アンカレッジ・カーニバル(後編)
アームドキャリバーのデッキまでダッシュした二人の前に、しかしプリムラの愛機の姿は無い。デッキ端で作業員に指示をしているおやっさんに怒鳴るヒビキ。
「おやっさん!《ゼルヴィード》は!?」
「“外”だ!重力圏離脱用のブースターを付けてる!他の連中も追って行かせるがまだ《ゼルヴィード》しか装着が終わってない!」
「全く、カーボニックだぜ!」
窓の外の宇宙空間には、確かに係留された《ゼルヴィード》があった。その臀部の辺りにぶっとい大型ブースターが二本取り付けられている。艦内では作業しにくかったので外に出したのだろう。
パイロットスーツを着たヒビキとプリムラはエアロックから宇宙空間を軽やかに泳ぎ《ゼルヴィード》に取りついた。
「《ゼルヴィード》には《ハーベルティア》までのナビゲートを入力してある。かっ飛ばして《DD4(ディーディーフォー)》助けに行ってこい!」
「了解だ!」
シートに身を預けた二人はすぐにベルトを締め各部チェックを急ぐ。
「戦闘システム起動。行けますマスター」
「《ゼルヴィード》、出るぞ!」
ドォウン!!
科学燃料の爆発燃焼が機体を揺らす。加速された《ゼルヴィード》のコクピットはまるで地震のような揺れだ。二人ともシートとレバーにしがみつきながら暗い宇宙を睨む。
「戦闘空域までどのくらいだ!?」
「421秒です!」
「間に合えよ……」
これ以上の加速は機体もヒビキ達も耐えられない。今は仲間の無事を祈るしか無かった。
ドゥン!
艦の近くで爆発が起こった。最後の艦載機、《コスモダガー》の爆発だ。
「加藤機、大破!コクピット分離確認」
「これで護衛機は全滅……」
「対空機銃も六割が破壊されています。誘導ミサイル残弾ゼロ!」
絶望感がブリッジ内に満ちる。《DD4(ディーディーフォー)》も《ハーベルティア》もまだ健在ではあるが、その戦闘力はほぼ奪われ丸裸に近い状態であった。
「私達を生け捕りにしようというの……?」
周囲を飛行する正体不明の機動兵器。地球連合軍の使うアームドキャリバーに近いサイズと戦闘力を持っているようだがパイロットの練度は雲泥の差だった。三年生、四年生で構成される《ハーベルティア》のパイロット達は数で勝っていながら一方的にやられてしまったのだ。
「ネシオンとは違うみたいだけど……」
「宇宙海賊なら、生け捕りにしようってのもわかるわね」
ひきつりながらそんな事を言う操舵士の前に、バズーカを持った一機が近づいてきた。
「キャアアア!」
独特の無機質な面長の顔を持つその機動兵器の“一つ目”が規則的に光る。
「ひ、光通信?」
「なんて言ってるの?」
怯えながらもそれを判読した通信士が震える唇で答えた。
「ぶ……武装解除し、投降せよ、30秒待つ」
「やっぱり海賊か!」
騒然とするブリッジの中でミユキが訝しむ。
(地球の光通信を使用した?相手は地球人なの……?)
しかし今はそれを考えている場合ではなかった。地球人だろうが宇宙人だろうが海賊行為をするなら敵に違いない。無法者にむざむざ投降するなど連合軍人としてあるまじき行為、しかしこの新型艦と乗組員達の命を道連れにするべきなのか。
「艦長!」
ブリッジクルー全員が自分を見る。その先で海賊のマシンがブリッジにバズーカを向けた。ミユキがいよいよ震える声で投降を口に仕掛けた時。
青白いエネルギーの矢がその海賊マシンを横凪ぎに貫いた。
中枢を焼かれた敵は《ハーベルティア》から少し離れた所で爆散する。
「!」
「き、救援!?」
レーダー手をが急ぎ詳細を確認し、叫ぶ。
「接近するアームドキャリバー一機、《アンカレッジ》からです!」
「命中しました!すごいですマスター!」
「ま、当然だな」
当たり前のように言って見せるが、正直ヒビキも自信は半々くらいであった。レイ・ライフルのオーバーシュート射程ギリギリ。《ゼルヴィード》のFCSとプリムラのサポートがあってもこの超遠距離、しかもブースターで加速したままの状態で狙撃というのは難易度が高すぎる。下手をすれば逆に《ハーベルティア》のブリッジを吹き飛ばしかねない。
(みすみす敵にやられるのを見ている訳にもいかないしな……当たってくれて良かったぜ)
ホッと胸を撫で下ろすのも一瞬。《ハーベルティア》に接近し防衛位置につく。
「こちらは《アンカレッジ》所属パイロット、仙崎だ。全員無事か?」
「こちら《ハーベルティア》艦長、神宮寺ミユキです。アームドキャリバー六機がやられましたが全員脱出を確認しています。救援ありがとうございます!」
まだ若い少女の声が帰ってくる。ヒビキも話すのは初めてだがその優等生の事は知っている。輸送船が無事なのも彼女の指揮が良かったからなのだろう。
「了解だ。《ハーベルティア》は《DD4(ディーディーフォー)》を守りつつ後退しろ。ここは自分が受け持つ」
「しかし、一機では!」
「輸送船の護衛は最優先だ。指示に従え!」
やや語気を強めたヒビキにミユキが言葉を飲み込む。
「り、了解です」
よし、と通信を切ってヒビキは接近してくる敵の機体に目をやった。
「プリムラ。機数と、種別は?」
「数は4。機種は不明ですがサイズ、速度共に《フェリオン》に近いようです。ネシオンでしょうか」
「どうだろうな、っと!」
敵が攻撃をしてきた。ライフルやバズーカの火線から《ゼルヴィード》を退避させながら持ってきた予備の電磁ライフルを構える。レイ・ライフルの冷却はまだ終わっていない。
接近してくる一機にロックオンカーソルを合わせる。くすんだアイボリー色の機体だ銃火器を持っているのと、推進器を兼ねた足が三本あるのが印象的だった。
「ブースターを切り離せ!」
「了解!」
プリムラが長大なブースターを切り離す。身軽になった《ゼルヴィード》を敵の“三本足”の後ろに回り込ませて、その背中に電磁砲身で加速された弾丸を叩き込んだ。
敵は《ゼルヴィード》の性能とヒビキの操縦にはついてこれないようだった。五発も命中したところで“三本足”が爆発を起こし火球と化す。
「次!」
下から接近する別の一機のロケット砲を急制動で回避。ランダムの回避運動をしながら近づいてくるその機体は、自動操縦のマシンの動きには見えない。
「しかし、ケンよりは動きが甘いな!」
ヒビキも回転するように回避運動を取りつつ敵三機の間を駆けた。
「ロッドミサイル、発射!」
《ゼルヴィード》伸ばすさ両脚ブースター部の装甲がスライドし、細長いミサイルが一本ずつ発射される。高い誘導性能を持つミサイルを避け切れず“三本足”が爆発して消えた。
「左から、射撃です!」
「おう!」
バズーカとミサイルで攻撃する機体の横から、同型の赤い機体が猛スピードで接近してきた。その手には凶悪な形の金属製の棍棒が握られている。まともな軍隊の装備でないのは明らかだ。
「こいつがリーダーか?」
援護射撃にも気を配りながらその赤い機体の殴打を避ける。通過していった敵機にライ
フルでを撃ち込むが、赤の“三本足”は左手に持っていたマシンガンを投げてヒビキの攻撃を防いだ。
「何!」
マシンガンの爆発が一瞬モニターを焼いて視界が失われる。モニターが元に戻った時には、目の前で赤い“三本足”が棍棒を振り下ろそうとしていた。
「マスター!?」
「舐めんなぁーッ!」
焦りよりも怒りでヒビキはメーザーソードを抜いた。ギリギリでソードが棍棒を受け止めて逆に切り裂く。
「ヤルナ」
「!?」
赤い機体から近距離回線で、酷くイントネーションの崩れた言葉が聞こえた。
(声……女?)
そこに右手からキャノン砲の攻撃が飛んでくる。《アンカレッジ》から出てきた仲間の援護射撃だった。
敵の赤い“三本足”は不利を悟ったか一気に《ゼルヴィード》から離れると残った味方機を連れて高速で離脱をしていく。
「追いますか?マスター」
「いや、あれは手練れだ……ここは見逃そう」
ヘルメットを脱ぐ。髪は汗でぐっしょり濡れていた。久々に冷や汗をかかされた事に苛立ちながらヒビキはやってきた味方の《コスモダガー》に脱出した《ハーベルティア》のパイロットの乗ったポッドの回収を指示した。
「ネシオンじゃなかったな」
「そのようですね」
コンピューターでの自律操縦で動くネシオンの機体は銃を投げ捨てて目眩まし等にはしない。そして二人が聞いた声。今戦ったのは間違いなく有人機だ。
「となると宇宙海賊か。この辺で活動する地球人の海賊なんかいないと思うが」
「でも、私達の言葉を使っていましたよね」
「その辺りは今ここで考えていても仕方ないな」
ヒビキは一旦気持ちを切り替えることにした。《ゼルヴィード》を輸送船に接近させる。
「《DD4(ディーディーフォー)》、こちら仙崎ヒビキ。無事か?」
「ヒビキか!助かったぜ」
輸送船のブリッジから中年男性の声が返ってきた。
「お知り合いですか?」
「ああ、長年に食料を搬送しているヨコザワさんだ」
「よろしくな、お嬢ちゃん」
「ヨコザワさん、荷物は無事か?」
ヒビキの問いに通信モニターの向こうで無精髭で痩せぎすのヨコザワが肩をすくめる。
「おいおい、大事なのは俺じゃなくて荷物の方かよ」
「みんな首を長くして待ってるんだぜ、ヨコザワトラックをさ」
「ありがてぇこったな。さぁ《アンカレッジ》まで行こうか。また襲われちゃたまんねぇ」
「そうだな」
《ゼルヴィード》以下アームドキャリバーは《ハーベルティア》のカタパルトに着艦する。
「《ハーベルティア》、全員着艦した。警戒態勢を取りながら《アンカレッジ》へ帰投。よろしいか?」
「承知です。救援、ありがとうございました」
「クルーに順番に休憩を取らせてもいいが、気は抜くなよ」
そう言ってヒビキが通話を切った後、《ハーベルティア》のブリッジは一気に助かった安堵よりも先に嬌声が響いた。
「カッコいいー!」
「あの人がヒビキさんなんだ。スゴい!強いしステキ!」
「ウチの頼りないパイロットとは大違いね!」
「彼女とかいるのかな!?」
普段ならそういったクルー達をピシッと嗜めるミユキもまた、不覚にもヒビキの乗る《ゼルヴィード》に見とれてしまっていた。
(仙崎、ヒビキさん……)
《DD4(ディーディーフォー)》が到着した後の《アンカレッジ》はおよそお祭りに近い騒ぎとなる。
積んできた荷物は近隣の農業惑星からの新鮮な農産物や畜産物。《アンカレッジ》の中ではとても生産できない新鮮で大量の食品は宇宙生活には何よりの褒美になる。
艦内の食堂は男女関係無くごった返し、勝手なおかわりなどしようものなら周囲から鉄拳すら飛ぶ事も覚悟しなければならないほどの大盛況。特に天然肉ステーキ、しゃぶしゃぶの待機列はあっという間に三時間待ちコースに入った。
教師や大人連中も仕事は切り上げ焼き鳥とビールを満喫し、普段大人しくて地味なコンビニのメガネのねーちゃんもハンバーグを貪り食っている。
「スゴい騒ぎですね」
ヒビキとプリムラも商店街でケバブとフレッシュフルーツジュースを楽しみながら《アンカレッジ》の様子を眺めていた。
「普段合成食ばかり食わされているからな。新鮮な肉と野菜はヨコザワさんが運んで来てくれないと食えないんだ」
「だからマスターもあんなに急いだんですね」
「そもそもこんな辺境まで輸送船転がしてくれる民間の人はあまりいないんだ。危険な目にも遭うし拘束時間も長いし。だから食料も大事だけど運んできてくれる人も大事にしないといけない」
「なるほど。覚えておきます」
プリムラはポーチからピンクのウサギシールが貼られたメモ帳にペンで書き込んでいく。
(コイツ本当にアンドロイドなのか?)
とヒビキはよく思うのだが今は肉汁の溢れるケバブを楽しむのに集中する事にした。
《DD4(ディーディーフォー)》が持ってきたのは食品だけでは無い。軍の輸送部隊では送って貰えない地球圏の新作映画やドラマ、スポーツ映像、ゲーム、カラオケなどのメディア(それでも公開から一ヶ月以上遅くなってしまうが)娯楽も大事である。艦内にある三つの映画館は立ち見でパンパンになり、あぶれた人は大きなモニターのある飲み屋やホールに流れて行った。
「よ、ヒビキ。ありがとな」
二人の所にビールと焼き鳥の串を持ったヨコザワがふらふらやってきた。当然もう顔は真っ赤である。
「大丈夫ですか?ヨコザワさん」
「大丈夫に決まってんだろー。もう飲まなきゃやってらんねぇよこちとら500光年もフネに閉じ込められてんだゾォ」
「ダメっぽいなこりゃ」
泥酔しているヨコザワにとりあえず水を飲ませる。
「あー水うめぇ。とにかく助けてくれてアリガトってこった」
「いや、こっちこそウマいモノたくさん運んできてくれて助かってるよ」
「宇宙生活は大変だからな。お互い様ってな」
ガハハと笑うヨコザワの姿はもうただの酔っぱらいの作業員みたいだが、これでもヒビキの言う通り《アンカレッジ》には重要な人物なのだ。
「今回は何日くらいいられるんだい」
「あー、《アンカレッジ》の採掘した資源を積んでから移動だから4日くらいかな。そしたら今度は惑星ドラムヘリアだ」
「ドラムヘリア!また遠いですね」
プリムラが目を丸くする。ドラムヘリアはここルモイから地球を挟んで反対側。ワープ航路を使っても最短で三ヶ月はかかる。
「しばらくまた会えないな。ゆっくり休んでいってくれよ」
「ああ、今夜はジュリちゃんにいっぱい甘えてくるわ。じゃあ二人とも、元気でやれよ」
そう言うとヨコザワはまた機嫌良く歩いて行ってしまった。
「ジュリちゃんって、飲み屋の人ですか?」
「ん……まぁ、そんなもんだな」
珍しく歯にものが詰まったような返事をするヒビキ。
「マスター?」
「いいじゃねえか。それより次のメシ行くぞ。新しいお菓子とかも売ってるはずだ」
「本当ですか!?行きます行きます!」
こうして《アンカレッジ》の長い夜が始まった。




