運
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ジャハムの耳に声が届く。
会話が聞こえる。
悪魔の声、悪魔の会話だ。
かつてジャハムはこの世界に神は存在せず、悪魔のみが存在するのだと思ったものだが、「なるほどこれが悪魔という奴か」と納得してしまった。
煮えたぎる様な怒りと凍てつく様な怒り、怒りにも様々な種類があるが、今この瞬間ジャハムはあらゆる怒りを同時に感得している。
「しかし、あの餓鬼が暴れなければ買い取り手も居たものを、惜しい事をしたなあ」
「仕方ないわよ、説得しても言う事を聞かなかったんだから」
二人が笑顔で会話をしている。
「イリスを売れなかったのは残念だけど、家は結構な値段がつくとおもうわ。あの爺さんの作品を欲しがる人も多いからね。ああ、でもイリスの死体を埋めちゃったのは早まったかも」
「なんでだ?」
「子供の死体って売れるらしいわよ、ほら、魔術師とかに」
「ふうん、じゃあ掘り返しにいくか?」
「それもいいけど、もう疲れちゃったわ」
「俺が揉んでやるよ」
ギドの手がアンナの胸に伸び、アンナは短く声を出した。
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ジャハムを追い出してイリスを人買いに売るというのが本来の予定だった。
しかしイリスがこれに抵抗した。当たり前である、彼女の大好きな祖父は遠くの街に仕事に行っているというていなのだから。帰ってくるのを待ちたいというのは当然の話だった。
ギドとアンナはギドが手っ取り早く暴力に訴えて恐怖させてイリスの意志を折ろうとしたところ、力加減を間違えて首の骨を圧し折ってしまったというわけである。
アンナはジャハムの息子の妻であるエーリカの姉なのだが、アンナとエーリカの関係は良くなかった。理由はアンナの気質にある。
陳腐な言い方をしてしまえばアンナは典型的な悪女で、それが姉妹の関係に罅をいれる原因となっていた。
悪い女というのは "悪い男" を捕まえるものだ。
この場合、"悪い" には様々な意味がある。頭が悪い、性格が悪い、運が悪い……様々あるが、それらの中で最悪なものがギドの様な男だ。
ギドは頭と性格と手癖が悪かった。
取柄がないわけではない。
例えば女を悦ばせる業には長けている。
話を戻そう、ギドは頭と性格と手癖が悪かった。
だが何より悪いのは、運である。
そもそもアンナなどと知り合ってしまった時点で最悪の運だった。
アンナと知り合わなければイリス、ジャハムと知り合う事もなかったからだ。
◆
どん、と寝室の扉が蹴り開けられた。
それまで男女の行為をしていた二人は驚き慌て、ギドは全裸のまま飛び起きてランプに火をつけると──……
「やあ、ギド!アンナ!逢いたかったぞ!しかし儂にはやるべき事がある。早速仕事に取り掛かっても構わないかね?」
寝室の入口に、顔いっぱいに笑みを浮かべたジャハムが立っていた。
最終話「業」は2/19 19時に投稿します




