宇宙のタケノコ(前編)
辺りには稼働しているネシオン機は見当たらない。強行偵察班の設置したレーダーは要塞砲の一撃で吹き飛んでしまったが完全に敵勢力は排除できたようだった。
プシュ……。《ゼルヴィード》のコクピットハッチを開き、自分達の目で工場跡地を見たヒビキとプリムラは、しばし絶句した。
巨大な火口を持つ火山の中腹がごっそりと抉られるように無くなっている。まだ宙を舞っている灰と砂粒が風に流されてバチバチ肌に当たり痛い。
「これから、どうなるんです?」
プリムラが心なしか寂しそうにヒビキに聞いた。何故そんな雰囲気を出すのか聞く前に、とりあえずヒビキは質問に答える。
「一応、あの工場跡を調査して、他にもネシオンを生産拠点が無いか探しながら採掘を進める感じだな。本職が来てくれたけどそれで《アンカレッジ》の生徒達が暇になるワケじゃない。俺達も暫くは忙しいだろうな」
「そう、ですか」
その位の事はプリムラにもわかっている。
プリムラが気にしているのはネシオンを滅ぼしてもいいのかという点だった。確かに今は《アンカレッジ》と敵対関係になってしまってはいるが、本当にこのまま全て撃退してもいいのか。機械の身体を持つプリムラにはその是否が決められないでいた。
じっと工場跡のクレーターを見つめるプリムラの肩をヒビキが軽く叩く。
「なぁ、プリムラ」
「な、何ですか?」
「いや、出撃前によ……子供がどうこうとか言ってたじゃないか」
言われて思い出す。もう随分前の事のようだが、実際は一時間程度しか経っていない。
「あ……はい」
「何が不満だったんだ?別に俺は子供欲しいとかあの海賊女が可愛いとか言ってないだろ?」
「そうですけど……」
「それに、神宮寺だって別に俺とは……」
二人がよくわからない平行線の会話を始めようとしている所にツカサが割り込んできた。
「二人とも、まだ作戦終了じゃないよ。帰るまでは無駄口叩くんじゃない」
「そうだな」
「……それとヒビキ。アンタは少しはプリムラの気持ちも考えてやんな」
「え」
と口にしたのはプリムラだったが。ヒビキもよくわからなくてかぶりを振る。
その時。
ゴゴゴゴゴゴ!!
先程の要塞砲の攻撃と同等、いやそれ以上の震動が辺りを襲った。
「な、何だ!」
ドォゥン……!!
目の前の火口からものすごい量の噴煙が噴き出し始めた。あの巨大弾頭の爆発で火山が活性化されたのかと思ったが、それは違った。
「マスター!?」
「カーボニックだぜ……」
噴火ではない。それ以上に想定外のモノがヒビキ達の目の前に出現した。
「何だよありゃあ」
六十谷隊長も呆れた声を出す。高熱のマグマの中から機械の塊が姿を現すなど、地球の常識では考えられない。
火口から出てきたのは、円錐形の銀色の超巨大人工物。俗な言い方をすればそれは“銀のタケノコ”という比喩がぴったりであった。雨後の筍という古語の通り巨大人工物はどんどんと火口から上に伸びてきている。
「どどどどうするよ!」
「どうするったって、今の戦力じゃ……!」
“タケノコ”がネシオンのメカであるのは間違いないだろう。その外周には砲塔やミサイル発射口らしきものが並んでいるのが見える。
一方でヒビキ達や陸戦隊は満身創痍で無力に等しい。ここから第二ラウンドとか言われても、今度こそ尻尾を巻いて逃げるしか手は無い。
「恐るべしネシオン……!」
六十谷隊長が憎々しく“タケノコ”を睨むが、当の“タケノコ”は一向に攻撃の様子は見せなかった。
「何をしようって言うんだ?」
おおよそ高さ一キロ程度にもなったろうか。火口から伸びた“タケノコ”はその根本から噴煙と対照的な白煙をもうもうと噴き出し始めた。止める間も無く巨大人工物は火口から離れ空へ向かって飛んでいってしまう。
「……ロケット?」
「まさか、向こうが脱出を?」
ツカサが呟く。しかしあれだけ徹底的に戦闘を遂行するネシオンがここで撤退をするだろうか。工場も破壊され、資源も無く宇宙に向かった所で。
「いや待て!」
嫌な予感にヒビキは慌てて《ゼルヴィード》のコンソールを操作した。ルモイの地図と周辺宙域の情報をリンクさせる。最後に“タケノコ”の推定上昇速度を入力し、モニターに表示されたものは。
「奴ら、《アンカレッジ》に……!」
「何だと!?」
《ゼルヴィード》のコンピューターは、83%の確率でネシオンのロケットが《アンカレッジ》に接触するという予想を出していた。この状況でそれ以外の結果を信じるというのはいくら楽観的なケンでも難しい。
《アンカレッジ》には最低限の戦力しか残されていない。《アンカレッジ》が破壊されれば地上にいるヒビキ達も当然全滅だ。
「姐さん、どうする!」
「どうするったって……」
ツカサが全く動けない愛機の中で思考を巡らせる。
要塞砲の射程からはもう“タケノコ”は離れてしまった。
陸戦隊はこの作戦のために完全陸戦装備で来ている。ジャンプポイントまで帰っても換装しなくては宇宙戦はできない(そもそもこの数の陸戦隊を宇宙に上げる船が無い)。
ヒビキとリュウジ、ケンは宇宙にさえ上がればまだ戦闘は継続できる。しかしこの3人と《アンカレッジ》の《フェリオン》《コスモダガー》であの“タケノコ”を破壊出来るだろうか。それに三人を上げるジャンプシップもどの位で《アンカレッジから降りて来るか……》
(とはいえ、それしか無いんだよな)
ツカサが考えを固めた所で、黒灰の分厚い雲を割り巨大な蒼い艦が姿を見せた。
「《ハーベルティア》!」
「仙崎先輩、ご無事ですか!?」
通信を繋いで来たのは《ハーベルティア》艦長の神宮寺ミユキだ。心配そうな顔を見せるミユキにヒビキは余裕も無く答える。
「神宮寺、《アンカレッジ》が危ない。すぐ俺達を乗せていってくれ!」
「状況は把握しています。申し訳ありませんが陸戦隊の皆様を乗せる余裕が……」
「我々には構わんでいい。どうせこのままでは戦えん。直ぐに《アンカレッジ》援護に迎え!」
六十谷隊長の命令にビッと敬礼を返すミユキ。ヒビキ達は動けないツカサの《ハイフェリオン》を抱えて《ハーベルティア》の格納庫に速やかに乗り込んだ。
「いいぞ、出してくれ!」
「ハッ!《ハーベルティア》発進!大気圏離脱後、《アンカレッジ》防衛戦へ移行!」
《ハーベルティア》は連合軍でもまだ珍しい大気圏内外両方で使用できる戦闘艦だ。まだ実験的な部分が多く大気圏内での能力は半分以下まで下がってしまうが、専用のブースターやカタパルト無しに重力圏を離脱できるというのは貴重である。
《ハーベルティア》は最大戦速で一気に雲を突き抜けて上昇した。気がつけば外は真っ暗な宇宙空間だ。多少震動が落ち着いたところでデッキクルーが《ゼルヴィード》と《ハイフェリオン》の補給に取りかかる。
ヒビキもプリムラと共に機体の戦闘OSを無重力下モードに切り替えながらミユキに通信を繋いだ。
「《アンカレッジ》はどうなっている?」
「戦闘距離に入るまであと10分もありません。《アンカレッジ》は対象を《ステンバンブー》と呼称することにしたようです」
「……ダセェ名前だな」
「言ってる場合ではありません先輩。《ステンバンブー》は全長1116メートル。あのマグマの中からほぼ無傷で宇宙空間まで来たことを考えると相当の装甲を持っていると推測されます。例え武器を全部潰しても本体で体当たりをされれば《アンカレッジ》はバラバラにされてしまうでしょう」
「とんでもねぇ切り札を持ってた訳か」
「ネシオンがどう判断したかはわかりませんが、我々の本拠地が宇宙にあると推測されたのかもしれません。目論見通り《アンカレッジ》が破壊されれば我々は拠点を失い全滅……結果的にネシオンはこの星を守れるという事でしょうか」
「今はそこまで考える暇は無いな……援護射撃、頼むぞ」
「ハイ、先輩もお気をつけて」
モニターの向こうで敬礼をするミユキの眼差しは、しっかりとした軍人のそれだった。疲労しているヒビキには頼もしくすら思えるほど。
通信が切れ、次は同じデッキ内に並ぶ《コスモダガー》の一機、戸川ヨシノのコクピットに回線を開く。
「戸川、すまんジロウは置いてきちまった」
「あ、はい大丈夫です。ジロウさんも無事のようですから……今度は私ががんばります」
「そうだが……厳しい戦いになる」
《アンカレッジ》には接近してきた小さな隕石を破壊する程度の小型レーザーしか装備がない。119陸戦隊を運んできた艦もそうだろう。となると少数のアームドキャリバーと《ハーベルティア》の主砲がこちらの総戦力になる。あまりにも心もとない。
「無理はするなよ、お前が死んだらジロウが悲しむ」
「……ハイ」
コクピット内のレッドランプが消えた。《ゼルヴィード》と《ハイフェリオン》の補給が終わったようだ。おそらく大気圏降下前からミユキが補給の用意をさせておいたのに違いない。ヒビキは改めてミユキの優秀さに舌を巻いた。
(全く、優等生だぜ)
「マスター、ツカサさんから通信です」
「おう」
忙しく通話パネルを切り替える。ツカサはもうハーベルティアの指揮所に移動しているようだった。
「ヒビキ、アタシはここでハーベルティア隊を指揮する。お前達は臨機応変にやってくれ」
「ああ、任せる」
「……勝てそうか?」
珍しく少し気弱な声を出すツカサ。リュウジとケンに通信を繋いでないのはそういう姿を見せたくなかったからか。
「データが少なすぎるし、どう見ても見かけ倒しじゃ無いだろう。でも殺らなきゃ俺達は全滅だ。死に物狂いで戦うしか無い」
「そう……だな」
「お前がそういう顔をしているとみんなが不安がる。いつも通りの調子でいてくれ」
「気休く言ってくれるな」
「実際戦うのは俺達だぞ。連中の面倒はしっかり見てくれよ」
「わかったよ」
ブツッ、と通信が切れてようやくコクピットの中が静かになる。
「プリムラ、疲れてないか?」
「私はアンドロイドですから……マスターこそ、大丈夫ですか?」
「ちょっとドリンク取ってくれ。お前もキャンディ舐めてろ」
「ハイ」
プリムラがコクピット内のダッシュボードから疲労回復用のドリンクゼリーを取ってヒビキに渡し、自分も小さな飴を口にした。
「ん、美味しいです」
「元気無いと戦えないからな。よし、行くぞ」
《ハーベルティア》のデッキクルーがGoサインを送ってきた。ヒビキはカメラアイを二回、ウィンクするように瞬かせる。パイロットの使う“ありがとう”のサインだ。
カタパルトに機体が固定され強いGと共に《ゼルヴィード》が、そして二機の《ハイフェリオン》が順次発進した。
《ステンバンブー》は衛星軌道に乗りゆっくりと、しかし着実に《アンカレッジ》に迫ってきていた。陽光を弾く銀色の巨体が目に眩しい。その後部のハッチが開き、小型戦闘メカが展開する。その数およそ70以上。
「護衛機までいるのかよ」
「どうするヒビキ」
余裕の無いリュウジの声を聞くのは初めてのような気がする。ヒビキも小さく喉を鳴らした。
「取り巻きは《ハーベルティア》隊に任せる。俺達はデカブツの砲塔を潰すぞ!」
《アンカレッジ》も衛星軌道から離れるように後退している。遠距離攻撃能力を奪えば《アンカレッジ》が生き残れる可能性が高まる。
「了解、落とされるなよ二人とも!」
「そう言うケンが一番心配だよ」
「うるせぇ!行くぜ!」




