第219話:あんた、いったい何者なんだ?
空飛ぶ船に揺られること数時間、ようやく目的地へと到着する。
たぶん中部地方のどこかだと思うが……あ、意外と村からも近いようだ。自衛隊の人が地図を開きながら現在地を示してくれた。ここから村まで、あと30分程度の距離だと言っている。
「あそこに見えるのが射撃場です。さあ、みなさん行きましょう」
ここへ来たことがあるのだろうか。先頭を行く政樹さんは、勝手知ったる感じで迷いなく進んでいく。
この場所は広大な森に囲まれ、そこにポッカリとひらけた平地が広がっている。しっかりと整備されているようで、近くにはコンクリート製の建物なんかも確認できた。なお、私たち以外は誰もいないようだ。
(これはいわゆる演習場ってヤツなのか? でもこの地域にあった記憶は……いや、私が知らないだけかもな)
ここでの注意事項を聞きながら、目的の場所へと歩いて向かう。本来であれば、事前広報やら特殊申請やらと、いろいろ準備が必要だったらしい。今日はそれらすべてをすっ飛ばして、特別に立ち入っている。
目的地についたところで、政樹さんが声をかけてくる。困惑と不安が入り混じったような……なんともいえない顔をしていた。
「あの、今さらなんですけど……本当にやるんですか?」
「ええ、そのために段取りしてもらったんです。早く始めましょう」
「わかりました。すぐに準備します」
今日ここに立ち寄った目的、それは銃撃による検証実験である。
もうお忘れかもしれないが……
自衛隊に銃の携帯を許可したもうひとつの理由――それがコレだった。簡潔に言ってしまえば、私が実弾を浴びるために訪れている。
『銃弾は視認できるのか』
『回避することは可能か』
『結界のネックレスは発動するのか』
『生身の肉体は銃撃に耐えられるのか』
この4つの検証をする予定で、標的は私が担当する。冬也と勇人に散々文句を言われたが……どうしても譲ることができなかった。
まずは最初の検証、『銃弾は視認できるか』なんだが――
結論から言うと、銃弾なんて見えるはずもなかった。そして視認ができない以上、回避することも不可能だった。
これは私だけでなく、冬也や勇人もまったく見えなかったらしい。発砲音が聞こえたときには、はるか先にある的に命中していた。
銃弾がスローに見えたりだとか、その場で器用に避けたりとか……そんな恰好いいシーンはお蔵入りのようだ。
視認と回避。2つの実験が早くも終わり、いよいよメインイベントに突入。ネックレスの検証に先立ち、魔鉄製の防具を着込んで急所を守る。防具が銃弾を防げることは、すでに何度も検証済みだ。
私に向かって銃口を向けるのは自衛隊――ではなく、村人(仮)である政樹さん。先ほど腕前は見せてもらったけど……そんな私の不安をよそに、自信満々の政樹さんが――
「では、まずは右手の甲から」
と、同時に発砲音。乾いた音は鳴り響くが……私の手は無傷だった。
どうやら認識外の攻撃として感知してくれたらしい。小さなシールド状の結界が見事に発動していた。銃撃が来るとわかっていても、不可視の攻撃なら防げるようだ。
――と、ホッとしたのも束の間、
「次、右足首。次、左肩――」
そう宣言するたび、結界が次々と展開されて銃弾を弾く。
ていうかこの人、躊躇してる気配がまったく感じられない。そして銃声も一向に鳴りやまない。頭部や心臓付近は避けてるようだが……ちょっとヤバくないだろうか。
ようやく周囲が静まり返り、みんなが私のいるほうに近づいてきた。
「村長……大丈夫か……?」
「あの人、いったい何者なんですか?」
「俺もよく知らんけど、ひとまず実験は成功だ。どこも怪我してないよ」
3人で苦笑いしながら、政樹さんへ視線を向ける。――と、彼は真顔のまま歩み寄ってきた。ほとんど無表情のまま、私の全身を隈なく見つめはじめる。
「なるほど、これがネックレスの効果ですか……凄まじいアイテムです。自動展開機能もそうですが、対象に合わせてサイズを最小限に縮小。それにより内蔵魔力の消費を押さえつつ、さらに複数展開もできるとは……まさに万能、まさにファンタジー!」
ひたすら語り続ける政樹は、私たちのことなど完全に放置だ。こっちの世界に戻って来たのは、それからしばらく経ってからだった――。
最後の最後にひと言だけ「大丈夫ですか?」と、そっけない言葉をかけてくれた。
検証前に言っていた「本当にやるんですか?」ってのは、「本当にやっちゃってもいいんですか?」の聞き間違いだったのかもしれない。最後の検証を前にして一抹の不安を抱えていた。
そんなこんなで、いったんこの場を仕切りなおすことに――。自衛隊の方が用意してくれた昼食をとりつつ、気持ちのリセットを試みる。
「――なるほど、元自衛官ですか」
「決して隠していたわけではないんです。まさかこんな展開になるとは思いもしなくて」
「いえ、ちょっとビビ……驚いただけですので。それより腕前のほうが気になります。かなりの精度でしたよね」
「あー、それだけは自信がありまして。この後の検証もお任せください」
「お手柔らかにお願いしますよ、マジで」
昼食が終わる頃には少し場も和らぎ――
いよいよ最後の課題、『生身の肉体は銃撃に耐えれるのか』を試すことになった。
狙撃を担当する政樹さんは、忠誠度も高いし腕も確かだ。とはいえ、命まで預けるわけにはいかない。身の安全を考慮した結果、結界の中から片腕だけを出すことにした。
ただ、ここからの過程を説明するのはやめておくよ。
思ったよりも痛みはなかったこと。出血量が明らかに少なかったこと。霊薬や回復魔法があれば一瞬で治ること。そして乱射されたら耐えられそうにないことがわかった。これだけわかれば充分だろう。
『もしかすると、勇人のスキルが効いてる可能性はあるな』
『状態異常無効、ですか?』
『出血量もそうだし、痛覚にも影響してそうだ。そのおかげで、案外平気だったよ。まあ、緊張で麻痺してただけかもしれんがな』
『なるほど、いずれにせよ結界のネックレスは必須ですね』
『ああ、今後も必ず常備してくれ』
◇◇◇
やがてすべての検証がおわると、自衛隊の方々が撤収作業をはじめてくれた。申しわけないと思いつつも、それを遠巻きに眺めながら休息をとっている。
正直なところ、今回はかなり無茶をした自覚がある。最後の検証なんかは、もはや無謀と言えるだろう。それでも……
もし大切な人が殺されたら――
それをいつも考えてしまうのだ。
(やっぱり椿は連れてこないで正解だった。あれは見せられんわ……)
どうやら声に出ていたようで、すかさず冬也からツッコミをもらう。
「村長、桜さんはいいのかよ」
「ん? 桜はべつに平気だろ?」
「えー、そうかなぁ」
「だってあいつ……自分から火だるま修行しちゃうんだぞ?」
「あ、そういえばやってたな……」
「僕は心配すると思いますけどね? たぶんこのことを知ったら……大変なことになりますよ……」
検証過程はすべて秘匿、結果のみを伝えることで合意した。よほどヘタを打たなきゃバレることはないだろう。
撤収作業も完了したので、重い腰を上げて立ち上がる。自覚はあまりないんだけど、少なからず精神的な疲労を感じていたようだ。
空の旅は魅力的だったが、自衛隊の方とはここでお別れ。私たちは転移陣を使って帰還することに。もちろん政樹さんも一緒だ。
「では、我々はこれにて」
「皆さん、今日はありがとうございました。村の警備の方もよろしくお願いします」
「はい、お任せください」
ここにいる自衛隊の皆さんは、全員、村の検問所に常駐してくれるらしい。今後もなにかとお世話になるのでしっかりお礼を述べておく。
(この中にもファンタジー好きな同志がいるのだろうか)




