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【WEB版】完璧すぎて可愛げがないと婚約破棄された聖女は隣国に売られる【アニメ化!漫画7巻7/25発売!】  作者: 冬月光輝
第三部・第2章『ダルバート王国へ』

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第九十二話

 クラウスさんに王都を案内していただいてから、ちょうど一週間後。本日、これから教皇様の葬儀がクラムー教の聖地ルクマバトスで執り行われます。


 神の血を注ぐ聖杯が祀られている会場には近隣の国々からも参列者が集まっています。


 私はオスヴァルト殿下、そしてエルザさんと共にこちらの聖地へと足を踏み入れました。


「聖地には一度足を運びたいと思っていましたが、まさかこのような形になるとは」

「うむ。ヨルン司教から聞いたとおりだ。この地に入った途端、温度が変わったような感覚になった。それに何ていうか説明しにくいが、全身にピリッとした空気がまとわりついているような感覚がする」


 広大な荒野の中にポツンとオアシスのように草木が生えて生命の力強い息吹を感じられる場所がダルバート王都の南側にあります。


 聖地と呼ばれるその領域には小さな神殿があり、役目を終えた歴代の教皇様たちはこの地で眠っております。


 この地を訪れた者は皆、オスヴァルト殿下のように神秘的な気配を感じると聞きます。


「“マナ”がとてつもなく濃いですね。狭間の世界も濃かったですが、それを遥かに凌ぐほどです」


 おそらく、オスヴァルト殿下の感じている空気の正体は“マナ”。


 自然界に流れている僅かな“マナ”を知覚することは古代魔術の原点であり、訓練なしには気付くことは難しいのですが、この領域の“マナ”の濃さは誰でも何かしらの違和感を覚える程でした。 


「“マナ”のことはよく知らないけど、この聖地ルクマバトスは神が眠る地よ。得体の知れないパワーがあるのは不思議なことではないわ」


「ルクマバトスに眠る神の伝説ですね。聖典の一ページ目に載っておりますから、もちろん存じていますよ」 


「俺も知っている。と、いうよりこの大陸の誰もが知っていることだろう」


 ルクマバトスに神様が眠っているという伝説は聖典の導入部分に記載されていますし、絵本にもなっていますから、子供でも知っている有名な話です。


 多くの神は天界にいるので、私たちは天に向かって祈りを捧げるのですが、この神の眠る地には下にも神様がいるので地下に向かっても祈りを捧げることが通例になっていました。


「あら、あたしが言っているのは伝説の話じゃなくて、それが事実だって話よ」


「私は伝説が事実だと信じていますが」


「まぁ、あなたは聖女だからそうかもしれないけど、その眠っている神がどんな存在でどんな状態にあるのかも信じられる?」


「どういうことですか?」


 聖典に載っている神話めいた話を信じていない方々もおられるのは事実ですが、私は信じて祈りを捧げています。   


 エルザさんの言っている信じるという意味はそういった話ではないのでしょうか。


「大昔は天界、地上、そして魔界は一つに繋がっていた。そして天界と魔界は戦争の場として地上を使っていたの」 


「それは聖典よりも前の時代ですよね?」


「ええ、そうよ。あたしたち退魔師の歴史はクラムー教よりも古いの」


 エルザさんによって語られる、遥か昔の物語。


 退魔師の歴史、古代術式と酷似した退魔術を使用することからかなり古くからの歴史があるとは予想していましたが、まさかそんなにも長いとは。


「天界と魔界の戦争は百年以上続いたわ。このままだと、地上は破壊しつくされてしまうと危惧した神々のうちの一柱が天界と地上と魔界をそれぞれ独立させて切り離したの。でも、その時に不運にも地上に降臨していた三柱の神は置いてきぼりになってしまった」


「神様が置き去りに? ということはその眠っている神様というのが――」


「聖典に記述されている、生と死を司る神“ハーデス”。ちなみに他の二柱の神はどこにいるのか、退魔師にも伝わっていないわ」


この地に“ハーデス”が眠っているからこそ、クラムー教には伝わっていたのですね。

 クラムー教の信徒として、天界、地上、魔界が繋がっていた、という神話を信じてはいました。


 また、考古学者たちの研究の成果でも、その説が有力だと言われていました。

 ですが、エルザさん達、退魔師に伝わっていた歴史、この大陸の過去の事実だと断言されたことには驚きました。


「ハーデスとは死者を自由に蘇生させたり、生者の魂を自在に抜き去ったりする、恐ろしい神だと、そんな伝説がありますね。危険な力を持つ神だからこそ、この聖地に祀り、封印しているのだと私も聞き及んでおります」 


「ええ、ハーデスはそうやって厳重に教会本部が封印して眠ってもらっているわ。今も、この地下で」


 生と死の概念を覆す、人智の及ばぬ力を持つハーデス。

 そんな神が目覚めるとこの地は混乱の渦に巻き込まれることでしょう。

 聖地をクラムー教の本部が管理しているのはハーデスの力を封じ続けるため。私たちは神を慈しみ、時には恐れて、信仰を続けているのです。


「ハーデスの封印は厳重にされていますよね。確か、封印を解く魔術を使う方法も本部の限られた者しか知らないはず。もちろん、私も知りません」


「あなたが教皇になることがあれば知ることになるかもね。まぁ、知ったところで“覚醒魔法”は“神の術式”の一つ。つまり誰も扱えないから、やり方を知ったところで意味がないでしょうけど」


 神を目覚めさせるという“覚醒魔法”は“神の術式”でしたか。

 神々の使用する魔法。通称、“神の術式”。


 これを取り扱える人間は歴史上、ほとんど居なかったと言われています。私も使えませんし、そもそも使おうと思ったことすらありません。


「“神の術式”ですか……。まず、神の魔力を体内で生成するところから難題ですね」


「神の魔力って、普通の魔力とどこか違うのか?」


「神の魔力というのはその言葉のままで神々の扱っている魔力のことです。人間が取り扱うためには、神々の領域まで心身を昇華させて、体内の魔力を超圧縮する必要があります」


「ふむ……、それがそんなに難しいのか?」 


「心身を昇華させるのには生命力も多大に消費しますし、取り扱いはデリケートです。少しでも間違えば命を失う危険性すらあります」


 死の危険性すらある“神の術式”は古代魔術を遥かに凌ぐ難易度です。

 リスクが高すぎるので、そもそも使おうとチャレンジする者もいません。


 練習をして死んでしまったら元も子もありませんし、そこまでして使えるようになるメリットも特にありませんから。 


「じゃあ、本当にそれを使える人って居ないんだな。よく考えたらフィリア殿が使えぬのだから、誰にも使えるはずないか」


「それは分かりませんが、私は少し調べただけでチャレンジせずに止めました。練習方法から考えないと死のリスクが付きまとうのは怖かったです。神の術式について調べただけでも、師匠には怒られましたし」


「当然だ。好奇心を満たすために死の危険を冒すのは馬鹿げている」


 オスヴァルト殿下の仰るとおり、あまりにもハイリスクな“神の術式”は興味半分で練習することにすら、意味は見出せませんでした。


 そもそも出力面では古代術式の方が実用性がありましたし、聖女として国に貢献することを考えると習得するメリットがありません。


 私にとって“神の術式”とはそういうものでした。


「しかし、これは俺の素人考えだが。その覚醒魔法とやらが仮に使えたとして、神様を起こしたら怒らないのかな?」


「ええ、怒るわよ。違う大陸の話だけどその昔、神の怒りに触れて一瞬で消し飛ばされた国だってあったのだから」 


「国が消し飛ばされただって? それは、恐ろしいな。アスモデウスだってそんなことはしなかった」


「だから、万が一のためにこの聖地には“神隷しんれいの杖”という神の怒りを鎮めて、従えることまで出来る神具があるのよ」


 神具とは神々の遺産と呼ばれており、大いなる力が付与されたアイテムである。   


 空を自在に飛ぶ絨毯や、何でも斬り裂ける剣など私たちの常識を超えた物が世界中で発見されており、貴重品としてどこの国でも国宝級の扱いを受けていた。


「“神隷の杖”は教皇しか取り扱えません。そういう決まりですから」


「なるほどな。神具は軽々しく扱うものではないし、厳重に管理されてしかるべきよな」


「“神隷の杖”もまた使いこなすには神の魔力が必要だし、そもそも歴代の教皇の中にも“覚醒魔法”を使おうとする愚か者はいなかった。だから正確には教皇が管理しているだけ、って話なのよ」


 神具とはそもそも神々の所有物ですから、当然ながらそれを扱うためには神の魔力が必要なケースが多いです。 


 エルザさんの話では歴代の教皇で“覚醒魔法”を使った者はいなかったらしいですし、使う機会すらなかったみたいですが……。 


「これより、イルムスカ教皇の葬儀を開始いたします!」


「おっと、そろそろ始まるか」


「ええ、私たちも席に付きましょう」


 教皇様の壮大で絢爛豪華な葬儀が始まりました。

 台座の上に棺が置かれて、司教や司祭たちが教皇様のご遺体から神の血を“抽出魔法”で抜き取り、聖杯に戻します。


 聖杯の中には乳白色の液体が不思議な輝きを放っており、教皇様がお役目を終えたことを物語っておりました。


 あの神の血を次の教皇になる者が飲み干すことで、教皇継承の儀式は完了します。

 神の血はその日まで厳重に保管されるのでしょう。


 つまり、私は教皇継承の儀式までにすべての決着を付けなくてはなりません。

 そう、そのために私はこれからある人と会うことになっておりました。


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― 新着の感想 ―
 生死に関する神•ハーデスに、ハイリスクな神の術式•覚醒魔法に、神具。不穏なワードや情報が着実に増えていってますね……。
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