07、冒険者ギルド
そうしてやって来た冒険者ギルドはというと……。
「聞け! 領主様よりの緊急依頼だ! 今いるCランク以上の冒険者は全員集まれ!」
「おい! 銀翼と咆哮の奴らはどうなってる!? Bランクパーティーは強制参加だぞ!」
「あの、白銀の翼は他の依頼で街を離れてまして……」
「あぁ? 咆哮は?」
「それが……バーガーさんが前の依頼で怪我したからって、その、療養に……」
「なに、療養だぁ? どうせ温泉旅行だろ!? どこだ? 連れ戻せ!」
「それが……ソルートに行くと……」
「なっ!? 馬鹿か? なんでひと月以上もかかる場所に療養に行くんだよ!? 絶対遊びだろ!?」
「…………」
「チッ、よりにもよってこんな時に……」
冒険者ギルドにやって来たタオの耳に、そんな怒鳴り声が飛び込んでくる。
建物の中は騒然としていて、随分と殺気だっているようだ。
周囲の気はカットしているが、それでもわかってしまうくらいに強い感情が渦巻いている。
不安、恐怖、焦り……。
これはまた、随分殺伐としているね。
冒険者ギルドっていうのは鏢局みたいな仕事もするみたいだから、気の荒い連中が多いんだろうとは思ってたけどね。
それにしても、これはちょっと酷いなぁ……。
これじゃあ、まるで戦争でも始まるみたいじゃないか。
これは、さっさと用件を済ませてお暇した方がいいかな。
「ねぇ、玉を売りたいんだけど、いいかな?」
人混みをすり抜け、受付カウンターまでやって来たタオは、そこに座る女性に声をかける。
「えっ!?」
「ここで、玉を買い取ってくれるって聞いたんだけど……」
「あっ……はい、その、冒険者カードをお見せいただけますか?」
(私が、気付かなかった……?)
「冒険者カードって何?」
「……冒険者ギルドのご利用は初めてですか?」
「うん」
(冒険者じゃ……ない? でも、絶対ただ者じゃない……)
「え〜と、採取品をお売りいただくには、事前に冒険者登録が必要なんです。身元が確認できないと、不正に入手した物を持ち込まれても困りますので……」
(この娘なら、ヒドラに近づけるかも……)
「……へぇ、そうなんだ。まぁ、いいよ。冒険者登録するよ」
「ありがとうございます。では、こちらに必要事項の記」
「おい、レイア! 何やってる!? こっち来い! ガキの登録なぞ後回しだ!」
「……失礼しました。こちらにご記入をお願いします」
向こうで怒鳴っている脳筋を無視して、目の前の少女に用紙への記入を促す。
私は今、忙しいのだ。
目の前の少女を逃すわけにはいかない。
この少女は、これだけの人でごった返すフロアーを、誰にも、私にさえその存在を気付かせずに通り抜けて、私の目の前まで来たのだ。
元Bランク冒険者で斥候役の私の前に……。
そんなこと、私は勿論、Aランク冒険者でも多分無理。
元冒険者であり、多くの新人冒険者を見てきた受付嬢でもある私の勘が言っている。
この娘を絶対に逃してはいけない!
この娘なら将来……いや、もしかしたら、今、目の前に直面している危機に対してすら、強力な戦力になってくれるかもしれない。
「レイア! 緊急事態だ! 早く来い!
ガキ! 今、俺たちは忙しいんだ! 明日、出直して来い!」
ツカツカと早足でこちらのカウンターに近づいて来た脳筋は、こともあろうにタオちゃん、目の前の冒険者登録用紙の氏名欄にそう書かれている、の肩に両手をかけると、そのまま回れ右をさせて追い出そうとしやがる!
何やってくれちゃってるのよ!?
「ギルマス! 邪魔しない……で? えっ?」
「ぐぬぬぬぬ!!」
筋肉バカでタオちゃんの倍ほどもあるギルマスが、押しても引いてもタオちゃんはどこ吹く風で……。
何事もないかのように記入を続けている。
「よし、できた。これでいい?」
そう言って必要事項の書き込まれた用紙を差し出してくるタオちゃん。
その後ろに立つギルマスは唖然としている。
「……はい、これで結構です」
目の前で起きた事が信じられず、思考が定まらない。
さっきのは、何? 魔法?
でも、呪文を唱えている様子はなかった。
それどころか、ギルマスの接近に気がついている気配も感じられなかった。
それでも、目の前の少女は確かにギルマスの全力の妨害をこともなげに退けて見せた。
それが武術家や剣士の技なのか、魔術師の魔法なのか、それはわからない。
目の前で見ていた私にも、恐らく直接タオちゃんに手を出したギルマスにも……。
でも、これだけははっきりしている。
即戦力だ!
今の危機的状況を覆せるとしたら、きっとそれは目の前の少女だけだ。
でも、どうすれば……。
とりあえず、冒険者登録はしてもらった。
でも、それだけではタオちゃんに、ヒドラ討伐に協力してもらうことはできない。
彼女は今冒険者になったばかりのFランクの新人で、ギルドの緊急依頼に応じる義務はない。
そんな彼女に、どうやってこんな危険な依頼に協力してもらうか……。
「じゃあ、時間も無いみたいだし、先にヒドラについての詳しい話を聞かせてもらえるかな?」
「えっ?」
「だって、そのためにボクの冒険者登録を急いだんでしょ?」
「……そう、だけど……でも、なんでわかったの?」
「まぁ、これだけ周囲が騒がしければね。それに、ボクが気配も無くお姉さんに近づいたのを見て、ボクなら戦力になるかもって考えたのかなぁって……お姉さん、随分驚いていたから」
私、そんなにわかりやすかった!?
いつも受付嬢として冷静な対応を心がけているのに!?
そんなに、縋るような態度してた!?
「あっ、いや、ボク、人の心理とか読むの得意だから気にしないで」
立て続けに図星を指され、すっかり赤面してしまった受付嬢をよそに、ようやく再起動を果たしたギルマスは……。
「おい! レイア! それ、本当か!? マジでその嬢ちゃん、お前の気配察知をすり抜けたのか!?」
「まぁ、そうね……。私の勘だけど、この娘、私なんかより全然強いわよ」
「むぅ〜〜(確かに、訳わかんが、俺の力でもこいつはびくともしやがらなかった)」
こんな子供に任せていい依頼じゃない。わかってる。わかっているが……。
他でもない。レイアが認めた子供だ。
どうせ、あの村を突破されれば、次に襲われるのはこの街だ。
そうなれば、一体何人の子供が、人が死ぬ?
俺のちっぽけなカッコつけで、死なせていい人数じゃねえぞ。
「……その、嬢ちゃんは冒険者になった、ってことでいいんだよな?」
「うん、そうだね」
「……では、冒険者ギルドマスターとして頼む! どうか、ヒドラ討伐に協力して欲しい!」
ギルド中に聞こえる大声に、一体何が起こったのかと注目を集めはじめたタオを背に庇い、レイアがすかさずタオとギルマスを奥の部屋に引っ張っていく。
「ギルマスも、気持ちはわかりますが、少し落ち着いてください! ……いえ、違いますね。ちょっと落ち着きましょう」
そう言って、タオとギルマスを席に着かせたレイアは、3人分の紅茶を淹れると自分もテーブルに着いた。
「さて、どこから話しましょうか……」
ギルドマスターとレイアという女性がボクの前に並んで座り、一旦お茶に口をつけて一息つく。
カテリーナの記憶にもあったこのお茶は紅茶というもので、ボクがよく飲む烏龍茶や普洱茶とはだいぶ違う味がする。
そうして、一旦(2人が)落ち着いたところで、今回のヒドラ襲来についての詳しい説明を聞かせてもらった。




