02、タオ
タオと名付けた少女を南華老仙が見つけたのは単なる偶然に過ぎない。
飽きもせず続く戦乱の世。
たまたま覗いた下界の焼け野原にその赤子はいた。
火から逃げる両親に見捨てられたか?
両親は既に冥府へと旅立ち、赤子だけが俗世に残されたか?
いずれにせよ、あの赤子も長くはあるまい。
戦乱の世では、否、俗世ではありふれたこと。
だが、炎に包まれ泣き叫ぶその赤子は、決してありふれた者ではなかった。
『仙骨がある……』
仙人の才たる仙骨を持って生まれる者は非常に稀だ。
特にこの数百年は、仙骨を持って生まれた者なぞ、ついぞ聞いたことがない。
『むぅ、これは流石に捨ておけんな』
太上老君あたりと違い、政治だの仙界の行く末だのにはとんと興味の無い南華老仙だが、数百年ぶりに見つかった仙の卵をそのまま見殺しにしたとあっては、流石に聞こえが悪い。
『ここでわしが見つけたのも、仙縁というものか……』
赤子の弟子など持ったこともないが、たまたま見つけてしまったのが運の尽き。
わしが育てるしかあるまいなぁ……。
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「これ、タオ、どこじゃ!? また修行をサボりおって!」
「ハハッ、流石の荘子殿も子どもには勝てませんかな?」
「ふん、好き勝手言ってくれる。大体お前たちが挙ってタオの奴を甘やかすからわしが苦労するのだ。
先日だって、お前さんらに習ったと怪しげな宝貝をこしらえてきて、それで仙界中大騒ぎだっただろうが!」
「ああ、仙界の一部が吹き飛んで、皆が慌てふためく様はなかなかに愉快でしたなぁ」
「まったく、お陰でわしは監督不行き届きだと、下げたくもない頭をあのじじいに下げる羽目になったのだぞ」
「ふっ、平和ボケした仙界の住人には、良い刺激になったと思いますよ。実際のところ、なんだかんだと言いながら、タオのやらかしを仙界の面々も内心楽しみにしていますし。
あなただって、もし、やらかしたのがタオでなければ、両手を挙げて喜んでいたでしょう?」
「ぐぅ〜」
図星を突かれて何も言えない南華老仙。
南華老仙自身、タオの存在は停滞するこの仙界にとって良い刺激となっていることは認めているのだ。
だが! しかし! その事件の原因が己が娘とも孫とも思い、目の中に入れても痛くない可愛い愛弟子とあっては、とても平常ではいられない。
心配の種が尽きることがない。
「それに、あなたにいつもお小言を言う当の老君にしたって、タオのことは随分と可愛がっているでしょう?
少なくとも、秘伝の金丹の作り方をこっそり教えてやるくらいには、タオのことを気に入っているみたいですよ」
「なっ、あのじじい! わしには修仙の段階がどうのと偉そうに言ってたくせに、自分はそれを無視して、こっそりタオに金丹の作り方まで教えてたわけか!?
何があまり弟子を甘やかすなだ!」
「まぁ、まぁ、そう怒らず。老君も考えているのですよ。事の責任をあなたの指導力不足とすることで、直接タオに責がいかぬようにしているのです。
これほどの騒ぎを起こしているのですよ? そうでなければ、とっくにタオの仙籍は剥奪され、下界に流されてしまっているでしょう。
あなたと老君の仲が悪いのは仙界では有名ですからね。建前上は問題を大仙同士の確執が原因とすることで、タオに責めがいかないようにしているのですよ」
「ふんっ、政治好きな年寄りが考えそうな手だ」
呆れたようにそう吐き捨てる南華老仙。
いや、そんなことはわかっている。
太上老君だけではない。八仙然り、崑崙十二仙然り。
なんだかんだで、皆がタオのことを可愛がってくれている。
たとえタオが少々やらかしたとしても、皆タオをどうこうする気など始めからないのだ。
あの子はただ好奇心の赴くままに仙界を自由に飛び回り、皆はタオの好奇心に応えるように様々な秘術を教えていった。
数百年ぶりに昇仙を果たした仙女。
それがまだ幼さの残る少女となれば、皆が可愛がらないはずもなく……。
おまけに、その才は仙界の大御所たる太上老君も認めるほどとなれば、教えたがりの仙人どもは後を絶たない。
今ではすっかり、皆の娘、孫、妹の立場を確立している。
わしの弟子なのに……。
だが、そんなタオも最近は少々反抗期のように感じられる。
時間の流れという概念がそもそもない仙界において、今のタオの精神年齢がどのくらいかは不明だが、揺り籠から飛び出したいと感じるほどの齢にはなったのだろう。
陽光に煌めく庭の池を眺めながら、南華老仙は遠い西国の地に想いを馳せるのだった。
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