アンカレッジ・カーニバル(前編)
『highscore更新。仙崎ヒビキ、1103788ポイント』
電子アナウンスに続いて大型ディスプレイに表示された名前にアリーナで観戦していた生徒達から熱狂の歓声が上がる。
「ウソだろリュウジさんのスコア抜いたぞ!」
「流石ヒビキ先輩だな!」
「俺、あそこでブーストかけて包囲網突破できねえよ」
「アアンもうカッコ良すぎてヤバいンですけど!」
シミュレーターのポッドから出てきたヒビキが軽く手を振るとその歓声がさらに大きくなる。当の本人はそれにはあまり関心無くパイロット控え室に戻って行くのだがそのクールさがまた後輩の女子生徒達のハートに刺さるようだった。
「やるじゃんか、色男」
控え室の中で待っていたツカサがヒビキとハイタッチする。
「色男ってのはリュウジみたいのを言うんだろ」
「何言ってんだ、見ろよあそこの席の女の子なんかもう震えて動けなくなってんぞ」
「クッソ、俺が今から抜いてやるっつーの。見てろよ!」
息巻いて控え室を出ていくツカサのチームメイト、ケンを見送って全員が半笑いになる。
「抜けると思うか?」
「自分でも今のは運が良かったと思うからな……ケンには悪いがもう抜けないと思う」
「だろうな」
三ヶ月に一度の連合艦隊シミュレーション大会。この《アンカレッジ》だけでなく地球連合のパイロット全員が参戦する大イベントだ。一機でAIの操縦する敵機を何機倒せるかでスコアが決まる。
最終順位は一週間ほど後に出るが今のところヒビキがこの《アンカレッジ》で一位。以下リュウジ、ツカサ、少し離れて五年生のエースの鹿田トシヒコが続いている。ヒビキのスコアは総合順位でもかなり上を狙えると言っていいポイントであった。
「結構危ない所もあったからな。俺も今回は勝ちをゆずるさ」
金髪ロン毛のイケメン、リュウジがドリンクをヒビキに投げる。サンキュ、とヒビキはストローをドリンクに刺した。
プシュ。自動ドアが開いて次に控え室に帰ってきたのは半分目を回しているプリムラだ。ぐるんぐるんとピンク色の髪の毛を泳がせながらヒビキの腕の中に倒れ込む。
「おう、どうだったプリムラ」
「………………1013ポイントでした」
おおう……と控え室にいたパイロット達が言葉に詰まって嘆息した。
「1013って」
「なかなかそこで終われる奴はいないぞ。三機くらいしかやっつけてないんじゃないか」
「はい……すみません」
素直に頭を下げるプリムラにヒビキ達も何も言えなくなってしまう。
「天才パイロットも先生としては三流以下ってとこだな」
「明日からまた特訓だ」
「ひぃぃぃ……お手柔らかにお願いしますぅぅぅ」
二人のやり取りに笑いが漏れて、皆ディスプレイに目を戻す。そこには《ハイフェリオン》で次々とAI機を焼くケンの活躍が映し出されている。
「凄いですねケンさん」
「実力はあるからな、しかし……」
「踏み込み過ぎだ」
いつもとは違う厳しい視線のツカサの言葉。それに呼応するように死角から撃たれた敵のミサイルがケン機のウィングを破壊した。推進機を一つ失ったケンの動きは見る間に鈍くなっていく。
やがて敵機に取り囲まれたケンは奮闘空しく撃破されてしまった。
「8809211ポイントか」
充分に平均のパイロットを上回る成績だったが、リーダーのツカサは全く満足する気配はない。
「アイツも帰ってきたら特訓だ、クソっ」
「ケンももう少し冷静さがありゃな」
やれやれとツカサとリュウジは自室に帰っていった。
「ところでマスター、前から気になっている事があるんですが」
「何だ?」
「何で《アンカレッジ》の人たちはみんなアジア系、というかニホンの名前の人ばかりなんですか?」
「ああ、《アンカレッジ》の建造が《セト》コロニーだったからな」
この宇宙開拓時代、もはや人種と言うのは無いと言って良いほど混血が進んでいたが、戸籍というシステムが残る以上姓名は受け継がれていた。見た目はヨーロッパ系、アフリカ系であっても日本姓というのは珍しい事ではない。
《セト》というのは優れた造船技術師が集まる事で有名なコロニーで昔から日系人が多く住んでいる。士官学校艦である《アンカレッジ》は連合艦隊が優れた軍人を養成するため急遽建造した船でその生徒も建造地である《セト》コロニーの子供達から急ぎ集められた為に日系姓名が多いと言う事情がある。
「なるほど、納得しました」
「こうやって入学してしまえば少なくとも六年は親元から離れるからな。ホームシックで帰っちまう女の子も多いが、この《アンカレッジ》はまだドロップアウト率は低いんじゃないか。逆に子供と離れたくなくて艦内の食堂やコンビニに就職している人もいる」
「へえええ」
《アンカレッジ》は名目上は士官学校だがその生徒数が多いためその生活を支える小規模な街がある。そこには食品店や衣料品店、病院から果てはカラオケボックスまで様々な店があり、軍人ではない一般の大人もそれなりに居住している。
「プリムラはホームシックとかならないのか?」
「あんまりよくわからない感情です。今はパイロットとしての技術を身に付けないといけないですし」
「つーか何でその肝心な戦闘技術が身に付かないんだよ」
「が、ガンバりますぅぅぅ」
そこにしょんぼりと肩を落としたケンが帰ってきた。
「おう、お疲れ」
「うるせー!クソーあんなところで……あれ、アネゴ達は?」
キョロキョロとリーダーを探すケンに、プリムラが言いにくそうに小さい声で答える。
「二人とも帰っちゃいました……結構前に」
「薄情!」
青紫色の装甲に身を包む航宙特型駆逐艦《ハーベルティア》は長距離ワープゲートから姿を表した一隻の輸送船の姿を認め、伴走するように回頭をした。
その輸送船から《ハーベルティア》のブリッジに通信回線が開かれる。
「こちら《DD4》(ディーディフォー)。遅れてしまってすまない、《アンカレッジ》までエスコートを頼む」
「こちら《ハーベルティア》。了解です。航路五番。第一巡速でお願いします」
「了解だ。カワイコちゃん」
ブチッ。
軽薄そうな中年男と思われる船長との回線を容赦なく通信士の女子生徒は切った。その横で操舵をする同級生のショートカットがボヤく。
「全く、この《ハーベルティア》の初任務がこんなオンボロ船の護衛なんてねぇ」
「ほんとよね。乗ってるのもなんかオッサン臭さ丸出しだったし」
「こんな辺境に来る民間の輸送船なんてそんなもんでしょ。見てよあのボロボロの船体。何年補修してないのかしら」
ゲート宙域で長いこと待たされた事にストレスが溜まっていたせいか、一気に愚痴を洩らし始める女子生徒達。
「任務中ですよ皆さん」
それらを嗜める鈴の音のような凛とした声がブリッジに響いた。
艦長席にいる黒曜のように美しい黒髪と白磁のような白い柔肌の美少女、神宮寺ミユキの言葉に私語を止めるブリッジクルー達。
「それにの船には《アンカレッジ》乗組員全員の食料や生活物資が積まれているんです。それを運んできて下さった人にそのような物言いは失礼でしょう」
「すみません、キャプテン」
「分かればよろしいですわ」
ミユキは満足そうに頷き、操舵士の生徒に第一巡航速度の命令を出した。
《ハーベルティア》は先のセリフにあったようにこの航海が初任務である。過酷な外宇宙での航行や戦闘に耐えうるよう新たに開発された特別製の戦闘艦だ。
主砲は八門。各種対空兵装に加え駆逐艦クラスでありながら人型兵器を六機搭載。短距離射出カタパルトまで備えたプチ戦艦とも言える連合軍の新戦力の第一号艦。
そのキャプテンシートに座る神宮寺ミユキも航宙科始まって以来の才女と名高い優秀な生徒だ。五年で全カリキュラムを修了し、この新型艦の艦長を任される程である。父親は連合艦隊の少将で幼い頃よりボードゲームがわりに艦隊シミュレーションを嗜んできた生粋のエリートだった。
(まずはここから。この《ハーベルティア》で経験を積んで早くお父様のように立派な艦隊司令にならないと……そして素敵な王子様のような旦那様をお迎えし、神宮寺家を継いでいかなくては)
少々先走った未来予想図を持つ年頃の少女でもあるが、任務については忠実である。ふと現実に戻りブリッジ右手のナビゲーターの生徒に声をかけるミユキ。
「ユウコさん、《アンカレッジ》に通信を。本艦は《DD4(ディーディーフォー)》と合流。これより帰投すると」
「了解です!」
小気味良い返答に満足して頷くミユキの耳を、叫び声に近いレーダー手の報告が打った。
「艦長!前方より熱源!」
「何ですか!?」
「不明!いえ、高エネルギー体です!」
その言葉の直後、真っ赤なビーム光が尾を引いて《ハーベルティア》の左舷を通過していった。
「キャッ!」
「ビ、ビームじゃないの!?」
「ウソでしょ?敵!?」
「落ち着きなさい!」
慌てふためく女生徒達を一喝するミユキ。
「《DD4(ディーディーフォー)》の前に出ます!全艦、第一種戦闘配置!砲門開け、《フェリオン》隊展開、《コスモダガー》隊は出撃準備!」
「り、了解!全艦第一種戦闘配置!」
「敵の種別と数の確認を急ぎなさい!」
「ラジャー!」
ミユキの鋭い指示で後輩達は軍人として機能し始めた。
(ここまではいい、ここまでは)
知らないうちに細い喉が鳴る。いくつもの戦闘シミュレーションをこなしてきたミユキも、これが初の実戦である。しかも前触れもなく現れた正体不明の敵。どう戦うのが最適なのか見当もつかない。
(お父様……!)
首からかけたロザリオに手をやりながらミユキは前方の暗い宙域を見た。その向こうから再び赤い閃光が飛びかかって来る。
「キャアアアアア!」
「落ち着きなさい!」
敵のビームは、先程よりも《ハーベルティア》の近くを通過していた。
まったりとソファーで昼寝をむさぼっていたヒビキは、緊急通話のアラームに起こされた。同じ部屋で戦闘教本を読んでいたプリムラが受話器を取ってヒビキに渡す。
「はいこちら仙崎……何だアカリか」
呼び出して来たのはレーダー科のアカリであった。いつになく切羽詰まった声音だ。
「何だじゃないよ!緊急出撃!急いでヒビキくん!」
「何だってんだ急に」
「輸送船の護衛に行った新型駆逐艦が正体不明の敵に襲われてるの!すぐ助けに向かってって校長から」
その言葉にヒビキも一瞬で脳を覚醒させた。
「新型艦ってあの《ハーベルティア》とか言う船か。輸送船は何隻だ?」
「一隻!ええと……《DD4(ディーディーフォー)》って船だよ!」
「《DD4(ディーディーフォー)》だと!」
いよいよヒビキの目が大きく見開かれる。分かった!と叫んで受話器を投げ出すと、プリムラの首根っこを引っ付かんでヒビキは部屋を出た。
「な、なんなんですか!?」
「《DD4(ディーディーフォー)》は大事な船だ。落とさせる訳にはいかん。急ぐぞ!」




