デリケートガールズ
シャァァァ……。
適度に温められたお湯が霧に近いほどの細かい粒となって天井から降り注いでくる。シャワーを浴びれるというのは水資源のある惑星の近くにいるものの特権だ。
ピンク色の頭髪から滴り落ちる水滴は、白いうなじに落ちてそのまま豊かな胸元へと流れて行った。その肌には継ぎ目のようなものは全く無く、人間の少女と見分けがつかない。
(マスター……)
プリムラは胸中でヒビキの事を思いため息をついた。
「……これは、エラーだ」
胸元をおさえる。その下に脈動する血管などは無いはずなのに、そのあたりにじくじくと疼く“何か”を確かに感じる。
(私はヒトを模して作られたアンドロイド。感情はあっても、それはコンピュータが擬似的に作成したデータに過ぎない)
今日、ヒビキはツカサ達パイロットと食事に出掛けていった。プリムラは必修科目の授業があったので一緒に行けなかったが。
(ツカサさんが一緒じゃなければ、こんな風には思わなかったのかな)
ツカサがもしいなければ、この不思議な感情は覚えなかっただろうか。アカリだったらどうだろう。ミユキだったら……?
「……これはエラーだ」
もう一度繰り返し、ぶるぶると頭を振って水を切った。バスルームから出て髪と同じ色のふかふかのタオルで身体を拭く。
「……お父様、どうしてこんな機能を私に組み込んだのですか?」
《アンカレッジ》付近に奇妙な形の小型宇宙船が駐留していた。太いストローのような船体に、それを軸に回転するトラス、そしてその先に赤い屋根を持つ住宅のような形のブロック。
屋根には《チトセ》と書かれている。ヒビキ達はそのブロックの中にいた。
「あー、相変わらず旨ぇよとっつあん!おかわり!」
「あいよ!」
ケンの出したどんぶりを受け取って流しにぶちこむハチマキの中年の声が狭いブロックを震わせる。
「ケン、アンタこのあと待機組なんだから食いすぎるんじゃないよ」
「大丈夫だよ姐さん。むしろここでエネルギー溜めとかないと」
「チトセのラーメンは年に三回くらいしか食えないからなー」
「そうそう!」
ケンとヒビキが珍しく意気が合う。横ではリュウジがマイペースに細麺をずるずる啜っていた。
「そう言ってくれる奴がいるから、俺もはるばるこんな辺境まで来ちまうんだなぁ」
「とっつあんも物好きだねぇ」
《チトセ》というのはこの宇宙船の名前であり店の屋号である。扱うのはラーメン。それは新鮮な食材、スープに調味料、製麺装置、そして何より重力下という条件が揃っていなければ食べられないという宇宙開拓民には贅沢の象徴と言える料理になってしまっていた。
この《チトセ》の主人は、ラーメンが宇宙においてマイナーな料理として滅びてしまうのが堪えられず、こうして遠心力ブロックまで搭載した宇宙船を買ってあらゆる銀河で商業しているという強者である。
《アンカレッジ》には三年ほど前に寄港して、以来定期的に商売をしに来ていた。
「なんだかんだやっぱり塩が旨いよなー」
「いや、味噌が捨てがたいだろ」
「おいおいラーメンは醤油じゃねーか。豚骨醤油もヨシ」
「ケンカすんなって、何でも食わせてやるからよ。ホレ、おかわりだ」
「待ってました!」
どんぶりを受け取ってケンがチャーシューにかじりつく。狭い店内は10席ほど。後輩のパイロット科のジロウ達も連れてきたのでパンパンになっている。
「ラーメンは一つの味に縛られるようなモンじゃねぇ。もっとこう……宇宙のように無限の可能性のある食い物よ。だから俺はこうして宇宙の端々まで飛んで行くのさ」
パチパチパチパチ。毛だらけの太い腕を組んでそう宣う《チトセ》の親父に若いパイロット達が惜しみ無い拍手を捧げた。
「とっつあんはこれから何処に行くんだい?」
「そうだな、とりあえず農業惑星のコンドポガで仕入れをしてから宇宙軍の大17大隊駐屯地に行くかな。あそこは民間のステーションも近いし、結構稼げそうだ」
「だいぶ遠いじゃないか、最近物騒だから気をつけて行ってきて」
「おう、お前らも俺がまた来るまで死ぬんじゃねーぞ」
勘定を済ませて小型のシャトルにパンパンに詰まったヒビキ達が《チトセ》を離れる。《チトセ》は遠心力ブロックを回しながら回頭し、ワープポイントまで移動を開始した。
「全く逞しい事だよな」
「ホント、ラーメン食わせるために一人で宇宙を回るとかすげー人だよ」
滅多に他人を褒めないケンが嘆息する。
「俺もパイロットやめたらああいうのもいいかもなぁ」
「なんだ、ヒビキも結構チャレンジャーな夢を持ってるんだな」
「俺はロマンチストなのさ」
ヒビキの言葉にシャトルの中は爆笑に包まれた。
その頃、アカリの部屋。
「最近ヒビキくんとはどうですか?」
アカリの前で《ハーベルティア》の艦長、ミユキは物憂げに首を振った。
「今日も一緒にお出かけしたかったんですけど、先約があるとかで……」
「あー、《チトセ》が来てたからねぇ」
チョコがたっぷりとかかったビスケットのお菓子をかじりながら窓の外を見るアカリ。さすがに都合良く《チトセ》の船体が見えるということは無かったが。
「でも、ミユキさんもちょっと物好きだよ。よーく見ると結構だらしないよヒビキくん」
「そのくらいはむしろ殿方としてはアリですわ」
ふんす、と少し鼻息荒げに返すミユキは、普段の艦長としてのカリスマはなくただの恋する少女そのものである。
「航宙科でも仙崎先輩のファンは多いんですのよ」
「へえええー」
付き合いが長いせいか逆に意外に思ってしまうアカリ。
「なんか良くアウトドア料理やってみたりキャンプみたいな事やってはしゃいでたりするけど?」
「サバイバル能力が高いのこの宇宙開拓時代には頼もしい事ですわ」
「あ、はい」
ミユキはすっかりヒビキに心酔しているようだ。実際に付き合えば少しは欠点もちゃんと目に入ってくるだろうと胸の中で思いながらアカリはプリムラと先日買った新作のお菓子に手をつけた。
「ミユキさんも艦長の仕事が忙しいからなかなか時間が作れないんですよね」
「はい……仕事を言い訳にはしたくないのですが、現実の仕事量の前にはなかなか太刀打ちしがたいものが……」
艦長というのは航海中だけ仕事をすればいい訳ではなく、むしろ降りてからの事務仕事の方が多いとさえ言われている。乗員の管理に補給状況の把握、艦の修理手配、報告書に次回の出撃計画表の作成とやることは山積みだ。
「そういうときはやっぱり優しい彼氏とかに癒してもらいたいですよねぇ」
「でも、仙崎先輩はあの訓練生の教育でお忙しいようですし。というかあの二人が付き合うってしまうみたいな噂も聞こえてきて……」
泣きそうになるミユキにまぁまぁとお菓子を差し出すアカリ。
「プリムラちゃんかー。確かにあの二人はいつも一緒にいるけど、それもここ二ヶ月くらいの話ですよ」
「アカリさんの見立てではどうなんですの?」
「うーん」
こめかみに指を当てて、アカリは真剣に考えた。
「正直、そんな結婚とかまでは行かないと思うんですけど……」
プリムラがアンドロイドであることは、本人の希望で秘密になっている。それはそれとして、愛玩用のアンドロイドに入れ込んで彼女みたいに扱っている(少々歪んだ)人もいることは知っている。
プリムラがヒビキに淡い恋心を抱いているような仕草も見え隠れするが、アンドロイドが正しく恋愛が出来るのかというのは、現実主義者のアカリとしては不確信である。
一方でヒビキの性格はそれなりにわかっているつもりで、だからこそ万が一の可能性は無い、と断言する自信が持てなかった。
(ヒビキくんなら最悪「ぶっちゃけ、コイツでもいいか。老けないし」とか言い出しかねないかも……)
とまで考えて頭をぶるぶる振る。
「どうかなさいました?」
「い、いえ何でも!でもミユキさんの方が魅力的だとわたしは思いますよ!プリムラちゃんはたぶん自分から告りには行かないでしょうから、ミユキさんが早めに攻めればゲットも難しい事では無いかと!」
「ありがとうございますアカリさん!私、頑張りますわ!」
手を強く握ってバッ!と立ち上がったミユキは一礼をして、仕事に戻りますと出ていった。
「恋愛って、大変だなぁ」
年頃の女子なりに恋愛トークには興味はあるものの、自分自身の恋愛には割とドライな性格のアカリはミユキの心苦しさを察する事しかできない。そういう性格だからこそヒビキとウマが合うのだが。
(だからってあの二人が付き合うようにお膳立てするのもなぁ。ミユキさんはいい人だけどヒビキくんと上手く行くかわたしにはわかんないし)
ま、なるようになるかと呟いて、アカリもレーダー科の管制室に向かう準備をした。




