諦めたい乙女と焦る騎士団長 ①
お昼時になって女王陛下に呼び出されたネージュが執務室を訪ねると、そこにはものすごい速さで書類を裁くファランディーヌと、不満顔の宰相クレメインがいた。
「まったく、このように古い法律を持ち出して来られるとは……」
「あらクレメイン、貴方も賛成なのではなかったの?」
「賛成はいたします。ですが手放しにとはいきませんよ」
ネージュがやってきたのにも構わず、政治における最大権力者二人の言い争いは続く。クレメインの厳しい眼差しを一瞥したファランディーヌは、右腕たる彼に書類の束を押し付けながら笑みを浮かべた。
「心配をかけてこめんなさいね。でも、力を貸してくれるでしょう?」
何だろう。ファランディーヌはとても自信ありげで、期待と希望を抱いているように見える。
クレメインもまた同じ気持ちでいるらしく、苦虫を噛み潰したような顔をしながらも最終的には言いたいことを飲み込んだ。承知した旨を告げて踵を返した彼は、そこでようやくネージュと目を合わせてくれた。
「レニエ副団長、しばらくぶりですね。ご苦労さまです」
「は。宰相閣下もご壮健で何よりです」
挨拶を交わしていると今度はシェリーが入室してきた。折り目正しく礼を取る二人の騎士の姿に、クレメインはこれから何が行われるのか理解したらしい。
「陛下、昼休みに騎士と昼食会ですか」
「うふふ、バレちゃった」
悪戯っぽく微笑んだファランディーヌに、有能な宰相は仕方がないとばかりにため息をついて見せた。
「レニエ副団長、アドラス副団長。お忙しい中ご足労頂きありがとうございます。陛下はあなた方とお過ごしになる時間をとかく楽しみにしておいでですので、このように無茶を申されることも多々あるかとは存じますが……」
「ちょっと、クレメイン。話が長いわよ」
ファランディーヌは少しばかり頬を染めて立ち上がると、宰相の背をグイグイと押し始めた。
「そうは仰られましても、陛下のことを託すのであればいろいろとお伝えすることがあります。お二人とも、陛下は直接的な物言いをなさいますがそれも聡明さゆえのことであり」
「いいからそういうのやめてよっ! 恥ずかしいのよ!」
ファランディーヌが必死の形相で吠える。それでもまったく可愛さが損なわれないどころかむしろ増しているところが凄い。
クレメインはまだ女王陛下についての申し送りを続けていたのだが、そのまま扉の外に押し出されたので最後まで聞くことは叶わなかった。こちらを振り返ったファランディーヌはすっかり為政者の仮面を脱ぎ捨て、まさしく気に食わないことに出くわした中学生の顔をしていた。
なんだか思春期の子供と母親みたいで微笑ましい。ファランディーヌは既に両親共に亡くしているが、あのように導いてくれる者がいるなら随分と救われているはずだ。
「ほらね、あの人と一緒に甘いものなんて食べたくないでしょ? 不味くなっちゃう」
「そう仰らないで下さい。ご心配なのですよ」
シェリーが苦笑して首を傾げたところで、侍従が昼食の前菜を持って現れた。三人はいそいそとバルコニーに設えられたテーブルに着席して、束の間の女子会を開始したのだった。
「ねえ、そういえばネージュはシェリーと一緒にアドラスの屋敷に住んでいるんでしょう」
鴨のローストを切って口に運びながらファランディーヌがそんな話題を提供してきたので、ネージュは驚いてしまった。
「そのようなことをご存知でしたか。はい、ありがたくも滞在させていただいております」
「噂になってるもの、知ってるわよ」
「噂、ですか?」
「ええ。と言っても、本当につい最近小耳に挟んだばかりなのだけど」
そこでファランディーヌは面白そうに藤色の瞳を輝かせた。ネージュはその時点で嫌な予感がしていたのだが、それは儚くも的中した。
「ネージュって、カーティスと付き合っているって本当なの?」
その瞬間、シェリーが炭酸水をむせて激しく咳き込み始めた。ヒロインなのにそれはもう凄まじいむせっぷりだった。
ネージュは心配をしてやりたかったのだが、実のところ親友よりも大きなダメージを食らって呆然としていた。
「やだシェリー、大丈夫?」
「……っだ、大丈夫です……! その、外堀を埋めるのが早すぎて、っげほ、流石に驚きました」
シェリーは息を詰まらせながらよくわからないことを言いつつ、女王が背を撫でようとするのを固辞して口元をナプキンで拭く。そうしてようやく息を整えた頃には、ネージュもある程度は正気を取り戻していた。
「陛下、そのような恐れ多い噂が真実のはずがありましょうか。私はただ、シェリーの厚意に甘えてしまっているだけです」
「なぁんだ、やっぱりそうなのね。つまんない」
ファランディーヌが薄らと笑う。ネージュはその反応に安堵するばかりで、その横でシェリーが眉を下げていることなど知る由もなかった。
「けどそういうことなら心配だわ。貴女、無防備な格好で廊下をうろつきまわって、カーティスに見つかったりしていないでしょうね」
図星を指されたネージュは露骨に目を丸くしてしまう。
どうしてわかるのか。そう思った時、ファランディーヌの視線が険しさを増した。
「図星のようね。まったく、今までよく無事だったものだわ。いいこと? 貴女おっぱいは大きいし、足も長くて綺麗なのよ。そんなことじゃ、カーティスに襲われたって文句は言えないわ」
ネージュは今度こそ炭酸水をむせることになった。シェリーと同じように凄まじいむせっぷりだった。
気管に入って苦しい。咳と一緒に涙が出て視界が滲んできた。
この子ませてる。恋愛小説の読みすぎではないのか。いろいろとツッコミどころが多すぎるけど、それよりも何よりも!
「……っげほ、陛下! 流石にお言葉が過ぎます。シェリーの前でなんという事を仰るのですか!」
「私は事実を言っているだけよ。シェリーだってそう思うでしょ?」
ファランディーヌが何食わぬ顔でシェリーに話を振るので、ネージュは赤くなった顔を青く塗り替えた。
どうしよう、友の顔を見るのが怖い。父を好色みたいに言われて流石に怒っているんじゃ——。
「いえ。むしろどんどん出していけばいいと思いますが」
「シェリーさん真顔で何を言ってんの!?」
ネージュは力一杯叫んだ。親友が全然助けてくれない絶望感は随分と大きかった。
盛大なツッコミを受け、シェリーははっと瞳を揺らして口元を押さえている。
「いけない……つい本音が」
「なるほどね、外堀ってそういうこと」
「申し訳ありません、陛下。これ以上はご勘弁下さい」
「いいじゃない、私という外堀も埋めたらいいんだわ。心強いでしょ?」
きゃきゃ、と何やら楽しげに盛り上がる美少女たちを前に、ネージュは羞恥に震えていた。
何を言っているのかよくわからないが、これだけは。これだけは一つ言わせてほしい。
「アドラス騎士団長閣下はそんなことしませんよっ! 私などではというのもありますが……何より、部下に下心を抱くようなお方ではありません!」
凄く良いことを言ったつもりだったのに、喜色を浮かべていた二人はピタリと会話を止めた。憐憫を隠しもしない瞳をネージュへと向け、揃って同じ台詞を放り投げてくる。
「そうかしら……?」
「そうかしら……?」
何これ、酷い。結局おちょくりたいだけじゃないか。




