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第四章 紛い物の結末 5


「勇人!ああ……そんな……」


「姫様、無闇に乗り込んだら……ユウト……?」


 制御室の入り口に転送された僕達は様子を窺ってから中に入ろうとしていたけれど、姫様は我慢できなかったみたいで一目散に奥の窓まで駆け寄って勇人の様子を見に行ってしまった。階下から敵がわらわらと大量に迫ってきているのは見えていたけれど、二人に任せて大丈夫だろうと判断して僕も姫様を追い掛けて乗り込んだ。パーキュリスは伽の守人の姿に怯えているのか僕達に注意を払おうともしない。でもきっと、そのおかげで僕達は見てしまったんだ、勇人が瓦礫にゆっくりと押しつぶされていく姿を。


「甘い香り……?ちっ、こいつは厄介だな。君も中に入ってろ!」


「んぁっ!ちょ、ちょっとアナタは!?」


 カスタードが伽の守人に部屋に押し込まれる。それを好機と捉えたか部屋の扉が固く閉ざされてしまった。


「この程度、私一人で問題ない。そいつの始末は任せた。……無理そうなら何とか引き延ばせ!」


「フハハッ、君が外に居るならどうとでもなる!そいつらは香手のヒナマリアスに用意させたもので催眠作用のある香りで満たされているからね。ちょっとした衝撃で弾け飛ぶし、一体弾け飛ぶたびに周囲一帯を眠りの海に……って、聞いていないのかい!?」


 外からは何かが弾け飛ぶ音が断続的に続いていて彼女が構わずに蹴散らしていることが容易に想像できてしまう。パーキュリスが呆気に取られている内に何とかしたいところだけど、どうやら穏便にはいかないみたいだよ。


「勇人……」


 もう周囲の温度が気のせいとは言えないほどに上昇してしまっている。柄が折れてしまうんじゃないかと思うほど剣を握りこんだ姫様の表情は完全に命を奪うための算段しか描いていないみたいだ。


「パーキュリスゥゥゥゥゥゥッ!!!!」


「駄目!リリちゃん!!」


 無我夢中でパーキュリスに斬りかかろうとする姫様をカスタードが体当たりでて止めた。カスタードの判断は正しいよ。何故ならパーキュリスは不敵な笑みを浮かべて何かスイッチのような物を取り出していたから。


「フッ、危ない危ない。もう少しであの通路を爆破してしまうところだったよ。フフフッ、まだ彼は辛うじて生きてるみたいだからね。爆破してしまっては交渉の材料にすらならなくなってしまうよ、フフフハハハハハッ!!」


「カスタード、姫様を何とかこっちに……って大丈夫かい?」


「んぅ……熱い……」


 姫様はパーキュリスを睨みつけたままカスタードに押されてなんとかこっちまで下がって来たけれど、押して来たカスタードの顔が真っ赤だ。どうやら周囲の気温が上がっているだけじゃなくて、姫様自身の体温が異常な高温にまで上がっているらしい。それでも彼女自身には全くデメリットがあるようには見えない。やっぱり姫様は普通じゃない……


「なるほど、姫様は魔道砲君に御執心と聞いていたが、尋常じゃないね。君のそれ、まるで呪いみたいじゃないかい?」


「くっ、放してください、カスタード!」


「リリちゃん、落ち着いて!今アイツに攻撃したらキリくんホントに死んじゃう!」


「フフハハハ、そうだとも!彼は爆炎に消えて、私はちょっとした傷を負うだけ。完全なエーテル特異体じゃないが、ある程度の傷ならじっくり治っていくから完全に無駄だよ、フフフ……フフフフハハハハハハハッ!」


 姫様を掴んでいるカスタードは大丈夫なのかな……?なんとかパーキュリスの手からスイッチを取り上げる方法を考えないと。


「まあ、私は別にいつ押しても構わないんだがね。よくよく考えてみれば伽の守人が居る以上君達と交渉しても何の結果も得られない。ただ君達の優位に立っている状況に快感を覚えるだけだね。うん、どうしようかな、急にこの時間が無駄に思えてきたよ。」


 まずい、何とかしないと……。今の姫様には突撃しかできないだろうし、カスタードも姫様を抑えるのに手いっぱいだ。僕が……僕が何とかしないと!


「僕に出来ること……そうだ、カスタード、僕が合図したら姫様を放して……」


 カスタードにこっそり耳打ちする。向こうには聞こえていないはずだけど、当然警戒はされる。


「何をするつもりなの?」


「まぁ、僕に任せたまえよ!」


 素早く車椅子の右の操縦桿を前に倒しつつ全力でブレーキを掛ける。三十秒、何とか間をもたせないと……


「何かするつもりかい?全く無駄な足掻きを……リカステドラータ、質問するけど君はそこの車椅子の彼に、ゼオ君に何かできると本気で思っているのかい?」


「うん、そりゃあね。それに、ゼオ君だけじゃなくて……アタ……シ……だって……?」


 最後まで言葉を発する前に力を失って床へと崩れ落ちていく。


「ああ、最後まで答えてくれなくていいよ。君には虚脱の魔法を掛けたから、しばらくは動きたくもないだろう、フフッ。」


 魔法を使われた!?しまった、これじゃ姫様が……


「……………………」


 飛び掛かっていくかと思ったんだけど、予想に反して姫様はじっとしていた。カスタードを見つめて何か呟いた後、パーキュリスを見つめて首をきゅうっと傾げていく……異様だ……


「な、何だい?……クッ、気味が悪いね。ついでだ、リリィク姫、君にも質問しておこう……」


 質問?そういえば、最初に僕の脚のスライムを除去した時も質問していた。僕達が動けなくなった時もそうだった。そしてさっきのカスタードに対しても質問をして、その直後に彼女は倒れた。もしかしてパーキュリスの使っている魔法の発動キーは呪文じゃなくて質問すること?そしてそれに答えると設定した魔法にかかる……。最初に戦った時に呪文を詠唱する魔法を多用してきていたから全く別の手段だなんて思いもよらなかったけど、そうなると姫様にこの質問を答えさせちゃ駄目だ!


「姫様、その質問に……」


「パーキュリス、質問です。貴方はもう私たちに勝ったつもりでいませんか?外に伽の守人も居るのに……」


 えっ……?なんで姫様が質問を……?


「い、いきなりどういうつもりだい?まあ、答えてあげるよ。当然、私がここまで主導権を握っているんだ……か……?……ハッ……グッ!……アァッ!」


 突然パーキュリスが悶えだした。辛うじて立ってはいるけれど顔面は見る見るうちに蒼白になって、口からは泡を吹いている。


「窒息、してください。私は勇人の所へ行かないと……」


「姫……様……?」


 姫様……君はいったい何をしたんだい……?本当に、森での君を見てから怖くて仕方がないんだよ。今もパーキュリスには目もくれず窓を溶かして勇人の所へ行こうとしている君が怖い。何が起こったのか問い詰めるのも、この事を誰かに話すのもきっと怖い。本当に勇人しか見ていなくて、そして、今も勇人に危機が迫っているのに会いに行くことを優先するんだね?それが最善だと信じ込んでいるんだね!?


「姫様、パーキュリスはまだ動けるよ!」


 僕の声は届かない。ひたすらに勇人待ってて、勇人待ってて、勇人待っててと繰り返して……


「お……おごぉぉぉ……がぁっ……」


 駄目だ!パーキュリスにスイッチを押させるわけにはいかない。勇人が死んでしまったら姫様がどうなるのか考えたくもないよ!それに、さっきから無理矢理止めてるから車椅子のモーターも焼き切れそうだ。本当は姫様をカムフラージュにしてぶつけるつもりだったけど、もう迷えない!


「うわあああああああああああああああっ!」


 ブレーキを放した瞬間、暴走したモーターが一気に車輪を高速回転させて車椅子を急発進させた。カスタードから際限なく加速していくって聞いてたけど、まさかこれほど危険だとは思わなかったよ!だって、彼女これで遊んでたって言ってたんだよ?比喩表現的な物だと思うじゃないか!?これはもう生身で乗っていていいものじゃ……ッ!!


「グッ!」


「うっ!」


 パーキュリスの頭の位置が下がっていたからか眉間に思い切り頭突きをしてしまった。クラクラするよ……スイッチは……?ああ、パーキュリスの手からは離れたけれどこのまま落ちたら……!


「ふん、上出来……だ、よくやったな……」


 不意に光線が飛んできてスイッチを消し飛ばしてしまった。その出所を目で追えば伽の守人が扉を蹴破って立っていた。


「まったく……厄介なものだ。なんとか眠気に抗ってはいられるが……まともに動けたものじゃない。しかも、何だこの暑さは?この状況……何が起こったのか聞きたくもないが、とりあえずそこの窓に貼り付いているのを引き剥がせ。今、勇人に近付くのは危険だ!」


 と、言われても僕は動けない。カスタードも魔法は解けたみたいだけどゆっくり体を起こしてキョロキョロしてる。


「ごめん、僕達はすぐには動けないよ!君が何とかしてくれたまえよ!」


「くっ、出来るものならやっている!……ちっ、催眠ガスのせいで焦点が定まらん。踏んでも怒るなよ。」


 よろよろと姫様に近付いていくけれど、どうやら間に合いそうもない。姫様は窓ガラスを完全に溶かしてしまっていた。


「勇人!」


「行くな!天上の意思が来るぞ!!」


 守人が叫んだのと同時だったと思う、下の通路が吹き飛ぶ音が聞こえてきた。スイッチは関係なかった?と思ったけど、カスタードが肩を貸してくれて下の状況を見て余計に訳が分からなくなった。姫様も固まっているし、伽の守人も状況を見守っている。


 確かに下の通路は吹き飛んでいたよ。その中心はおそらく今ゆらりと立っている勇人で、勇人を中心に今も渦を巻いている風がその原因なんだと思う。だけど……あんな力、魔道砲以外であんな威力の魔法を、壁を吹き飛ばして天井も床も抉り取るような風を勇人が操れるなんて、僕には信じられなかった。


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