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迷走するエゴ


もわっ。


ヒビキが半円球の金属の蓋を取ると、濃厚な香りの煙が溢れその後から飴色に光る肉やチーズが姿を現した。それを見たミユキが手を合わせて歓声を上げる。


「まぁ、美味しそう」


「本当は少し時間を置いた方が更に美味くなるんだが……そこのチーズ食べてみな」


ヒビキの言うままにチーズを掴んだミユキ。口に含むと普通のチーズでは味わえない独特の香気と苦味を含んだクセのある旨味が口の中に広がる。とても保存用のものとは思えない。


「んんんー!美味しいですわ仙崎先輩!」


「そりゃ良かったよ。でもせっかくの休暇をこんなとこで過ごしていいのか?」


「今ワタクシ人生一幸せですわ!」


「お、おう」


黒い真珠にも似た瞳をキラキラ……いや、ギラギラさせて言うミユキに少したじろぎながらヒビキは他の燻製釜も開けて、隣の鍋の様子も見る。


二人は今、ルモイの地表で採掘地近くにいた。採掘科の生徒の警備任務で降りてきていたヒビキの所に休暇中のミユキが遊びに来た所だ。


二泊の任務のため、ヒビキは《アンカレッジ》の中ではできない(調理免許が無いため)料理に腕を振るっていた。


「これは燻製の煙だけでこの味になるのですか?」


「まさか。ビニールに調味料と一緒に漬け込んでしばらく下味を染み込ませておくんだ。このベーコンは塩とスパイスを練り込んで、燻製にする前に水で洗う」


「……それ、まさか《アンカレッジ》の先輩の部屋で?」


「俺は肉と調味料を袋に突っ込んだだけさ」


「また屁理屈ばっかり」


言葉とは裏腹に口に手をあててクスクスと笑うミユキは、普段の堅い艦長のイメージは無く可愛らしく見えた。ヒビキも笑いながら鍋からパスタをあげてトマトペーストを温めて置いたフライパンに落とす。そこにチーズを撒き、溶けたところでふんだんにパセリを置いた。


「お待たせ、さぁ食いな」


「いただきます」


小さなテーブルと椅子で行儀よく食事をするミユキ。


「美味しいですわ先輩。ありがとうございます」


「親元じゃもっと良いもの食べてたんだろ?」


「そんな……本当にお世辞抜きですよ」


「ありがとな」


ヒビキも自分の皿に盛ったパスタをガツガツと食う。ルモイの太陽である所の主星ru-01が傾き、空はゆっくりと夕暮れに染まりつつある。


「でもどうして……」


「ン?」


「どうして仙崎先輩はそんなに自分でお料理をするんですの?」


「48時間拘束任務をこんなクソマズイ携帯食料で乗り越えろって言うのか?」


ポケットから小さなカロリーバーを出して振って見せる。乾燥したパサパサのカロリーバーは栄養は十分でも、パイロット達の腹も心も満たすには力不足過ぎた。


「ま、趣味ってのもあるけどな。パイロットは歳食ったら辛いって言うから、引退したらコックをやるのも悪くないだろう?」


「先輩がコックになるの、楽しみにしていますね」


フフ、と笑ってからミユキは思い出したようにヒビキの後ろに駐機しているアームドキャリバーを見ながら訊いた。


「そう言えばあの生徒さんは今日は一緒じゃ無いんですの?」


そこにあるのは《ゼルヴィード》では無く、借りてきた《ジークダガー》であった。《ゼルヴィード》はプリムラがいなければ操縦ができない。


「ああ、ちょっと調子悪いらしくてな。最近なんか元気が無いんだ」


「それは心配ですわね」


ミユキも恋敵とは思っていてもあの小動物のようなプリムラが調子が悪いと聞けば心配にはなる。育ちが良く性根も優しいからだろう。


「少しすりゃ元気になると思うんだが……」


夕暮れの空を見上げる。薄い雲の向こうにちょうど《アンカレッジ》の小さな光が見えた気がした。








プリムラは嘘をついていた。


(マスター……)


小さな自室で鏡を前に、今日何度目かの溜め息をつく。


寝不足(アンドロイド的に言えば休息不足か)のせいか目の下の隈が酷い事になっている。こんな所まで人間らしくする父親の拘りぶりには、娘ながらに少しヒく。


ウォールウィンドウには先日、ネシオンの廃工場で見た金属のレリーフが表示されていた。

ヒビキとプリムラが撮影したもので、今ごろ《アンカレッジ》の解析班が解読に心血を注いでいる事だろう。


(マスター……)


プリムラは嘘をついていた。


高度な解析能力を持つ彼女には、《アンカレッジ》解析班に任せるまでもなくそのレリーフに刻まれた文言の意味がおおよそ判断がついていた。


(“この宇宙より有機生命を排除し、機械文明による恒久の平和を”)


訓戒か、または教義なのだろうか。恐らくネシオンを作り上げた何者かによって残された物だろう。


なるほど平和と文明の“維持”だけを考えれば、生殖が不安定で行動原理にブレのある人間のような有機生命体は不向きかもしれない。事実地球では何度も戦争が起きその度に生命や文化が破壊されてきた。


機械の身体を持つプリムラにとっては、その主旨は一概に否定できる物では無いように思えた。


「でも私は人間らしく作られた存在。マスターも……」


また一つ溜め息を吐いて、プリムラはシャワールームに入った。










二日後、《アンカレッジ》のレーダールーム。


「じゃあプリムラちゃんまだ調子悪いの?」


ポキッと棒状のスナック菓子をかじりながらアカリが訊いた。隣には差し入れを持ってきたヒビキ。不幸にも級友が風邪をひいたせいで12時間当務だったはずが宿直当務になってしまったアカリに差し入れを持ってきた所だった。


「ああ、訓練の実績もイマイチでな。本格的に不調なら親元で見てもらえって言ったんだがハードは問題無いって」


「ハード?」


「カラダの事だろ」


「ああ、なるほどね……じゃあメンタル的な不調なのかな」


顎にスナックを当てて呟くアカリの耳にヒビキは口を寄せた。


「そういうの、アンドロイドにあると思うか?」


「ふつーは無いと思うけどプリムラちゃんはいろいろと特殊だし」


「そうだよな……自分をアンドロイドと思ってるだけで脳みそは実は人間でしたなんてオチかもしれんしなー」


「て言うかヒビキくんはプリムラちゃんの事どう思ってるの」


意外な質問にパックのバーレイティーを飲んでいたヒビキがむせる。


「どうってお前……ありゃ出来の悪い後輩だろう」


「じゃあ操縦が上手くなったら?」


「俺の役目は終わりだから……アイツは実家に帰るんじゃないか?いつになるかわからんけど」


「そうじゃなくって、プライベートな関係の話なんだけど」


「うーん」


正直ヒビキには話の焦点が掴みかねていた。プライベートでプリムラに限らず誰か女子と長く過ごした事など無い。強いて言えば目の前のアカリが今まで一番長く一緒にいた異性と言えた。


「ズバリ付き合ったりとか」


「ズバリそんな事していいのかよ。大企業の秘密プロジェクトだろ」


「いいんじゃないの?むしろいろいろ経験させたげた方が」


「そういう教師にはなれねぇよ俺は」


「だからそーゆーんじゃなくてー」


話がこじれ始め……というよりかなりこじれてきた辺りでビーッ!という耳障りな警戒音がレーダー室に鳴り響いた。


「何だ!?」


「警戒空域に仕掛けたレーダー機から!これは……輸送船の護衛ルートに不明機が接近してる」


「網にかかったか!」


ヒビキはバシ!と両の手を打つとアームドキャリバーの並ぶ格納庫へ走っていった。





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