25、記憶の価値
ネメアの獅子から貰ってきた爪を触媒にして、無事にヒドラ解体用の工具も完成。
早速カティの作った工具を使ってヒドラを解体した職人たちは……。
「スゲエーー!!」
「なっ! なんだこれ!?」
「まるで、工具自身がどこを切るべきかを教えてくれるような……」
物質を操る錬金術、概念を形にする魔術、形と意を一つのものとして捉える道術。
これらについてカティに教える中で、せっかくだし“なんでも切れる”という概念だけでなく、“庖丁の意”も載せちゃおうかってことになって……。
ボクもちょっとだけ手を貸して作ったのがあの解体道具。
性能としては、魔道具以上宝貝未満くらいの出来で……。
まぁ、これくらいなら(神様にも)許されるかなぁって程度のもの。
それでも、レイアさん曰く、ダンジョン産の魔道具でもこれほどのものは滅多に見ない、とのことで……。
工具自体はカティが作ったもので、ラモスの冒険者ギルドはそれを領主家から借り受けているだけ。
その所有権はあくまでラモス領主家にあるから、冒険者ギルド本部も勝手に取り上げることはできない。
そんなわけで、一時は冒険者ギルド本部のお偉いさんがわざわざラモス領主家を訪ねてきて、ぜひ売ってほしいと直談判するまであったんだって。
結局、ヒドラ解体の後も継続してラモスの冒険者ギルドに工具を貸し出すのはいいけど、売却したり他所の街の冒険者ギルドに貸し出したりはしないって話になって……。
結果、今まで処理が難しく各冒険者ギルドの倉庫に眠っていた多くのレア素材が、ラモスの冒険者ギルドに持ち込まれることになったみたい。
ヒドラの素材だけでもかなりの数やって来ていたレア素材狙いの商人がさらに増えて、おかげでラモスの街は大いに賑わっている。
それもあって、レイアお姉さんがちっとも構ってくれないって、アンドレさんが愚痴っていたけどね。
と、そんなある日、カティといつものお茶の時間を楽しんでいたボクのところに、深刻な顔をしたバルドさんがやって来て……。
「土地の浄化?」
「はい、実は例のヒドラが現れた村の周辺で、土地の汚染が広がっておりまして」
バルドさんの話によると、ヒドラと戦ったあの村は、今現在は完全な廃村になっていて、誰もそこに住んではいないとのこと。
と、いうか、誰も住めないんだって。
どうやら、ヒドラを倒した時に流れた血が土地を汚染していて、しかも、その汚染はあの廃村だけでなく、徐々に村の周囲にも広がっているみたい。
放っておくと、どこまで汚染が広がるのか見当もつかず、最悪、その汚染は領都周辺まで広がりかねないと……。
「で、ボクになんとかして欲しいと?」
「……むっ、その、できれば、お願いできないかと?」
申し訳なさそうに頭を下げるバルドさん。
バルドさんの中では、ボクは神様として認識されているみたいだからね。
それでも、ボクが嫌がるからって理由で、バルドさんも、この家のみんなも、表面上はボクを神様扱いはしない。
でも、土地の浄化をお願いするのは……。
この西方世界の常識だと、土地の浄化というのは神殿の巫女や神官にお願いするもので、完全に神の領分みたいなんだよね。
実際、初めはバルドさんも、神殿に土地の浄化を依頼したみたい。
でも、どうにもならなかった。
ヒドラもどきの毒は強過ぎて、深く地面に染み込んでしまった毒を完全に浄化することは不可能って言われちゃったらしい。
で、困った挙句、ボクのところにお願いに来たってことみたい。
つまり、ボクに神の仕事をしてもらいたいと……。
「まぁ、いいよ。別に神様じゃなくても土地の浄化くらいできるしね。
それに、原因があのトカゲの毒だっていうなら、一応カティのお願い事の範疇だからね」
“ヒドラの毒から父を救って欲しい”っていうのがカティの希望だったんだから、バルドさんが治める土地の浄化もアフターケアと言えなくもない。
そんなことを考えるボクに、
「あの、タオ様は……どうして、そこまでしてくださるのでしょうか?
私としては父の命を救っていただいただけで十分に感謝してます。その上、ヒドラまで倒してもらい、ネメアの獅子の解体道具まで……。
ここまでしていただいては、私、タオ様にどのようにご恩をお返しすれば良いのか……」
カティがそんなことを言うけど……。
「別に過剰でもなんでもないよ。カティが支払った対価には、それだけの価値があったんだからね」
カティが支払った対価。それは、カティが今まで生きてきた全ての記憶。
たかが人一人の記憶にそれほどの価値があるのかって?
勿論、ある。
カティの記憶は、カティが生まれてから今までに経験した全ての喜怒哀楽、世界との関わり、行動、思考、生きるために支払った労力……それら全ての結果として得られたものだから。
もし、あの時にカティが支払った対価がカティの魂なら、バルドさんの命と引き換えで終わりでもよかった。
でも、あの時、ボクがカティからもらったのは彼女の記憶。
例えば、美味しいお菓子1個と、そのお菓子を完成させるまでに支払われた時間と労力では、どちらが価値があるかって話。
レシピを考える時間、調理技術を習得する時間、それらの結果として目の前のケーキは存在する。
ケーキ一個の値段は大したことないけど、そこに至るまでの全てのエネルギーは膨大だ。
「まぁ、ちょっと講義みたいになっちゃったけど、カティの記憶にはそれだけの価値があるってことだよ。
そんなわけだから、土地の浄化は任せてくれていいよ。
でも……そうだなぁ……方法は任せてくれる? ちょっと土地をいじることになるけど、領の不利益になるようなことはしないから」
そう言って食べかけのケーキを口に運ぶタオに、「よろしくお願いします」と頭を下げるバルドとカテリーナ。
タオが説明してくれた魂と記憶に関する話は難しくてよくわからなかったが、それでもタオが不当な願いだと感じてはいないことは理解できた。
今回のお願いに関しては、一体どれほどの供物が必要になるかと内心戦々恐々としていたバルドも、安堵の表情を浮かべるのだった。
その夜。
領都の外では遠方より何度も地響きが轟き、街に住む者は不安な一夜を過ごすこととなる。
そして、翌朝……。
「りょ、領主様!」
血相を変えて領主邸へと駆け込んでくる兵士に怪訝な顔をするバルド。
昨晩は夜遅くまで続いた地響きのせいであまり眠れず、さりとて魔物や敵軍が攻め寄せて来た様子もなく……。
念の為、夜が開けたら領都周辺の様子を確認するように指示はしていたが、何か問題でも見つかったのか?
「どうした? 随分と連絡が早いが、何か見つかったか?」
「か、河が! 街の近くに河が流れてます!」
兵士の要領を得ない報告に、訳もわからず街の外へと向かうバルドも……。
「なぜ、河が……??」
兵士の報告通り、領都の近くを流れる河を見て呆然とするバルド。
それは、昨日までは存在しなかったもので……。
それも、小川などではなく、普通の船なら余裕で通れそうな川幅の河が魔の森の方へと続いている。
(この先にあるのは……ヒドラの廃村!?)
『ちょっと土地をいじることになるけど、領の不利益になるようなことはしないから』
昨日のタオの言葉を思い出し、タオに事情を尋ねるべく、バルドは慌てて領主邸へと取って返すのだった。




