24、カティの鍛治修行
「タオ様、今日はよろしくお願いいたします!」
今日は、ヒドラ解体用の工具の作成をする予定で……。
朝からカティがとてもはりきっている。
「カティ、もっと肩の力を抜きなよ。ちゃんと教えてあげるからね」
……
ネメア平原から戻った日の夜。
アンドレが旅の途中、レイアとともにタオから武術(道術)の手解きを受けたという話をすると、バルドとカテリーナは滅茶苦茶に羨ましがった。
特にカテリーナの機嫌が急降下で……。
周囲への言い訳が必要だっただけで、お兄様とレイア様はただタオ様について行くだけ。
実際に戦うのはタオ様で、二人の役割はタオ様のお世話係にすぎない。
一緒に旅をしていれば、お兄様がレイア様とお話しできる機会も増えるでしょうし、ここは妹として涙を飲んで気を利かせて差し上げましょう……そう考えていましたのに!
それなのに! まさか、タオ様から直接ご指導していただける栄誉を授かるなんて!?
しかも! 神々の世界で!? タオ様のお家にお泊まりなんて!!
一方、バルドの方も……。
ラモスに戻ってきたアンドレとレイアを見た瞬間、バルドは二人の成長に目を見張った。
二人が纏うオーラが、安定している。
まるで鎧でも纏っているかのように、アンドレの周囲のオーラはくっきりとした境界を作っている。
逆にレイア嬢のオーラはひどく希薄で、それでいて他の者たちに見られるようなムラや不安定さは全くない。
それはまるで、美しく精緻な薄絹を纏っているかのようで……。
(この二人、出発前とは別人のようではないか!?)
出発前よりも二人の間の距離が縮まっているように見えるのは喜ばしいことだが……。
それよりも、気になるのは二人の強さだ。
一体、この短い旅で何があった!?
まるで、数年、数十年の修行の旅を終えて帰ってきたようではないか!?
こうして、ラモスに戻るなり今回の旅について詳しく問いただされたアンドレは……。
「「ずるい(ぞ)!!」」
父親と妹から盛大に責め立てられることとなった。
ちなみに、いち早く場の空気を読んだレイアは、自分は冒険者ギルドの方に報告してくると早々に領主邸を離脱。
タオも、旅で疲れたからと言って、説明は全てアンドレに任せて自室に避難していた。
……
そんなこともあって、今日は留守番していたカティからの要望で、解体道具の作り方を教えてあげることになったんだよね。
「じゃあ、行くよ」
カティの部屋に壺中天を出すと、早速ボクの家にカティを招待する。
「ふわああぁ! ここが神か、いえ、タオ様が住まわれている世界ですかぁ」
「そうじゃないよ。ここは壺中天。さっき見せた壺の中だよ。
広さもバルドさんの領地よりちょっと広いくらいしかないし、持ち運び用のただの箱庭だね」
アンドレさんやレイアお姉さんにしたように、簡単に壺の中を案内したり素貞を紹介したりした後、早々にカティをボクの工房に連れて行くことにする。
素貞曰く、ここでの必要以上のもてなしは、下界の人たちにとっては毒らしいからね。
まずは作業でいいと思う。
どうせ、鍛治でたっぷり汗をかくだろうしね。
お風呂や食事はその後でいいよね。
こうして、タオに連れて来られた工房に足を踏み入れたカテリーナは……。
「すごい……」
一方の壁は古今東西の書物で埋め尽くされ、もう一方の壁の棚にはカテリーナが初めて見る金属や植物が並べられている。
だが、この部屋で最も目を引くものといえば、それは部屋の中心に置かれた奇妙な形をした炉で……。
八角形の平らな形の各辺には、坎艮震巽離坤兌乾の東方の文字が刻み込まれている。
そして、炉の中心には赤赤と燃える炎の球が渦巻いている。
「八卦炉に近づき過ぎないように気をつけてね。六千度くらいあるから危ないよ」
「ろ、六千度ですか!? そんなの、地上に太陽を作り出すような……はっ!? まさか!?」
「そう、これは小さな太陽なんだ。そして、この八卦炉は世界そのもの。
だから、この炉なら、この世に存在するどんなものでも作ることが可能だよ」
タオ様は自慢げにご自分の炉の説明をされてますが……。
太陽? 世界? これを使って私が解体道具を作る……?
そんな神の御技のような真似を本当に私が!?
「そんなに大袈裟なものでもないんだよ。そうだな、実際の作業に入る前に、少し講義をしようか」
そうしてタオ様より教えられたのは、まさに魔術、錬金術の究極とも言える知識と技術で……。
「いいかい? カティの認識だと、錬金術とは物質の構造を理解し利用することで、魔術とは超自然の存在の力を借りて不思議な現象を起こすことだよね」
「はい、私はそのように学びました」
「でも、ボクに言わせてもらえばこうだよ。錬金術とは世界を暴く行為で、魔術とは世界を騙す行為だ。
正しい知識を持てば人は騙されなくなるし、人を騙すには正しい知識よりもどう感じるかという感情の方が大切だ。だから、錬金術と魔術は相性が悪いんだよ」
「そうなのですね。実のところ、私はそこまでしっかりと2つの術の違いを考えたことがありませんでした。
物を作るには錬金術が必要で、道具無しで何かをするには魔術が便利くらいにしか考えてなくて……」
「うん、それでいいと思うよ。今、この2つは相性が悪いって言ったけど、ボクから見れば、どちらも世界の一面に過ぎない。
象を知らない盲人が象の鼻に触れて象とは蛇のようだと言ったり、別の盲人が耳に触れて団扇のようだと言うのと同じことだよ。
どちらも同じ世界の一面に過ぎないんだ」
「……むずかしいです。その、タオ様は確か道術を使われると聞いたのですが、それはどのようなものなのですか?」
「道術(仙術)はねぇ、世界をどうこうする術じゃない。世界になるんだよ」
……
こうして私はタオ様から様々な知識と技術を学び、ついにはネメアの獅子の爪を触媒にして目的の解体道具を完成させることに成功しました。
あと、ついでと言ってはなんですが、お父様とお兄様のために新しい剣も作って差し上げました。
二人とも、ちょうど自分の剣を失って困っていたところで、今までの剣とは比べ物にならない切れ味に、年甲斐もなく大喜びしてましたね。
あぁ、それから! 修行のあとにいただいたお風呂とお食事は最高でした!
タオ様と同じ寝台で寝られたことは、私の一生の思い出です!!




