衛星軌道でリフレッシュ
《アンカレッジ》首脳部は先日の《DD4(ディーディーフォー)》を襲撃した部隊は、結局正体不明の宇宙海賊として今後対処する事と決定した。周辺宙域に無人監視レーダーを追加配備し、またその活動拠点を捜索する部隊編成も近日中に行われる。
「なるほどね」
パイロットへの通達ファイルに目を通してからヒビキはタブレット端末を机に置いた。
「《ジークダガー》の引き継ぎは終わったんですか?」
「まぁな」
冷蔵庫から二人分の合成食料を出しているプリムラの魅力的なお尻を横目に見ながら生返事をする。
(アンドロイドがエロいボディしてるっていうのもどーだかな)
このところプリムラはよくヒビキの私室で食事をしたり勉強をしたりしている。プリムラに与えられた私室が狭いというのもあるが、お互い一人で食事を取ってもつまらないというのがあったからだ。
しかし18歳の健康な男子であるヒビキには幼い顔つきと身長に見あわないバストとお尻を持つプリムラは刺激的過ぎるという問題もあった。
(そろそろ普通に彼女でも作るか。でも艦内じゃ色々あるからなぁ……)
上の空でも美味しくもない合成食料を口にするヒビキにプリムラが怪訝な顔をする。
「どうかされました?」
「お前の体が無駄に色っぽいなって思ってさ」
「いやー、そんなー困りますぅ」
人の気も知らず嬉しそうにもじもじするプリムラにため息を吐くヒビキ。
「マスターもえっちですね!わたしもまだそういう経験は無いですけど、思春期男子の気持ちはちゃんと勉強していますよ」
「余計な配慮すんな!」
「ところでマスター。明日休暇申請出されてましたけど、どこか行かれるんですか?」
全くこちらの気を考えてないプリムラ。
「久しぶりの休暇が取れたからな。精一杯羽を伸ばすさ、《ホオズキ》でな」
「《ホオズキ》?」
プリムラの質問にヒビキがウォールモニターを起動する。モニターにはオレンジ色の卵形ポッドが現れた。
「去年発売された小さい軌道用衛星だ。中にはベッドとリビング、小さいシャワールームがある。ざっくり言うと宇宙に浮かぶ個室だな。これでルモイの周りを飛ぶ」
「……何のためにですか?」
「……気分転換になるだろ」
心底理解できないというプリムラの視線に、だから言いたくなかったんだとヒビキがぼやく。
「女にはこういうのわかんないんだよな……まぁそんな訳だからお前も好きにぶらぶらしてて良いぞ」
「えええー!イヤです一緒に行きます!」
「何でだよ!」
予想外のプリムラの反応に慌てるが、幼いアンドロイド少女は本気で言っているようだった。
「マスターいないの心細いですし……一緒にいたいです!」
「《ホオズキ》の中は狭いし映画とか見るくらいしか楽しみは無いんだぞ」
「全然大丈夫です、わたし映画大好きですし!」
「冗談……」
ヒビキが神を罵るような形相で天を仰ぐ。そんなマスターの気も知らずそそくさと出かける準備を始めるプリムラ。
「ねぇねぇマスター、何時間くらいの滞在なんですか?」
「……32時間だよ」
「じゃあ着替えは一着でいいですね。あとお菓子とシャンプーと……」
「カーボニックだぜ」
夕方。二人は《アンカレッジ》の下層ブロックにやって来た。ここは輸送船等を受け入れる港湾設備を兼ねていて、その乗組員が食事したり宿泊できる施設が揃っている。
その更に奥の方に《ホオズキ》の射出施設があった。元々は富裕層の宇宙キャンプ用として開発された商品だが、乗員のストレス解消用に今では宇宙ステーションに一台は用意されているらしい。
もっともこんな殺風景なカプセルに乗って宇宙を眺めるような趣味を持っているのはヒビキのようなごく少数の人間だけだった。
「久しぶりに貸し出すから昨日は1日かけてジェット洗浄したよ。さすがにホコリまみれは申し訳ないからな」
「ありがとう。回収もよろしくな」
「可愛い彼女と目一杯楽しんでこいよ」
「野暮だぜ、そういうの」
港湾スタッフがニヤニヤ笑ってヒビキにキーを渡した。それを否定するのも面倒でハイハイと《ホオズキ》に繋がるデッキに向かう。
「わたし達、カップルみたいでしたかね?」
「さーな」
「いやー、照れちゃいますねぇマスター!」
「ほんとお前さんは人生ハッピーそうでいいな」
浮かれてエアロックから《ホオズキ》に入るプリムラ。伝統的な言い方をするならベッドが備え付いた十畳一間のリビングルームだ。扉を挟みキッチンとシャワールームがついている。
クラシックな丸い窓が3つ壁に並んでおり、そこからは赤い地肌の惑星ルモイが見えた。
「思ってたより結構ロマンチックですねマスター!」
笑顔になるプリムラの横でヒビキも徐々にテンションが高まってくる。
「気に入ったんなら良かった。射出されるから一旦ベルトに体を繋いでおけ」
「わかりました!」
二人して三本のベルトに体を固定すると港湾スタッフがスピーカーごしに話しかけてきた。
「具合はどうだいエース」
「ゴキゲンだよ。休みを取った甲斐があった」
「そりゃ何よりだ。じゃ、良い旅を」
ガシュゥゥゥ……ン。ロックが外されて《ホオズキ》の船体がゆっくりレールを滑る。やがて《アンカレッジ》から完全に離れた《ホオズキ》はルモイの重力に捕まりその衛星軌道に乗った。
ベルトを外したヒビキとプリムラの体が無重力で浮かぶ。《アンカレッジ》の疑似重力発生機の影響から離れたからだ。
「わぁ。バッグもドリンクもふわふわ浮いちゃいました」
「マジックテープでハンガーに貼り付けとけ。あとパンツ見えてるからスカートやめとけ」
「キャア!マスターのえっち!」
「さっさと着替えてこい!」
プリムラを奥のシャワールームに荷物と一緒に押し出して、ヒビキはベッドに体を預けた。
「まったく、久しぶりの休暇だってのに……まぁ良いけどな」
プリムラの言う通りルームライトの暗いホオズキは結構ロマンチックな雰囲気だ。大人達がデートに使うこともあると聞く。ヒビキだってこういう趣味に付き合ってくれる彼女がいれば誘うのもやぶさかではないが、生憎そういう関係の女性はいない。
(シャクだがデートの練習くらいに考えておくか)
自分のバッグから密封のパックに入ったサングリアを出して星空と赤いルモイの風景にしばしリラックスする。それから情報端末を出してウォールモニターに接続する頃にはプリムラも着替えが終わった。
「マスター何見てるんですか?」
「ネシオンの最新の分布図だ。最近襲撃数が増えてきているらしい」
「休暇に来たのに、マスターも真面目ですね」
ぽふ、と隣に腰かけてモニターを見るプリムラから甘いコロンの香りが漂ってきた。そういう言葉使いやおしゃれの様子からはとてもアンドロイドだという雰囲気を感じない。
「……他人事じゃないからな」
「そもそもネシオンってなんなんです?」
「お前、《アンカレッジ》の情報には目を通したんだろう?」
少し呆れて言うヒビキにプリムラが頬を膨らませた。
「見ましたよ。三年前に惑星ルモイに調査採掘に来た《アンカレッジ》採掘科を突如襲撃した無人戦闘兵器。飛行型、砲撃型等複数の種別が量産されている……でもそれ以上の事は何もわかって無いじゃないですか」
「仕方ないだろ、どっかから飛んできて攻撃してくるんだから」
一応反論しつつヒビキもその《アンカレッジ》の情報サーバーに端末を繋いだ。
「調査採掘をしながら奴らの本拠地を探すってのも難しくてな。ハチの巣を突っついてこっちが大怪我するのも嫌だってんで校長達は積極的にその正体を探るつもりは無いようだが……」
「ルモイにわたし達以外の知的生命体がいて、排除しようとしてるっていうわけじゃ無いんですか?」
「無い、とは言い切れないが、現在の所無人の兵器生産プラントが稼働し続けていて、そこから出てきた連中が俺達を攻撃してるんじゃないかって意見が多数だな」
「無人の?」
不思議そうに首を傾げるプリムラに、半分飲んだサングリアを渡す。
「ああ、俺もそう思っている」
「何でそんなものがあるんです?」
「わからん。かつて俺達のように採掘に来た異星人がいて、取り敢えず番犬だけ置いて他の星を先に開拓しに行ったとか、移民する時に生産プラントの電源を落とすのを忘れてったとか色々考えられるが、全部推測だ。せめてその生産プラントでも見つかれば何かはわかるかも知れんが、地表面を衛星軌道から探してもそれらしきものは見つからなかった。多分地下深くにあるんだろう」
「ほっといていいもの何ですか?」
「連合軍司令部から、本格的な採掘部隊がもうすぐやってくる。それと一緒に正規軍も来るからそれから本格的に調査ってことになってる。《アンカレッジ》は所詮士官学校に過ぎない。無理をして不馴れな生徒達を危ない目にあわせる事はないさ……ま、このまま行くと正規軍が来る前に危険が及ぶかも知れんが」
窓の外に目をやる。黒い宇宙の中、赤い惑星は何も言わずただ静かに漂っていた。
「少なくとも、俺達パイロットは採掘科や航宙科の連中を守らなきゃいけないってこった」
「そうですね、頑張らなきゃですね!」
ふん!と謎の気合いを入れるポーズを取るプリムラにヒビキが半眼で言葉を継ぐ。
「俺もお前さんに聞きたいことがあるんだが」
「なんでもどうぞ!」
「……プリムラは本当にパイロットになりたいのか?」
「へ?」
きょとんとする美少女の前で、ヒビキは後頭部を掻きながら視線を外した。
「気を悪くさせるつもりは無いんだが……」
「パイロットの訓練を積むのは、お父様……わたしを作ったアルフェニル社長の指示ですから」
「プリムラが作られたのは……確か人間に限りなく近いアンドロイドの開発ベースの情報を集めるためなんだよな」
「はい」
「パイロットは他の職種より危険だ。大事な試作品を戦場で失うリスクがある。純粋にパイロット不足を補いたいってんなら無人戦闘プログラムの開発に注力した方がいいんじゃないか」
ヒビキの疑問に対して、プリムラは困ったように眉を下げた。そういう所も人間以上に人間らしく見える。
「マスターの仰ることは正しい理屈だと思いますが……わたしもお父様の真意はわかりません。ごめんなさい」
「そっか……そう言われちゃ仕方ない」
「いえ、気にしないでください。マスターには色々とご迷惑もおかけしていますし。でも今のわたしはお父様の言う通りパイロットの勉強をしようと思っています」
「他の、レーダー手や操艦や……全然関係なくクレープ屋とかでもなく?」
「クレープ屋さんはちょっとやってみたいですね」
えへへ、とプリムラは可愛く笑ってから、キリッとした真面目な顔に戻ってみせた。
「それでも今はパイロットです。そこにわたしという個体は悩みを持ってはいません」
「わかった」
そう言うならそれでいい、とヒビキも思うことにした。それこそ、プリムラ以外の生身の人間が戦場で死ぬ事もある。この少女だけが助かれば良いという訳でもない。
「マスターは」
「ん?」
今度は言いにくそうにプリムラがもじもじとした。
「いいぞ、何でも一つ答えてやる」
「好みの女性のタイプは?」
「チェンジだ」
「何でもって言ったじゃないですかー!」
ブーイングしながら腕をぐるぐる回すプリムラの頭を抑えて少し遠ざけるヒビキ。
「さっき聞こうとしたのはその質問じゃないだろ!」
「何でそんな事わかるんですかー!」
「わかるわ!」
「ウソですー!マスターのウソつき!ペテン師!幼女かどわかし犯!」
「訳わかんねー事言うな!」
布団を被せて黙らせ、ヒビキはシャワールームに逃げ込んだ。
(まったく……)
服を脱ぎ温めのシャワーを浴びる。《ホオズキ》に水は多くは積載していないので、勢いの強い湯が短時間発射されるだけだ。それでも十分とするしか無いのが宇宙開拓民の生活である。
シャワールームにも小さい窓がある。そこから見るルモイは先程より少し小さく見えたような気がした。
「こんにちは、神宮寺です」
ミユキが声をかけながらノックするがシルバーの無機質なドアの向こうからは返事は無かった。そこに偶然アカリが通りかかる。
「ヒビキくんなら休暇を取って出掛けてますよ」
「へっ?あっ、そうなんですか。ありがとうございます……」
礼を言いながらも盛大にため息を吐くミユキ。その手には高そうな洋菓子の店の包みと紅茶の缶がある。
「しばらくは帰ってこないと思いますけど。何か大事な話でしたら伝えておきましょうか?」
「え、いえ、そんな大層な事では……ええと貴女は……」
「あ、初めまして!レーダー科四年、桜野アカリです!」
略礼をするアカリにミユキも返礼をする。
「航宙科五年、神宮寺ミユキです。……さ、桜野さんは……」
「はい?」
「仙崎先輩と、お、お付き合い……」
モジモジしながら顔を赤らめているミユキにアカリが失笑する。
「そんなんじゃないですよー」
「そ、そうなんですか?」
ホッとした表情のミユキにアカリは笑顔で頷く。
「良かったら私の部屋でお茶しませんか先輩。ヒビキくんの事なら少しはお話できますよ」
「そ、そう?じゃあお言葉に甘えて……」
二人はパイロット科の隣にあるレーダー科の居住区に移った(区切られてはいるが本当に近く、ヒビキの部屋とアカリの部屋は歩いて二十歩くらいのものだ)。アカリがお湯を沸かしている間ミユキはケーキを取り分けた。
「ヒビキくんもイケメンですけど、私はもっと落ち着いてる大人の男性の方が好みかなぁ」
「そうなんですか」
「だから、心配しないで下さい神宮寺先輩」
「いや、私もまだお知り合いになったばかりで……」
困ったように小さく切ったチーズケーキを口にするミユキ。
「まぁ何故か女子に人気ですからねー。のんびりしてると誰か付き合っちゃうかも知れないですけど」
「そ、そうですよね」
「でも神宮寺先輩以上の女子なんか多分にはいないですから、先輩がガーッ!って行ってドーン!て告っちゃえばイケますいきっと」
「ええっ!?で、でも……」
「大丈夫ですって、あれでなんだかんだ流されやすい性格ですから」
本人のいないところで悪い笑顔を見せるアカリ。
「そうでしょうか……」
「はい、私も微力ながら何かあればお知らせしますから!」
「ありがとう桜野さん。私頑張れそう!」
《ホオズキ》はルモイの陰に入った。当然の中も暗くなる。軽く合成食料の夕食を採った二人は小さなベッドで寝る事にした。
素肌に触れるプリムラの腕は、少しだけ人間より冷たいかも知れない。それでもヒビキには未だにこの少女がアンドロイドだという実感を持ち難い。
モゾ……とプリムラが寝返りをしてこちらを向く。
「ねえ、マスター?」
「何だ?」
「マスターは……パイロット以外に何かやりたいことがあるんですか?」
「何だよ、俺の進路相談か?」
暗い部屋の中でこちらを見るプリムラの瞳には、他意は無いようだった。
「……俺の親父もお袋もパイロットでな。直接操縦を習ったのはガキの頃だけだが……二人ともパイロット以外の生き方を俺に教えてはくれなかった」
頭の後ろで腕組みして暗い天井を見ながら続ける。
「……」
「パイロット適正はあるって事で12の時に《アンカレッジ》に乗って……それ以来パイロットの事ばかり考えてきた。そういう意味ではプリムラとかわり無いのかも知れんな」
「そうなんですね」
プリムラの細い指がツ……とヒビキの腕をなぞった。
「……大人の女っぽい事するなよ」
「わたし、今大人っぽかったですか?」
嬉しそうに笑うプリムラの体を反対に向けるヒビキ。
「やぁん、冷たいですマスター」
「まぁ最近は、自分の宇宙船を持って星を探しに行くのも良いかなとか考えるけどな」
「え、スゴい!ロマンチックですね」
「茶化すなよ」
「そんなつもり無いですよ。そしたらわたしも連れていって下さいね!」
「え」
言葉を一瞬失うヒビキにプリムラが抱きついてくる。
「イヤですか?」
「イヤっていうか……そんな本当に買えるかもわかんねーし……」
「良いじゃ無いですか、叶えましょう。マスターの夢!」
「わ、わかったから離れろ、寝にくい!」
「ええー一緒に寝ましょうよー」
「ああ、もう!やっぱり連れてくるんじゃなかった」




