27、ラモスの繁栄
「では、あの河はヒドラの毒を洗い流すためにタオ殿が作ったものだと!?」
「うん、そんな感じだね」
バルドの問いかけに、まだ少し眠そうな目を擦りながらタオが答える。
昼過ぎになってやっと起き出して来たタオに確認したところによると、あの河はヒドラの毒を洗い流すためにタオが一晩で作り上げたものらしい。
それによって、穢された土地はもうすっかりきれいになっているとのこと。
河はアケロンの大河から引かれており、ここラモスの近くを通って、再びアケロンの大河に合流しているという。
この河川工事では、増水や雨季の天候不順といった危険もしっかり考慮されており、河川の氾濫による領都、河川周辺地域への被害はほぼあり得ないとは……。
「だから、(ヘラクレスおじさんの時みたいに)後から問題が起きることもないと思うよ。
どうしても邪魔なら元に戻すけど、ボクとしてはうまくできたと思うんだよね」
そんなことを言うタオに、
「と、とんでもない! もちろん、このままで結構です! 大変助かります」
慌ててタオにお礼を言うバルド。
(これは、とんでもない経済効果を産むぞ……)
ラモス領の経済を支えるものの一つに、魔の森で取れる魔物素材がある。
魔の森の魔物には凶悪なものも多く、ある程度の腕のある冒険者でなければ狩りは難しい。
だが、その分、高価で貴重な素材も多く、アケロンの大河を舟で渡り、魔の森での素材採取を試みる冒険者も多い。
だが、ここで一つ問題がある。
それは、魔の森で狩った獲物の運搬方法。
アケロンの大河からラモスまでは馬を飛ばしても数日はかかる。
馬車なら更に時間が必要になるし、これが徒歩ともなればそれ以上。
つまるところ、魔の森で狩った魔物をラモスまで運ぶのが一苦労であるということ。
だが、タオ殿が作られた支流を運河として利用すれば、この問題が一気に解決する。
それどころか、今までであれば運搬の問題で持ち込まれなかった大型魔物の素材も流通するようになるし、ラモスから魔の森まで船で移動できるとなれば、魔の森での採取目的の上級冒険者も増えるだろう。
それによって生み出されるラモスの利益は計り知れない。
(この方は、ご自分のなされた偉業がどれほどのことか、わかっておられるのだろうか……)
朝食のパンに齧りつく目の前の少女を見て、バルドはそんなことを考える。
あれほどの運河をたった一晩で作り上げてしまうなど、これを神の御技と言わずしてなんと言うのか!?
これほどのことをしておいて、ご自分は神ではないと言い張る神経が、既に人のものではないのだが……。
ともあれ、これは我が領にとって大変な幸運だ。
魔の森から領都までの街道を整える。水運を引く。こういった計画は以前にもあった。
だが、それには莫大な予算と時間が必要で、とても一代で完遂できるようなものではないと言われていた。
百年単位の大事業……それを、たった一晩で成し遂げてしまうとは……やはり、この方はKa。
「神じゃないよ」
バルドの前で目玉焼きを突いていたタオが、ふと、そんなことを言う。
「ボクがやったことなんて、時間さえかければ誰でもできることだからね。一日か百年か、それだけの違いだよ」
「いや、それが大きいかと……」
「一日は短くて百年は長い。そんなのは主観の問題で大した違いはないよ。ずっと後の時代になれば、あの運河だって、“バルドさんの時代に作られた”って言われるだけのことだよ」
そんなスケールでものを考えられる事自体が……いや、やめておこう。
タオの前では口に出すか出さないかは関係ないことを思い出し、バルドは強引に自分の思考を打ち切ることにした。
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あれから数ヶ月。
ラモスの街に魔の森と行き来できる運河ができたという噂を聞いた冒険者が集まり出し、領都は更なる活気に満ちている。
金払いのいい上級冒険者に、高額魔物素材を求める大商人。
それらを相手する店や宿屋も増えた。
また、領主家と冒険者ギルドの共同で管理する水運事業も順調だ。
アケロンの大河近くには素材買取専門の冒険者ギルド出張所も作られ、円滑な魔物素材の流通買取が行われるようになった。
ネメア平原を通る交易路の開通に、アケロンの大河と領都ラモスを結ぶ運河の完成。
いずれも、先代の頃からラモス領が秘密裏に進めていた事業なのだと、他領には伝わっている。
実は、それを行なったのが、街で甘味を食べ歩くたった一人の少女であるなどと、誰が信じるというのか。
ヒドラ討伐直後には、たいへん腕の立つ冒険者の少女が……という噂もあったが、それもほぼ消えている。
領主家、ラモス冒険者ギルドによる情報操作もあるが、何より見た目可愛らしい普通の少女で、冒険者とはいえFランク。
ヒドラ素材の売買は全てラモス冒険者ギルドの管轄であるという話であれば、いつまでもタオに注目する者はいない。
「きっと、何かの間違いだろう」ということで、タオに関する噂もすっかり収まってしまったのが今の現状で……。
「ねぇ、カティ! こっちのクレープもおいしそうだよ」
時折、領主の娘と楽しそうに通りを歩く少女が、今のラモスの繁栄を作り上げたなどとは、誰も思いもよらないのであった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
何やらエピローグ的な感じになってますが、もう少しだけお話は続きます。
いわゆる、最終決戦ですね。
今しばらく、お付き合いいただけると嬉しいです。




