命
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そしてジャハムはギドに山へと連れていかれ──……
「それじゃあ、義父さん……」
続く言葉はない。
ギドは俯き、感情を押し殺しているかのようだった。
この時ジャハムは、ふとギドの表情が見たくなった。
深い理由はないが何となく気になったのだ。
悲しんでいて欲しいという訳ではないが、何かが気になった。
だがわざわざ今更そんな事──……お前の顔が気になるから最後に顔をあげてくれないか、などと聞くのもおかしい様に思える。
「うむ、達者でな」
だから少し気にはなるものの、ジャハムは短くギドにそう言った。
ギドは頷き、背を向けてその場を立ち去っていく。
そしてギドの背が見えなくなると、ジャハムは土の上に横たわって草を枕として眠りについた。
もう歩けないと思うほどに疲弊していた。
体が疲れていたのか、心が疲れていたのか、ジャハムには判然としない。
あるいはその双方が疲れていたのかもしれない。
──すぐには死ぬ事もないじゃろう
ジャハムはそんな事を思う。
見上げる樹々の葉が青々と輝いている様に見えた。
季節は夏にさしかかろうとしている。
日が暮れても凍えて死ぬ事はないだろうとジャハムは安堵する。
近くに川が流れているというのも良い。
腹が減れば木の実なり食べられる野草なりを口にし、喉が渇けば水が飲める。
特にこの山の水は清らかで、生水でもそうそう腹を壊す事はなかった。
最終的には死んでしまうだろうがとジャハムは思うが、しばらくは食いつないでいけそうではあった。
別にジャハムは絶対に死ななくてはいけないと言う事でもないのだ。
仮に村の者がジャハムを引き取ってくれるという事であれば、山にすらいかないでも良かった。
とはいえそれは出来ない相談だ。ジャハムは老体で、しかも体を病んでおり木工仕事も出来ない。そんな彼を引き取ってくれる者などいるわけがなかった。
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1日が過ぎ、3日が過ぎ。
そして10日が過ぎた。
驚くべきことに、ジャハムはまだ生きている。
腹が減れば草や木の実を食べ、喉が渇けば川の水を飲み、命を繋いでいた。
夏山というのが幸いしたのだろう、もしこれが冬山ならば飢えて死んでいたに違いない。
しかも生きていたのだけに留まらず、体力が戻りつつあった。
とはいえ微々たるものだが。
職人として佳く働いていた時程に体力に満ち溢れているという訳ではない。
それでも僅かな距離、僅かな時間なら駆ける事すらも出来た。
しかし、家に居たときに感じていた命が抜けていっている感覚はもう無かった。




