第74話:議長の訪問(1/3)
異世界生活165日目
本日、連合議会の議長が村へと訪れる。
昨日の最終調整では、午前のうちに到着する予定だった。少し前にメリナードからも念話がきており、もう村の近くまで来ているらしい。こういうとき、通信手段があるというのは本当に助かる。
護衛の人数は10名。そのうちの3名は、ケーモスの街でも有名なBランクの冒険者だと教えてくれた。
議会側は、議長のほかに側近を2名引き連れているらしく、他の議員はひとりもいない。そしてもちろん日本人の姿もないと言っていた。
『お、馬車が見えてきたぞ。獣人領のトップがお出ましだ』
『鑑定したらすぐに伝えるからね。みんなも村長経由で繋いどいてよー』
『『『了解!』』』
向こうにも鑑定士がいるかもしれないので、まずは私と春香だけで対応する。他の連中はいつでも飛び出せるよう、近くに隠れて待機だ。
そうこうしているうちに、
ちょっと豪華な馬車2台が村の結界ぎわまで到着した。その周囲には冒険者たちの姿もある。
「お初にお目にかかります。ナナシ村の村長、啓介と申します。本日は遠い所をご足労頂き感謝致します」
「そうか。儂は連合議会の議長を務めておる、名をドラゴと言う。そう堅苦しくせんでもよい。議会を治める立場じゃが、国王ではないからの」
威厳を身にまとった御仁は、ドラゴと名乗った。見た目年齢は50代半ばだろうか、「歴戦の猛者」という言葉が良く似合いそうだ。
「そうですか。……なにぶん常識知らずな身の上、不敬がないよう努めますが、どうかご容赦願います」
「かまわんぞ、儂も今日という日を楽しみにしておった。啓介殿、よろしく頼む」
名前の語感から察するにいかにも竜人族っぽい感じ。背中から竜の翼みたいなのも生えているので、少なくともそれに近い種族だと思われる。
「失礼を承知でお聞きしますが、ドラゴ様は竜人、なのでしょうか」
「ほお……やはり日本人は察しがいいようじゃ。いかにも儂は竜人、といっても、竜の血はかなり薄まっとるがのぉ」
やはり竜人で間違いないようだ。血が薄いってことは、竜と人との混血ということだろうか。
「お答えいただきありがとうございます。それで、竜人の禁忌に触れるような発言や行為はありますか? あるのならば先にお教え頂きたい」
「とくにはないのぉ。お主らとたいして変わらんはずじゃ」
「わかりました。ではひとまず、そこに見えます長屋にてお寛ぎ下さい」
「ん、そうしよう。――じゃがその前に、儂の忠誠度を見てはくれんかの」
まずは一息ついてもらい、その間に鑑定させようと思ったんだが……。
『春香、予定変更だ。この場で全員を鑑定してくれ』
『かしこまりー』
私も無駄話を挟みつつ、時間を引き延ばしていく――。
「忠誠、ということは村人になると?」
「メリナードから話は聞いておる。儂もなんとか村に入りたいものじゃ」
「なるほど、そうだったのですね」
「村長、村のことは伝えさせて頂きました。是非お試しを」
「そうか。――では少々お待ち下さい」
メリナードからは、「馬車の中で、村や私のことを延々と聞かれた」との報告を受けている。重要なことは濁してあり、今日の視察には支障ないとも言っていた。
『春香、鑑定は進んだか?』
『うん、冒険者連中の平均レベルは30だね。その中で3人だけ、レベルが40前後で剣術Lv3がふたり、火魔法Lv3がひとりいるよ』
『ほかに目立ったスキル持ちは?』
『護衛にはいないけど……この議長さんがとにかくヤバい。体術Lv4と飛行Lv3、さらにレベルが50もあるよ!』
『おいおい、このおっさんが最強かよ!』
『あともうひとつ、わたしの鑑定で看破できない能力もあるみたい』
『とりあえずこのおっさんと3人の冒険者に注意な。みんなもそのつもりで警戒してくれ』
急いでざっくりとは確認したが、これ以上待たせるのも怪しまれる。とりあえず、居住の許可をだして様子をみることにした。
『啓介さん、忠誠度は……60? この人、村に入れるみたいよ?』
『え? そんなにあるの?』
このおっさん、想定外の忠誠度だった。まあ、高い分には問題ないんだが……問題ないのか? 予想外の展開に混乱してしまう。
「居住の許可を出したので、結界の中に入ってみて下さい。忠誠度が足りない場合は、元の場所に戻れますのでご安心を」
「そうか、ではでは――」
議長が何の気なしに進もうとするもんだから……。
「っ、お待ちください議長!」
「そうです。何が起こるかわかりません! 我われ護衛のそばを離れては危険です!」
スキル持ちの冒険者が慌てて制止していた。護衛の立場からみれば、当然の反応だろう。だが議長は――。
「安心せい。儂で対処できんようなら、お前らにはどうにもできん。それにこちらが信用せんことには、相手が気を許すことも無かろう?」
「ですが……。わ、わかりました」
「その心意気には感謝しておる。だが心配せず見ておるが良い」
「はっ!」
これでは護衛の面子は丸つぶれ……かと思ったらそうでもないようだった。みんな議長を崇拝しているのか、ちょっと褒められただけで喜んでいた。おそらく一個人としての人望も厚いのだろう。
「――すまんの村長、気を悪くせんでくれ。こやつらも務めだからの」
「ええ、承知しております」
「では改めて。よっ、と」
村に入れることは忠誠度からも明白だが、こちらが鑑定していることを悟られたくない。だから私は、なるべく自然に驚いて見せる。
「え、まさか入れるとは……。失礼、驚きのあまりつい迂闊なことを」
「よいよい。――で、儂も村人になれたわけじゃな?」
「はい、ようこそナナシ村へ。今日は存分にご見学下さい」
「こりゃ楽しみじゃ! クックックッ!」
この人、お供の面々はどうするつもりなんだろう……。そう思っていると、ドラゴが護衛や側近に声を掛けていた。
「お主らは長屋で待機しておれ。これは議長命令じゃ、くれぐれも村の住民に非礼をするでないぞ」
「「はっ! 畏まりました!」」
さすがは議会の最高責任者だ。そのひと言で、全てを治めてしまえるだけの権力と実力があるのだろう。
「すまんが村長。昼食にはこやつらにも、村の絶品芋料理をお願いしてもよいじゃろうか」
「もちろんです。できる限りのおもてなしを約束しますよ」
「そうかそうか、では村の案内を頼む。むろんメリナードも一緒にな」
「はい、ご同行いたします」
予想外の展開になったが、忠誠度も悪くないのでいきなり殺される心配はないだろう。
こうなってしまった以上、逆に忠誠度を上げる方向にシフトしたほうが良さそうだ。まさか「このまま村に定住する」なんてことは無いだろうけど、味方につけておいて悪い相手ではない。
利用するにしてもされるにしても、忠誠度は高ければ高いほどいい。ナナシ村においては忠誠度が絶対の指標なのだから。
『みんな聞いてくれ。どういうわけか、獣人領のトップが村人になった』
『へ? トップって議長さんですよね?』
『マジかよ……』
『これはなかなか面白い展開かも』
『だから予定を変更して、ある程度のことは話すつもりだ』
議長が村人になれた以上、隠れて待機させる意味もなくなった。コソコソしてるほうが怪しいので、普段どおり生活してもらうことに――。
『って、何すりゃいいんだ?』
『そうだな……。差しあたっては水路を下流まで繋げるとか?』
『そういやまだ途中だったもんな』
『派生職や上級スキルは隠してほしい。それ以外は大丈夫だ。あとはみんなの判断に任せるよ』
『わかった。村長も上手くやれよー』
『ああ、せいぜい頑張ってみるよ』
日本人メンバーには、護衛たちの鑑定結果を聞いておくよう念を押す。
国の代表を相手に私だけでは不安なので、椿にサポートを頼んで付き添ってもらうつもりだ。彼女は気配り上手だし頭もいい。こういう大事な場面においてはこれ以上ない配役だ。
「昼まで時間がありますので、ゆっくりご案内しますね」
「うむ。村長の思うようにしてくれ」
「……では農地のほうから――」
思わぬ展開を迎え、ひとまず村を案内することになった。




