少女漫画の世界ではなかったはずですが ①
襲撃から一夜明けた朝。一晩を救護所で過ごしたネージュは魔力疲労から回復し、寮の自室へと帰還していた。
「嘘……」
血の気の失せた唇から絶望を漏らし、ネージュはがっくりと肩を落とした。
まず窓ガラスを含む南側の壁が半壊して、倒壊した本部がこんにちはしている。暴風を受けた室内は強盗が入った方がまだマシと思えるほどしっちゃかめっちゃかで、家具は軒並み薙ぎ倒され、布団は何処かへ家出し、割れたガラスや飛来した枝などで足の踏み場もない。
大したものは置いていないが、通帳やその他貴重品などもこれではどこにあるのやら。片付けに一体どれほどかかるのか、想像しただけでぞっとする。
人命に気をとられるあまり、まさか襲撃にこんな弊害があるとは考えもしなかった。ゲーム中のシェリーは襲撃後も普通に寮に住み続けていたはずだが、これでは隣の彼女の部屋も大変なことになっているだろう。
確認してみようかと思い立ったところで、崩壊した窓の向こうから顔を覗かせる人影があった。シェリーは苦笑を浮かべていて、一言断りながら軽々と瓦礫を踏み越え部屋に入ってきた。
「やっぱりこうなっているわよね」
「まあね。そっちも?」
「ええ。似たようなものよ」
シェリーもすっかり疲れ切った様子で、美貌にクマを浮かべている。酷い顔色でも彼女は美しいのだが。
「ネージュは今日どうするの?」
「どうするって、一応片付けるけど」
シェリーの質問の意図が読めずに瞳を瞬かせると、彼女はそうではないと首を振った。
「これじゃ片付けたって住めないわ。当面の宿は自分で探さないといけないのよ、私達」
「ええ……!?」
ネージュは悲壮な叫び声を上げた。言われてみれば賃貸とはそういうもので、不測の事態が起こった時には持ち主の意向に従って出て行かなくてはならない。その先にはなんの保証も無いからこそ、皆が家を持ちたがるのだ。
「うーん、城下に宿を取るしかないか……」
「もう近場は埋まったって聞いたわよ。隣の男子寮も半壊したから、昨日のうちにみんな出て行ったみたい」
「な、何それ!」
酷い、酷すぎる。人が疲労で寝込んでいる間にそんなことになっていたなんて。
もはや考えることすら面倒になってきた。ネージュが遠い目をして真っ白になっていると、不意にシェリーがにっこりと笑った。
「ふふ。きっと困っていると思って、お誘いに来たの」
「お誘い?」
「そうよ。ねえ、良かったら私の家に一緒に住まない?」
ネージュはぴしりと表情を止めた。
正直に言うならばものすごく有難い申し出だ。アドラスの邸宅なら王宮から程近い貴族のタウンハウス街にあるのだろうし、住環境も抜群だろうし、何よりシェリーが一緒なら楽しいに決まってる。
しかし気にしなければならないことが一つ。
「い、いや、いやいやいや。そんなご迷惑はかけられないよ。騎士団長閣下がいらっしゃるのに、ほいほいお邪魔できるわけないじゃない」
ネージュは音がする勢いで首を横に振った。そう、その問題が何よりも大きいのだ。
憧れの人と同じ屋根の下に住むって、何その少女漫画展開。おかしい。ラッキーと思えるほど神経が太ければ良かったが、生憎ネージュは人並みに緊張しいの小心者だ。
それにこの憧れは恋じゃない。恋じゃないのだ。どうこうなろうと思っていない以上、同じ家に住んだって息がつまるだけ。
「大丈夫よ。部屋は有り余ってるし、そうそう顔なんて合わせないわ。食事の時くらいかしら」
「いや、食事だけでも緊張するから! 駄目だって、恐れ多いもん、無理、無理無理無理!」
「そんなこと言って全然遊びにも来てくれなかったんだもの。友達を家に呼んだことがなかったから、楽しみにしていたのに」
「え……」
侯爵家の姫君なのにそんなことがあるのだろうかと考えてみれば、理由は思い当たるような気がした。
シェリーのことだからお茶会などの社交を行わなかった訳ではないだろう。でも友達にはなり得なかった。鍛錬を好む女騎士は貴族の令嬢とはあまり話が合わず、その上時間も合いにくいのかもしれない。
ヒロインたる美女が悲しそうに肩を落とすので、ネージュはかなり心がぐらついてしまった。しかしごめんと咄嗟に謝って、行きたくない訳じゃないと告げたのは失敗だった。
「じゃあ良いわよね。一緒に行きましょう?」
シェリーが綺麗な微笑みを浮かべる。
なんだかこの子、最近強くなっているような。




