第250話:唯一神、ナナーシア
魔王討伐の翌日、
日常を取り戻した私は、朝から自宅の居間に陣取っていた。すぐ隣にはナナーシアさまがいて、一緒にPC画面を覗いているところだ。
魔王のせいですっかり忘れていたが……こっちに学生村長が来ていることを、今更ながらに思い出した。
まずないとは思うけど、妙な能力に覚醒している可能性もゼロではない。直接見に行こうとしたところを、女神に呼び止められていた。
「どうやら問題ないみたいですね。彼女たちの加護も消えています」
女神の言うとおり、2神の加護が消えたこと以外は変わりないようだ。奴隷の子も一緒だったし、結界も以前のまま存在している。
しいて挙げるとしたら、自宅の場所が少しズレているくらいか。私たちが作った砦からは500メートルほど移動していた。
もちろん砦の結界は解除してあるので、誰が建てたのかはわからないはず。まあ、バレたところで関係ないんだけどね。この様子なら、たまに見に行く程度でいいだろう。とくに接触するメリットも感じられなかった。
「そういえば、例の調査はどの程度進んでいますか?」
「はい、それはもう全力で調べて参りましたよ!」
魔王の件に責任を感じたのだろう。女神はこの8日間、ずっと神界に籠っていた。ほかの生存者たちはもちろんのこと、日本に帰還した者すべての情報を調べてくれていたんだ。
唯一神となった今、彼女にわからないことなどない。日本に帰った人たちの職業候補すら把握している。
「何度も言いますけど、あれは事故です」
「そうかもしれませんけど……」
「勇者がいるなら魔王もいる。ずっとそう考えていましたからね。危険の芽を摘めて良かったです」
結果だけをみれば、むしろありがたいくらいだ。もし知らない所で魔王が生まれ、ガッツリ成長していたら……もはや手の施しようがない。
聖理愛たちも無事だったし、この件はこれにて決着。女神にもそう説明して納得してもらった。
一息ついたところで調査のことに話を戻す。
現時点での生存者は王国8千人、獣人国2千人、そして帝国に4万人。ユニークスキルの保有者はゼロで、職業を授かった者も皆無、日本人は街から完全に締め出されている。
6千万人いた転移者も、すでにここまで減少していた。
「なるほど、予想以上に減っていますね」
「一番の死亡要因は魔物、あとはなんと言っても水が原因です。ほとんどの人は日本へ戻っていますよ」
当たり前のことながら日本は大騒動となった。多くの人が消えたことで、数日間はパニック状態が続いたらしい。
だが世間の注目は早々に切り替わっていく。ダンジョンのことや幻想結界の消失、魔石資源のことが話題の中心となる。世界中の関心を集め、海外からの使節団が続々と押し寄せていた。
まあ、ほかにも様々な支障があるようだが……。
そのあたりのことはどうでもいい。政府がなんとかするだろうし、村には結界があるから影響はないだろう。海外勢にしたって、直接的な関与がない限りは無視しておけばいい。
「あ、それともうひとつ。竜の里にも数名の日本人が転移していますよ」
「それってドラゴたちの故郷ですよね?」
「はい。竜人に受け入れられて、普通に生活をしているようです」
今回の転移には、不可抗力とはいえ女神が関与している。そのせいで大山脈にも転移者が――。竜に頼めば会うこともできるみたいけど、今回は丁重にお断りしておいた。
竜の里には興味があれど、それは今じゃなくてもいい。竜の存在を含めて面倒なことに巻き込まれそうだしね……。ちなみに全員、穏やかな女性ばかりで職業は農民だったらしい。
そんな冒険は後回しにして、別の話題を振ってみることに――。
大陸全土の監視と転移者の能力把握。現状、この2つが可能となったようだが、まだほかにもありそうな気がしていたんだ。
「唯一神となったことで、ほかに変化はありましたか?」
「あ、それならいくつか。たとえばですけど――」
そのあと女神が語ったのは、想像以上に強烈な内容だった。
まず2神が完全に消えたことで、大陸中の現地人からふたりの記憶が抹消された。現在、神は不在となっており、世界が不安定な状態に陥っている。理屈こそよくわからないが、これは非常にマズいことだった。
「では、どう対処するのですか?」
「近々、神のお告げを下します。いわゆる御神託というヤツですね」
お告げというのは、全国民に向けた生配信みたいなもの。どうやらかなりの効力があるようで、女神への信仰心が自然と芽生えてくるらしい。なんだか強制催眠みたいで恐ろしいな、と、つい本音を漏らしていた。
「ちなみに、お告げの内容を伺っても?」
「よくぞ聞いてくれました! 何を隠そう大陸全土の統一化です!」
「なっ、それ本気ですか……」
「妙案だと思うんですけど、何かおかしいでしょうか?」
まったく悪びれもせず、自信満々に宣言をする女神。たしかに垣根がなくなれば、国同士の争いはなくなるだろう。だがそれも一時的なもので、将来的には別の火種が生まれるだけだ。
(まあ、この世界の神が決めたことだし、私ごときが口を出すべきではないが……)
そう思い至ったところで一抹の不安が頭をよぎる。せめてこれだけは確認しておかないと――。
「ちなみにですけど、誰が頂点に君臨するんですか? まさかとは思いますが、私ではありませんよね」
「それはもちろんあなたですよ。だって私を顕現させた張本人ですもの」
「やっぱりか……。絶対にやりませんよ! それしか選択肢がないなら日本へ撤退しますからね」
「ええ!? いったい何の不満が……世界征服ですよ? この世界の王になれるんですよ!」
これまでもそうだったが、彼女の感性には理解しがたいものがある。やはり人間のそれとは大きくかけ離れているようだ。いくら女神の頼みでも、こればっかりは願い下げだった。
「理由はいろいろとありますよ。あえて説明はしないですけどね。ただ一つ言えるのは、めんどくさいから。これに尽きます」
「絶対喜んでくれると思ったのに……。ううっ、残念です……」
女神はそう言いながら、しょんぼりと肩を落とす。これを本心で言っているところが恐ろしい。『魔王を倒したと思ったら真の裏ボスが登場』、まさにそんな感じの気分だった。
そのあともいろいろ話し合ったが、世界統一路線に変更はなかった。それが平和につながると本気で考えているようだ。誰を王に据えるかはさておき、私でないことだけは確約させたよ。
「ぶっちゃけ、王国や獣人国には興味があります。あわよくば、村人に引き入れたいとは思っていますよ」
「なるほど! ではその線で考えてみます。期待しててくださいね!」
「あ、いや……。無茶だけはしないでくださいよマジで……」
つい余計なことを言ってしまい、後悔したりしつつ――。
村に影響がない範囲で協力をする。そう結論を出したところで話を切り上げることになった。具体的な方針については、今後じっくりとすり合わせるつもりだ。




