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第六章 ロワールを発つ 3


「初めまして、って言った方がいいのかな?」


「……違うんだろう?」


 雷龍だと、龍だと聞いていた。これだけ大きな建造物の中に居て、だが、彼の姿はとても弱々しい青年の姿で、ともすれば倒れて散ってしまいそうなほどに脆く見える。その姿、おぼろげな感覚だが見覚えはある。


「君がバゼル……そうだな。ああ、違いないだろうよ。」


 アルシアに会った時のような感覚がする。だとすればここに居るのは間違いなく捜していたバゼル。


「うん、久しぶりだね。僕はこんなになってしまったけど、君が元気そうで何よりだよ。」


 見るからに辛そうだ。アルシアといい彼といい、何故こうも弱りきっているのだろうか……


「会いに来てくれてありがとう。僕の力をもってしても君の姿を捉える事ができなくて、ずっと、長い間捜し続けていたんだ。ようやく会えた……会いたかったよ。たとえ僕の事を覚えてくれていなくても……」


「思い出すさ。だが、その前に聞いておきたいことがある。ストラーという名前を目に、耳にしただけで湧き上がるこの憎悪の根本は何だ?」


 ある程度の事はアルシアから聞いて知っている。ストラーの研究所に居たことと戦って負けたということ、関わりがありそうな部分はここだと思うがどうも納得がいかない。


「……僕はね、君は憎しみに囚われてほしくないと思っているんだ。でも、僕がやめてほしいと言っても君が止まることがないのもよく知っている。だから、その問い掛けに対して僕が君に出来るのは一つだけ、これを……」


 一冊の古ぼけた本を差し出される。これは……見覚えがあるような……


「読んでみてほしい。これで記憶が想起されないならもっと別の方法も考えないといけないから。」


 なんだろうな、受け取っていいものかどうか何故か躊躇う。頭の奥底が疼く。以前、ずっと昔にこんな事があったような……


「記憶か……ずっと取り戻したいと言っていたくせに、こうして目の前に手掛かりかもしれないものを提示されると駄目だな、怖いのかもしれない。」


「やめておくかい?」


「いや……見る。」


 受け取ろうと伸ばす手が震える。たかが一冊の本に何故ここまで……いや、これは……見覚えがあるなんてものじゃない……。記憶の底から揺さぶられるような感覚、これは確か、そうだ、誰かの手記のような物で……そうだ、多くの人からの書き込みがあって……


「少し離れていてもらえるか?……ついでに向こうを向いててくれ。」


「うん、いいよ。」


 この込み上げる感じ、私はいつかの日に同じような状況でこれを読んで……


「………………………………」


 そうだ、表紙を捲ると母親の書いた文字が目に入るんだ……父親、祖母、友人……いろんな人の言葉が書き連ねてあるんだ……


「顔が……思い出せないな……」


 感覚は思い出せる。確か前回読んだ時、この後私は号泣した。さすがに今回は大声を上げて泣くことはないが……


「思い出したい……教えてくれ、どうすれば記憶を取り戻せる?」


「僕は助言するしかできないけれど、その本で感じた物があるならその感覚をもっと深めてみたらどうかな?」


 感じた物……懐かしさと悲しみと、そして、もっと奥底から咆哮を上げて包み込むような……これは、ストラーに対するものだ。


 ああ、そうだ……私の村を焼いたのはあいつだ。そうだ、そうだった……何食わぬ顔で私の力を借りたいなどと抜かして近付いてきたな。貴様のせいで死んだ村の人達は私が全部数えて埋葬した。全部だ。一人も生き残りはいなかったぞ。あの時に私がもう少し村を探索しておけばこの手記も見つけられていただろうし、貴様に協力することなど微塵もなかった。


 だが、そうなると出会えていなかったのだろう。アルシア、バゼル……それから……ああ、ミズナ、ハーシュだ。微かに残る楽しかったという想いが尚更悲しい。


 武器をくれたのはレイ、ラトラのレイだ。あいつを倒す為に彼から託された銃で不覚にも頭を撃ち抜かれたんだったな。私の油断だ、次は必ず……


 そう言えばもう一人、あの時私と話をした人物がいたな。観測所からの通信で……


「……バーゼッタ……んんっ!?バーゼッタ?いや、まさかな……」


「どうかしたかい?」


 妙な声を上げてしまったか。心配そうな顔でバゼルが戻ってくる。ちょうど良い。


「質問したいことがある、あの時隕石について通信して来ていたバーゼッタというのは……」


「ああ、ガルオムだね。」


 ……いったい彼に何が起こったら今のあいつになるというのだ……。いや、あの時は少ししか話したことがなかったわけだからどんな人物なのかは知らなかった訳だが……


「いやあ、彼は変わったよ。エーテルウィルスに侵されても僕達みたいに徐々に弱っていくことはなかったけれど、どんどんと擦れていっちゃって……」


「いつから王をやっているのかも知らないんだが、長いのか?」


「表向きは短いよ。でも色々と頑張って世代交代しているようには見せ掛けてずっと王をやってる。彼もまたストラーを倒したいと思っているのは確かだけれど、もう休みたいとも思ってるみたいだね。」


 ふむ、今度会ったらからかい倒してやるか。


「色々思い出せたかい?」


「うっすらとな。まだ完全じゃない。だが、やろうとしていたことは思い出せた。」


 ストラーを倒す。ただそれだけだ。その為の憎悪、思い出したぞ。故郷を焼いたこと、皆を利用したこと、そして今も隠れてこそこそしているのかと思うと腸が煮えくりかえるようだ。


「ミュー、さっきも言ったけど、僕は君に憎しみに囚われてほしくないと思っているよ。」


「……悪いが、無理だ。」


「そう言うと思った。……くれぐれも無理だけはしないでね。僕はまだしばらくはここに居れると思うから、何かあれば来てくれると嬉しい。」


 そう言って自然に頭を撫でてくる。振り払おうかとも思ったが……変な感じだ。頭の中が痺れるような、暖かい物に包まれていくような、頬が紅潮していくのが自分で分かる……それが何故だかひどく懐かしくて……


「しばらく、このままで……」


「うん、いいよ。」


 心地良い……ずっとこの安心感に包まれていられたならどんなにか幸せだろう。もう少し、どうかもう少しだけこのままで……


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