和平とわたし
私達一行は聖都に突入した。
政庁を制圧し、もってこの戦いを終わらせるのだ。
城門をくぐった私の目に、聖都の惨状が飛び込んできた。
「酷いわ。まるで貧民窟じゃないの」
見回した聖都は大変な荒れようだった。
先の戦争は王都都市インフラを潰されてハードがぼろっぼろにされたのだけど、聖都はソフトが不味い。
疫病のせいで人間がやられているのだ。
悪臭もだが、なんか街中の人達がゾンビみたいになってる。
不衛生なんてものじゃない。
早くなんとかしてあげなくちゃ!
聖都の皆さん。秘密兵器を持ってきたから、待ってておくれ!
「とにかく決着を付けなくてはならん。部隊縦列、目標大聖堂。進め」
オスカーは、この戦争に終止符を打つべく聖都への進軍を指令。
一方の私は、彼に随伴し、敵国人の腹の中で暴れる細胞内寄生性細菌を撃滅すべく活動を開始した。
まずは。
「消毒です!」
というわけで、聖都の城門をくぐって早々、私達は帝国印の薬剤散布を開始した。
ルチアとの密約のその一、聖国における衛生活動の支援の発動である。
この薬剤こそが秘密兵器。
見た目はただの白い粉。
しかし、内実は帝国印の防疫剤である。
都市みたいな大きなエリアをいっぺんに消毒できるようにうまいこと薬効成分をかさ増ししてあるのだ。
頑張って輸送してきたその薬剤を、私達はがんがんばら撒いた。
このお薬を見た時のルチアの喜び様たるやすごかったよ。
こいつを使えば、一部エリアの病原菌を綺麗にいっそうできるのだ。
まぁ、サニタイズというやつである。
微妙に馬車の中でかさばるので、ちょっと邪魔でもある。
お荷物を消費できると私もちょっと張り切っていた。
装甲馬車の後ろ側で衛生兵と一緒になって、私は白い粉をばらまいた。
たちまちモクモク白い煙が上がる。
実は埃に弱いコレットが、早速文句を言い出した。
「ねえ、エリザ。この白い粉、吸い込んでも大丈夫なの? なんか喉がいがいがするんだけど」
お、苦み走った顔をしているね。
実はこの白い粉、実際に苦いのだ。
まぁ苦みの元は成分調整して漬物に使ってたりもするから、毒性があるわけではない。
「大丈夫、変異原性は無いわ。直ちに影響はないはずよ。直ちにはね」
「不安を煽らないでもらいたいわねぇ」
本当に平気さ。
私も似たような薬を餓鬼んちょの頃に使ったし。
私達は童話で枯れ木に花を咲かせるじじいのごとき景気よさで、白い粉をまき散らした。
噴煙のごとくたなびく白雲をお尻から吐き出し馬車がすすで行く。
ピンクの花は咲かないけれど、気持ち臭いがマシになった気がした。
最初、聖都の人々はおそるおそるといった風情で街路の陰から私達を眺めていた。
けれど。
「病を治せるのですか、この白い粉は!?」
ルチアがその事を継げた途端、彼等は我先に私達の馬車へ突っ込みはじめたのだ。
みな鬼気迫る様子だ!
ア゛ア゛ーーーー!
みたいな感じで迫ってくる人達は、その必死さも相まって生肉を求めるグールみたいな有様である。
「ぎゃー! なんか怖いです!」
助手のアリスちゃんが悲鳴をあげた。
わかるぞ!
「でも大丈夫よ、あんなにガリガリならパワーは無いはずだから。捕まっても振り切れるわ」
「そういう問題じゃないんだよなぁ」
コレットが弩弓片手に突っ込んでくれた。
この女はこの女で、容赦なく民間人に照準を向けていた。
たとえゾンビが地上にいても、コレットの方が危険だろうなと私は思った。
私達の後ろを走る馬車から、「粉は食べないで!」「頭から被るように!」と指示が飛んでいる。
ルチアとその手下の人達が作業を開始しているようだ。
これで、ようやく目的を果たせると、ルチアはたいそう張り切っていた。
いつの間にやら合流した修道女の人達と一緒になって、彼女は防疫作業にいそしんでいる。
聖都の住人の対応はルチアに任せて、私達は前進。
一路、聖都中央にそびえる大聖堂を目指した
街も中心外に近づくにつれ、建物は立派になっていく。
石造りの建物は目にも美しい白壁で、その清潔感が、籠もる臭いとミスマッチだ。
道に出ている人達もほとんどいなくなり、私達は遮る物もない街路をひたすらに進んだ。
近づくにつれ、聖堂の大きさが迫ってくる。
尖塔を連ねたような鋭角的な建築物は、精緻なレリーフも手伝って、確かに宗教的な権威を感じさせた。
でも、私が思ったのは「金がかかってそうだなぁ」ってことだった。
いや、我が王城の十倍以上の敷地面積がある。
建ぺい率も良い勝負で、高さは比べるべくもない。
部屋数は十倍じゃ利かないだろう。
この建物を建てるのに、どのぐらいお芋が買えるのかな?
いや、流石に貧乏性をこじらせすぎか。
この城の主を下したという事実が未だに実感出来なかった。
聖堂の門は開け放たれていて、そこで、私達は立派な僧服姿の一団に迎えられた。
初老の威厳あるお坊さんが代表して声を張り上げた。
「お待ちしておりました、ルチア様! 聖堂の清めは終わっておりますぞ!」
なんと大聖堂は既に親ルチア派が制圧していたのである。
「やるものだな。掃討戦の手間が省けた」
「ええ。敵中に味方を作れると心強いですわね」
ちなみにルチアはまだ街で白い粉を振りまいている。
事情を説明したところ、僧侶の方にはがっくりした顔をされた。
「とにかく、先に和平文章に調印したい。案内してくれ」
「承知いたしました。ではこちらへ」
聖堂の中に足を踏み入れると、真新しい戦いの跡が私達を迎えてくれた。
聖堂を清めた、と彼は言った。
すなわち、教皇派の掃討だろう。
物理による説得合戦があり、論戦の敗者達は、先に神の元へと召されたのだ。
ことここに至っては、もはやお互い遠慮する必要は無かったと見える。
みな早足になるのは思いを共有できているからだろうか。
「さっさと戦いを終わらせましょう。そして復興を」
「……ありがたいお言葉です。陛下」
意外と矍鑠たる足並みで走る初老の僧侶さん(なんと枢機卿らしい)も私の言葉に同意してくれた。
と、その時だ。
私のすぐ隣を歩くオスカーがすっと前にでると、死角になっている柱の後ろを鞘ごと抜いた帯剣で一閃した。
短い打撃音に続いて、声もなく一人の男が崩れ落ちる。
危険を排除したオスカーは、さしたる感慨も無さそうに一瞥をくれる。
「討ち漏らしでしょうか?」
「いや物腰をみるに、専門家だ。おそらくだがエリザを狙った刺客だろうな。ここで貴女が負傷すれば和平は遠のく。教皇も執念深い事だ」
やはり敵地である。
私は、気を、引き締めた方が良いのか?
いや、ここはオスカーに頼るべきところだな。
「ありがとう、オスカー。頼りにしています。次もお願いいたしますね」
「ああ、任せておけ」
お坊さんが血の気の失せた顔で私達に釈明した。
「申し訳ありません! 我らの手落ちです。しかし我らに害意あってのことではなく……」
「いや、この程度の混乱は許容する。弁明は不要だ。急ぐぞ」
鷹揚に答えるオスカーには貫禄があった。
オスカーが優しい……!
早足で歩きながらも、私は感動に打ち震えた。
オスカーにも人間らしい優しさが芽生えたことに私は落涙を禁じ得ない。
私はオスカーが好きだけど、できれば周りの人とも人間的なお付き合いをできるようになってもらいたいと考えていた。
彼の人間性に回復の兆しが見えて、私は嬉しく思ったのだ。
ついでなので王国と聖国の関係についても、回復の兆しを見出したいところ。
その第一歩が和平だろう。
枢機卿殿の執務室、既に準備されていた和平文章に目を通すと私はさっさと調印した。
文面については、ルチアから打診されていたとおりだ。
具体的な内容は、全面降伏に旧指導部の処断(完了済)と現行指導部の助命。
予定通りである。
「……一応確認するぞ。聖国に経済的な枷をはめるぐらいは可能だ。エリザにその気があるなら、属国にすることもできる。しないんだな?」
「不要です。そのような関係は未来を縛るだけでしょう。お互いの尊厳を尊重し合える関係を臨みます」
「陛下……!」
地獄耳の僧侶さんは盗み聞きしていたらしい。
ちょっと感動されてしまった。
私の方針は一つだ。
なるべく恨まず、恨まれず!
これに尽きる。
今後、ルチアが粛正の大鎌をふるうかも知れないが、あくまでそれはルチアの手によるものとしたい。
私は、できる限り聖国に対する関与を小さくする事で、遺恨を少なく留めたいのだ。
和平の条件についても、その事だけに腐心した。
オスカーは私の言葉を聞いてから一つ頷き、調印。
枢機卿の手下っぽい人が、街で人道支援中のルチアのところまで持っていき、粉塗れになってるルチアが調印。
すっかり薄汚れた和平文章ができあがり、こうして戦争は終結した。
ようやく終わったのだ。
その後、私達は、礼拝堂に集合した。
狭い場所だと混乱がおきやすいので、できるだけ大きな部屋をってことでね。
その気になれば千人くらい入るらしい大礼拝堂は、侵略者の私達一行ともとの住人である聖国の人達で一杯になった。
だが、みなの表情は明るい。
特に聖国の人達にとって安堵は大きいらしく、彼等はその場に跪いて祈りだした。
彼等の姿は、命永らえた事と、無事戦いが終わった事に対する喜びに満ちていた。
一斉に跪き祭壇へと祈りを捧げる姿は、ちょっと荘厳だ。
オスカーやコレットはまだ気を張っているみたいだけど、私の緊張感は割とすぐ抜ける。
なんとなくうるっときた。
よかったねぇ。
これで私も枕を高くして眠れるぞ。
私が慈母(主観)の微笑みを浮かべていると、予想外の事態が発生した。
なんと、僧服を纏った皆さんが方向を転換し、私達に対して拝礼を始めたのだ。
「エリザベート陛下。改めてお礼を申し上げます。陛下の慈悲に感謝の祈りを捧げます」
「我らの感謝をお受けください」
急な展開に内心でびびったが、私は、ぐっとエリザベートスマイルに力を入れた。
「ええ、受けましょう」
目の前で、威厳ある僧が、私に跪き美しい聖句を述べ上げる。
ああ、私の人生通じて、未だかつてこれほどの敬意をもって遇された事があっただろうか。
みんな泣いている。
私の尻をコレットがつつく。
やめろ、わらっちゃうだろ、敏感なんだ。
聖国の人達は泣いていた。
「陛下の慈悲深さに皆、感動しているのです」
とルチアから派遣された連絡員の女の子が教えてくれた。
まぁ、命が助かった安心で、自分が感動してると錯覚しているだけだろうけどね。
でも、そういう思い込みが、信頼関係につながったりもする。
馬鹿にはできないのだ。
ゆえに私はアルカイックスマイルでその姿を受け入れた。
私の隣にいたオスカーは感心したように吐息を吐く。
「正直、仕置きが甘すぎるとも思っていた。だが、徹底すればそれはそれで武器になるのだな。良い勉強になった」
彼は、私のぬるいとしか言い様がない戦後処理について感想を教えてくれた。
少し面はゆいね。
でも違うのだ。
「いいえ、オスカー。私は、オスカーという強力な武力の裏付けがあったから、寛大なふりができたのです。ですから、オスカー率いる帝国軍の力の勝利です。終着点を殲滅から心服に買えただけ」
オスカーの驚く顔がちょっとだけ愉快だ。
大分以前の事、私はオスカーを信じることにした。
この時、オスカー率いる帝国軍の力も一緒に信じる事にしたのである。
私は考えた。
何者にも侵されない武力は、甘っちょろい理想論さえこの世界に実現できるのではなかろうか、と。
この戦いで私はそれを試したのだ。
もし上手くいったのなら、今後オスカーが戦いを続ける上で、一つの戦訓になるのではと考えていた。
まぁ、ちょっとした恩返しなのだ。
お世話になりつつ、その中で彼の役に立つ。
私なりに、ちょっとは考えているのである?
聖国の人達は、とても嬉しそうにお祈りを続けていた。
彼等は戦争に負けた。
悪逆非道な帝国軍に皆殺しにされるのではとも恐れていたそうだ。
しかし現実はそうはならなかった。
聖都を制圧した帝国軍は、民心の安定に熱心で、医療品と場合に寄っては食糧の援助さえしてくれた。
戦争前よりもよほど民には優しかったのだ。
彼等は考えた。
なぜ、帝国軍はこうまでも優しいのか。
事実、侵攻した聖国軍は一度は殲滅されたというのに。
そして彼等はわかりやすい事項に注目する。
彼等が旗頭として頂いている女王エリザベートという存在に。
「もしやこの寛大な措置は、エリザベート陛下のおかげでは?」
誰が言い始めたのかはわからない。
だが、いつの間にか、私にはこんな異名が付けられたのだ。
慈悲深き聖女エリザベート。
戦後しばらくしてからの事、私は侵略した聖国の地で、聖人認定を受けたのである。
「マッチポンプじゃねーか!」
コレットの言葉であった。
私もそう思う。




