第二十三話 アリーチェとルカと世界樹 1
僕の上で楽しそうに飛び跳ねるアリーチェのお陰で目が覚める。そういえば昨日は最初から一緒に寝たんだったな。
いつもはお寝坊さんのアリーチェも今日はもうおめめパッチリだった。
「アリーチェ、おはよう」
「おにいちゃん、おはようなの。あさなの」
「うん、アリーチェは元気だね」
「あい!」
いつもは、まだ寝てるか寝ぼけているかの時間だったけど今日は完全に起きていた。
「ほら、アリーチェ。手をんーして」
「んー」
僕が言うとアリーチェは背伸びをするように両手を上げてくれた、寝間着をスポンと上から脱がせ今日の服に着替えさせる。
アリーチェ自らの生活魔法で顔を洗わせて、それから顔を拭いてあげ寝癖を整える。アリーチェはその間、気持ちよさそうにしていた。
「はい、アリーチェ終わったよ」
「ありがとうなの、おにいちゃん」
「うん、どういたしまして」
そう言って整えたばかりのアリーチェの頭を髪の毛に沿って優しく撫でる。
「んふー」と言う声を漏らしてアリーチェは僕の手に頭を擦り付けてきた。
「あ、せっかく寝癖直したのに」
「いいの! きょうはおにいちゃんにいっぱいあまえるの」
「そうだったね。でもこれならどうかな?」
そう言うと僕はもう一度寝癖を整えた後、昨日アリーチェのために買った花の形をした髪飾りをつけて、水の生活魔法を鏡のようにしてアリーチェに見せてあげる。左の側頭部につけたそれは、激しくナデナデをするとずれそうだった。
髪飾りを見て嬉しそうににっこりと笑った後、いたずらっ子の顔をして「だったらこうなの」と僕の胸に顔を埋めて全身で抱きついてきた。
確かにこれなら髪留めずれないね。
「うん、僕の負け」
「ありーちぇかったの」
抱きつかれたのでちょうどいいと思い、かったのとキャッキャッ喜ぶアリーチェに話しかける。
「今エッちゃんとお話しようか? 今日はいっぱい遊ぶから忘れないようにね」
「あい」
僕が言ったのは僕達がここに来た理由の一つの世界樹が魔の森の奥にあり、その世界樹はアリーチェと契約を交わしている。
その世界樹とアリーチェは一日一回、僕が手伝い、魔力で繋がってお話をするようにしている。その世界樹の名前がエッちゃんだ。
ここからはいつもやっている通り、僕とアリーチェは目をつぶりおでこを合わせ両手を握り、アリーチェの魔力を僕が誘導し、地面の奥にある樹脈──ファンタジー的に言えば龍脈みたいなもの──と繋げ、その流れに乗りエッちゃんの場所までアリーチェの魔力を伸ばすと魔力のラインが繋がる。ここで僕の役目は終わり、後はアリーチェとエッちゃんとの会話だ。
ここ以外に六本あるという本来の世界樹と言うのは、薄い意志しか無い聖木──僕の村にもあった世界樹の魔力を受けて成長した樹木──とは違いはっきりとした意志と感情があり、アリーチェとの会話は台詞よりも感情の交換の方がメインで成り立っているみたいだ。僕がやってるわけじゃないので、アリーチェから教えてもらったのとその様子から感じた予想だけどね。
世界樹にはもっとしっかりとした感情があるらしいんだけど、エッちゃんはまだ目覚めたばかりでまだ希薄みたいだった。そのためいつもは一つ二つの感情を交わすくらいだ。だけど、今日はちょっと長いなと思っていると話は終わった見たく、アリーチェは「うん、つぎおしえるの」と言って目を開けた。
「今日は長かったね。エッちゃんもアリーチェと一緒で元気だったのかな?」
「げんきだったの、いつもよりふわ~がながかったのよ」
「そうだったんだ。いっぱい話せるようになってきたのかな?」
「そうなの!」
アリーチェが言うには「ふわ~となったらおはなしできて、しゅ~んってなったらおわり」とのことだ。アリーチェが言うふわ~とは、たぶんエッちゃんの意識が出てきているときだと思う。
「それで、エッちゃん何だって?」
「おにいちゃんとあそぶの、うらやましいって」
「あれ? エッちゃん僕のこと知ってるの?」
「あたりまえなの!」
「そっか、あたりまえなんだ」
僕はアリーチェを導くけれど、エッちゃんと繋がっているのはアリーチェだけなので、てっきり僕のことは知らないのかと思ったけど、どうやらエッちゃんは僕のことも認識していたみたいだった。アリーチェが話したのかな?
「あい、だからね。ありーちぇ、つぎはおにいちゃんにあそんでもらったこと、ぜんぶ、おはなしするっていったの。えっちゃんたのしみだって」
「そっか、ありーちぇは、ぜんぶおはなしできるかな?」
「わかんない! でも、がんばるの」
「じゃあエッちゃんのためにもいっぱい遊んで、いっぱい教えようね」
「あい!」
元気に返事したアリーチェを抱きかかえてから僕は部屋のドアを開けた。その開けた隙間からするりと白猫のみゃーこが入ってくる、そういえば昨日寝る時は一緒にいたけど、いつの間にか外に出ていたようだった。扉を開けた記憶はないけどいつのまにか出ていっていたみたいだ。
「みゃーこもおはよう」
そう僕が投げかけると僕の体を駆け上り肩に立ったあと、返事の代わりとばかりに僕の頬に鼻をチョンと当てた後、スリスリと僕の顔に頭を擦り付けてきた。
「むー」
「ほらそんなにほっぺ膨らませないの」
アリーチェがみゃーこが僕に甘えてるのを見て嫉妬し、頬を膨らませたので指の腹で優しく押すと「ぷすー」と空気の抜ける音がしてアリーチェの頬がへこむ。
「きょうはありーちぇだけなのに」
「そうだよ。だからみゃーこもアリーチェと遊んでくれるんだよ。ね、みゃーこアリーチェと遊んでね」
「だったらいいの、あそんであげるの」
アリーチェの返事を聞き、僕は肩に乗っているみゃーこをアリーチェに抱えさせた。みゃーこは……うん、大人しく抱かれてふわふわと撫でられている。
何故か僕以外にはあまり懐いていないこの猫も、アリーチェには少し構ってくれる。僕が相手する時と違ってだいぶめんどくさそうにはしているけどね。
こうやってお願いすると機嫌が良い時は言うことを聞いてくれる、ただそのお願いもアリーチェ相手以外には完全無視だけどね。
アリーチェを抱っこしたまま一階に降りて食堂に入る。いつものように父さんと母さんが起きているけど、その二人だけだった。
「おはよう、父さん母さん」と挨拶するとそれにアリーチェが続き、家族全員で挨拶を交わす。
そして母さんの朝ごはんの手伝いをするのでその間は父さんにアリーチェを任せる。母さんの手伝いだというとアリーチェもわがままは言わない、僕の妹はやさしいいい子だからね。いつもは母さんに遠慮されるけど今日は休養日だから、母さんにも少し楽をさせないと。
といっても生活魔法で水とか炎とか出して手伝うくらいだけどね。
「やっぱりルカの生活魔法はいいわね」
「そう?」
「ええ、スープも目玉焼きもぱぱっと作れてとっても楽だわ」
スープ用の温めは全体に熱を送って素早く温めるとか、目玉焼きやパンを焦げないように焼く火加減は生活魔法で簡単にできるけど、母さんは微調整が苦手らしく生活魔法じゃなくて火を使う時はいつも炭を使っているから、それに比べると確かに楽なのかな?
「いつでも手伝うよ母さん」
「ふふ、ありがとうルカ。でもねいいのよ、普段は母さんに任せて頂戴」
「そう? でも大変な時は言ってね?」
「ええ」
そんな話をしているとレナエルちゃんがあくびをしながら「おはようございます」と台所に入ってきた。
僕達はレナエルちゃんに挨拶を返し、朝食の準備を進める。
それから準備が終わる頃に、ロジェさんがレナエルちゃんと同じ様にあくびをしながら「おはよう」と入ってくる。それは血の繋がりを感じるくらい似ている動きだった。
それを伝えるとレナエルちゃんは物凄く嫌な顔をして、ロジェさんは少し落ち込んでいた。僕は家族のつながりっぽくて良いことだと思ったけど女の子って難しいね。
トシュテンさんは来なかったけど、父さん達は知っていたみたいで朝食はトシュテンさん抜きで終わった。
「父さん達も今日は休養日だよね」
「ああ、今日は俺もアリーチェと全力で遊ぶぞ!」
「父さんはいつも全力じゃない」
「当たり前だ!」
今日は日が暮れるまでアリーチェと遊ぼうと言う約束なので、アリーチェと一緒に正面玄関から出てぐるりと回って裏庭に行く。
裏庭はサッカーが出来そうなくらいの広さがあるけど、広いだけでいつもは特にも何もない。
今も何も無いだろうからとアリーチェと遊びながら準備でもするかと思っていたそこにはすでにバーベキュー会場が出来上がりつつあった。
テーブルや椅子は用意されており、簡易ながら焼台も数台並んでいた。十数人でも余裕を持って招待できるくらいの準備がしてあった。
豪華ではないけど、適当でもなく僕達平民には居心地良さそうな会場が出来上がっていた。
そこにはトシュテンさんとカロリーナさんがいて、準備がほぼ終わっていて驚く僕と「すごーい」と喜ぶアリーチェに気付いた二人がこちらにやって来た。
「すみません、僕が急に言ったのに手伝いもしなくて」
「いいのですよルカ。あなたはもうちょっと人に頼ることも覚えなさい」
「うん、ありがとうおばあちゃん」
「では貴方はアリーチェと遊んできなさい」
「うん」
まずは、昨日約束したアリーチェが『だいぼうけん』で得た知識で、家を案内してくれる。
最初は僕一人だったけど、途中でレナエルちゃんが加わり、父さんと母さんが加わりぞろぞろと家の中を見回った。
もちろん僕達は家の中のことを知っていたけど、アリーチェが一生懸命に案内してくれる姿が嬉しくてみんなニコニコしていた。
父さんは立派になってと少し涙ぐんでいた。
でも、昨日も話に出てこなかったし地下貯蔵庫はやっぱり行かなかったね。まあ、最初一緒に見ようとした時泣いちゃったし、あの特殊な静けさは子供には怖いよね。
終点の僕の部屋まで案内が終わり、アリーチェは可愛らしいドヤ顔で「これでおしまいなの」と胸を張っていた。
僕達はそれがかわいくてみんなでアリーチェをもみくちゃにしてしまって、アリーチェが「やー」と嫌がった。……父さんに。
「なんで俺だけ」と父さんは落ち込んでいたけど、僕達はアリーチェが嫌がり初めた時にやめたからだよ。




