第二十二話 アリーチェとお供と大冒険 3
ソニアが扉を開けて入っていった場所は地下の食料貯蔵庫に続いている。乾燥していていつでも寒いくらいにひんやりとしている。
一度、ルカと一緒に地下に続く扉に入って、階段を降りていくと段々と冷気と薄暗さと何より耳が痛くほどの静けさが強くなっていき、未体験の経験に階段途中で泣き出してしまったことが記憶に残っていた。
そして、ここの地下はそれだけじゃないということは、まだアリーチェは知らないことだった。
そうしていると先程と同じ扉が開いて閉まる音が聞こえ、少し寒そうにしているソニアが戻ってきた。
「やっぱり、地下は少し冷えるわね。アリーチェお魚さんあったから今日はお魚さんよ」
「おさかなさん!」
怖い場所から無事に帰ってきたと思ったアリーチェは、ソニアの足に抱きついて嬉しそうにする。
そんなアリーチェをソニアは抱き上げて、かわいくて思わずスリスリと頬を合わせた。
「おかあさん、ちょっとつめたいの」
「あら、ごめんね。アリーチェはとっても温かいわ」
「じゃあ、ありーちぇがあっためてあげるの」
そう言ってアリーチェは頬を「ぎゅー」っと言いながらソニアの頬と合わせて温めた後、「ぎゃくー」といって反対の頬も合わせソニアの頬をどちらとも暖かくしたら満足そうにニッコリと笑う。
「ありがと、アリーチェ。お母さん温かいわ」
「あい!」
ソニアはアリーチェの優しさが嬉しく、頬だけではなく心まで温まったのを感じその衝動のまま強く抱きしめる。アリーチェも嬉しそうに「むぎゅー」と言って抱きしめ返す。
しばらく二人でそうした後、ソニアはアリーチェを優しく下ろした。
「うふふ、母さん元気いっぱいになったから続きしようかしら。ほら、アリーチェも行ってきなさい」
「あい、みゃーこいくわよなの」
元気よく台所を出ていくアリーチェと、ポテポテとやる気無さそうに歩くみゃーこを見ながら、ソニアは今日の献立を考えるのだった。
「にかいにとうちゃく!」
アリーチェは小さい体で階段を一生懸命に登り二階へとたどり着いた。
二階には同じ様な扉が並んでおり、今はその半分も部屋は使われていない。
造りはと言うと両親と自分が住む部屋と入口側の角部屋の二部屋だけが大きく作ってあり、後はその半分くらいの部屋が並び、ルカとレナエルの部屋はもう少し小さい。
ちょこちょこと扉を開けて部屋を覗き込むが、誰もいない部屋であまり代わり映えしないなので面白くはない。
レナエルやロジェの部屋には勝手に入ったら駄目だと言われているので、開けもしなかった。
残るはルカと自分達の部屋だけど、ルカと自分達の部屋はもう見慣れたものだ。
自分達の部屋には入らず扉だけ開けて覗き込むと、やはり見慣れた部屋の中が見える。三部屋に分かれており、一つは低い机とソファーがあってくつろぐためのリビング、一つは書斎、もう一つは寝室だ。両親と自分の部屋だけでも村にいた頃の家より広い。
リビングにはアリーチェは何が入っているのか知らない棚の上に、ルカが創り出したガラスの酒器が飾ってある。その横にはアリーチェがおじいちゃんから貰った人形──前に、ちらりとだけ見た魔力操作練習のための操り人形で、実はアリーチェのために用意されていた──その人形が小さな座布団みたいな物を抱えており、アリーチェが寝る時に胸から下げている魔力結晶の玉を置くために用意されていた。だが、アリーチェは頑なに身から離さないので今まで使われたことはない。
そしてその上には、木剣が壁にかけてある。これはハイエルフであるアリアが創り出した木剣だ。
辺境伯にあまり人目に晒すなと言うことだったので、普段はここに飾っていて持ち歩いてはいない。
エドワードがこの木剣で素振りをしながら、今まで出来なかった魔力を内部に通せるのが嬉しいのか、ニヤけているところをアリーチェは何度も見ていた。
他の部屋との違いは部屋の大きさ以外は書斎があることくらいだ。まあその書斎もエドワードは使ったことはないし、この部屋にあるリビングよりも食堂にいる時が多い。
ただ、食堂は何人も座れるようにテーブルは広いし椅子も硬い。なので二階にある一つの部屋を使って気楽にくつろげる場所を作ろうとエドワード達は話していた。
貴族の家としてはこれで良いらしいが、平民としてはやはりみんなで適当にダラダラする場所が欲しいからだった。
それは辺境伯も分かっているが、辺境伯の立場から授ける家となると平民の暮らしに沿った家ではなく、貴族の家のテンプレート通りにしなければの沽券に関わるからだった、授けた後は下手のことをしない限りは好きに使っていいので作り変えようという話をしていたのだった。
アリーチェは自分たちの部屋を確認した後、隣のルカの部屋へ移動する。
ルカの部屋も見慣れているけれど、大冒険最後の場所だとアリーチェは扉を開けて、自分へのご褒美とばかりにルカのベッドに潜り込んだ。
ルカの部屋はアリーチェがいつでも入れるようカギをかけることはしていない。見られて困るものも置いてはいないから……と言うよりは、自分の物そのものが殆ど置いていないからだった。
部屋は一つでそこにテーブルと椅子、それに棚とベッドがあるくらいで、村にいる時と比べて広さと家具の質が上がったくらいだった。
この部屋が狭いのは本来は主人の側付きが、すぐに駆けつけれるように常駐するための部屋だからだった。
この広さが落ち着くということで、ルカもレナエルも狭い部屋を選んだというわけだった。
ルカのベットでゴロゴロとしていると、ルカがいないことに寂しくなってくる。
いつもこの時間はいないのは知っているのだけれど、今日は自分を置いてレナエルと出かけたのを知っているのでやはり寂しかった。
寂しくなったので、アリーチェは普段は漠然と感じているだけのルカの魔力を追って、しっかりとした感じに変えるとルカの場所がはっきりと分かる。
濃く感じるルカの存在に「むふー」と満足げな息を漏らす。そこにルカの魔力を感じたみゃーこが近付いて体を擦り寄せてきた。
しばらくそうしてルカの魔力と、ベッドとみゃーこのぬくもりを堪能していても、いつもはすぐにやってくる眠気がこないと不思議に思ったアリーチェは大人になったからなのと考えていたが、単純にさっきいっぱい寝たから眠くないだけだった。
だけど、大冒険が終わった達成感のせいとそれ以上に安心する魔力と匂いと場所のため、アリーチェはゴロゴロとしているうちに、結局またすやすやと夢の世界に旅立つのだった。
その夢の世界の旅は、帰ってきたルカに優しく髪を撫でられるまで続いた。
実はアリーチェは、今までも夢の中でもルカが近付いていることには気付いていて、心はすぐに目が覚める準備ができている。ただその幼い体がそれを許さないだけでたっぷり寝ていた今日は撫でられた瞬間に目が覚める。
アリーチェが直ぐに目を覚ましたことに少し目を開いて驚くルカに、アリーチェは飛び込むように抱きつく安心する体温と魔力に包まれ嬉しそうに笑う。
そうして、今日の出来事を胸を張って自慢気に口を開いた。
「おかえりなさいおにいちゃん。きょうはありーちぇだいぼうけんしたの」




