリーチェ。エッちゃんとはちゃんと繋がれた?」
「うん! いまもいっしょなの」
「そうなの? エッちゃんはなんて言ってた?」
「わかんない!」
「えっ」
「いっしょだけど、おやすみしてるの」
よく聞いてみるとどうやら、エッちゃんの意識は今までよりは出てくる時間が増えたけど、やっぱり意識がない時間の方が殆どみたいだ。一緒なのは世界樹の魔力とは繋がっているらしく、その力で僕の場所もわかるようになったみたいだ。
晴れた魔力の淀みだけど、時間が経つにつれて少しずつ戻っていった。
だけど前より淀みは薄まり、それに混じって世界樹の魔力がこの街まで届いているように感じた。
こんな大騒ぎしていたので当たり前だけど、ここにいる全員に見られていた。
どうも紛れ込んだみたいだと適当にごまかしつつシヴァを紹介したけど、みゃーこと同じくシヴァは特に反応もしてくれなかった。
そんな不思議な子猫のみゃーこに続いて、不思議な子犬のシヴァが僕達の新しい家族に加わることになった。




