21、黄金の獅子VSレイア&アンドレ
旅の間の短い期間ではあるが、こと戦闘、武術に関しては、タオは二人の師匠という位置付けになっていた。
そして、師匠が一度言い出せば、弟子は黙ってそれに従う他ないことは、既によ〜くわかっている。
楽しそうな顔のタオを見て、これはもう確定事項だと項垂れるレイアとアンドレ。
「二人とも、そんなに落ち込んでいる暇はないからね……来たよ!」
タオの言葉と同時、鋭い殺気をいち早く感じ取ったレイアが、前方に突進していく。
ガキン!
周囲に、金属同士が激しくぶつかるような鋭い音が響き渡る。
レイアの電光石火の剣撃を、黄金の獣の爪が受け止める。
気配を殺して獲物に襲い掛かろうとしていた黄金の獣は、その殺気を感じ取ったレイアに機先を制され、その動きを止めた。
(レイア嬢が間に入ってくれてなければ、危なかった……)
遅れて魔物の方を向いたアンドレが見たのは、美しい黄金の獅子。
全長は2メートルほどで、金色に輝くその姿はまさに伝承の通り。
ネメアの獅子。
かつて、百を超える我が領の精鋭を屠ったSランクの魔物。
なるほど、森で切り捨てた黒狼などとは格が違う。
対峙した時の威圧感は、あのヒドラにも匹敵するものだ。
ヒドラのような毒攻撃がないのが救いだが……いや、そのような思い込みは不要!
アンドレは意識を集中すると、自分の周囲に己の気を満たし、心を無心に保つ。
そこに、レイアによる牽制を跳ね除けたネメアの獅子が、今度こそアンドレに襲いかかる。
大気を唸らせ振り下ろされた太い前足は、アンドレが頭上にかざした剣によって、しっかりと受け止められた。
「ぬぅ〜〜!」
膠着するアンドレと獅子の間に、レイアがすかさず割って入る。
狙うは、目!
いくら黄金の毛皮が無敵の強度を誇っているとはいえ、弱点が無いわけではない。
皮膚の硬い魔物は目や口の中を狙うというのは、上級冒険者なら当然の作戦だ。
もっとも、それを動きも速く気配にも敏感なネメアの獅子相手にできるのは、己の気配を完全に消すことのできるレイアだからこそだが。
レイアの接近を許し、危うく目を潰されそうになったネメアの獅子が、慌ててアンドレから離れてレイアの刃を躱す。
その隙を見逃すことなく、一歩踏み込んだアンドレの剣が獅子の脇腹を強打する。
そう、あくまでも強打。
想定はしていたが、やはりあの毛皮を剣で切り裂くことはできない。
確かに獅子の脇腹に斬撃を打ち込んだはずだが、そこからは一滴の血も流れていない。
グゥ〜〜
だが、忌々しげに唸り声を上げる獅子に、確かに自分の斬撃は効いているとみた。
確かに、ネメアの獅子を斬り殺すことは不可能だろう。
それでも、殴り殺すことはできる!
アンドレが豪快に振り下ろした剣を、今度はネメアの獅子が素早く横に飛んで避ける。
スピードは相手の方が圧倒的に速く、真正面からの攻撃では難なく躱されてしまう。
しかし、獅子が跳んだ先にはレイアがいて、そのままアンドレに飛び掛かろうしていたネメアの獅子は、レイアの剣による牽制で、そのタイミングを外されてしまう。
(実に忌々しい!)
久しぶりにやって来た人間の獲物。
数こそ少ないが、女2人の肉は柔らかそうだし、男の方は普通の人間よりも多くの精気を持っている。
これで、多少なりとも戦える奴らであれば、良い暇潰しにもなるだろう。
そう考えていざ襲いかかってみれば……。
(こいつら、強い!)
今までに狩ってきた人間や魔物とは全然違う。
男の方は力も強く、隙もない。
女の方の攻撃は大したことはないが、そのぶん立ち回りが実に鬱陶しい。
いつも嫌なタイミングで、しかも、こちらの目ばかりを狙ってくる。
身体の他の部分であればいっそ無視しても構わないが、さすがに目を狙われては無視もできない。
父は人の力を甘く見るなと口うるさく言っていたが、正直、あのように脆弱な生き物など、取るに足らない存在だと思っていた。
だが、こいつらは違う。
油断すればこちらがやられかねない!
目の前の二人を対等な敵と認めた黄金の獅子は、作戦を変えることにする。
まずは、絶妙なタイミングでいつも邪魔をしてくる女の方を先に倒す。
男の方は動きが遅い。
確かに力は強いが、相手が男の方だけなら、あの攻撃を躱すこともそれほど難しくはない。
そう決めた黄金の獅子は、男の方に攻撃を加えながら、意識を自分の周囲全体に張り巡らす。
本当の狙いは女のほう。
男への意識が散漫になる分、男の打撃を受ける回数も確かに増えたが……捉えた!
男が攻撃しやすいよう、こちらが前足を振り上げようとした動きを牽制しようとする女だが……。
残念だが、ワレの狙いは初めからお前だ!
始めこそ、ネメアの獅子の相手なんて絶対無理! って思っていたけど……。
やればなんとかなるものよね。
アンドレ様が攻撃、私が牽制と役割分担をすることで、こちらが主導権を取る形で戦いを進められている。
ネメアの獅子は確かに強いけど、その戦い方は単調だ。
強い打撃を繰り出せるアンドレ様のことはともかく、私など目の前を飛ぶ鬱陶しい羽虫くらいにしか考えていないのはその動きですぐにわかった。
それでいい。
羽虫には羽虫の戦い方がある。
完全に自身の気を遮断した私の動きは、たとえネメアの獅子であっても簡単には捉えられないらしく、私からの攻撃は、目への攻撃以外は全て無視されるようになった。
それでも、攻撃されれば気にはなるらしく、おかげでアンドレ様への攻撃は精彩に欠けるものになっている。
アンドレ様による攻撃が効いてきているのか、先ほどから動きも悪い。
(これなら、いけるかも!)
その瞬間、強い衝撃を受けた私の意識は完全に飛んだ。
宙を舞うレイア嬢の姿と、続いて聞こえてくる地面に人が叩きつけられる音。
私の中で、何かが爆発して弾ける音がする。
「うおおおーーー!!」
レイア嬢に攻撃を加え、無防備になったその一瞬に、私は全力の剣を振り下ろす。
バキッ!!
それは骨の折れた音か、剣の折れた音か……。
「レイア嬢!」
折れた剣を投げ捨て、レイア嬢に向かって駆け出すアンドレ。
黄金の獅子がそれを追うことは、なかった。
前足の骨が折れ、その場に蹲る黄金の獅子。
意識を失い、地面に倒れ伏すレイア。
己の剣を失い、レイアの側でただ狼狽えるアンドレ。
「はい、ここまで!」
そんな二人と1匹の姿を確認して、タオはそう高々に宣言した。




