第九十一話
ダルバート王国に来て、二日目の早朝。用意してもらった立派な屋敷の庭で私は日課の精神統一を行っていました。
「おはよう、フィリア殿。相変わらず、早起きなんだな。精神統一ってやつか?」
「オスヴァルト殿下、おはようございます。ええ、毎日しないと落ち着かないんですよ。顔を洗うのと同じです」
光のローブを身にまとい、祈りを天に捧げることで体内の魔力を充実させる。
この所作に慣れれば、いざという時に素早く自然界の魔力を取り込むことが出来るようになります。
「俺も槍を持ってくれば一緒に修練が出来たんだけど、さすがに物騒なもの持ち歩く訳にはいかないしな」
「今回は話し合いで解決出来るお話ですからね」
「そのとおりだ。何事もそうやって解決出来るならその方が良いに決まっている」
今回は魔物やアスモデウスとは違って人間が相手です。
それならば、話し合って相互理解を深めればきっと分かってもらえるはず。道理の通らない相手ではないのですから。
「そういえば、今日は王都見物にエルザさんが付き合ってくれると言ってくれましたが」
「ああ、俺も楽しみにしているんだ。昨日はドラゴンの解体ショーしか見られなかったし」
「それも十分にインパクトありましたけど」
「違いない。レオナルドに話したら羨ましがられたもんな。あいつ、自分もやりたいとか言い出すんじゃないか」
涼やかな早朝の風に当たりながら他愛のない会話をする私たち。
もちろん、遊びに来た訳ではありませんし、観光が目的という訳ではないのですが、教皇様の葬儀まで時間があります。
ですから、せっかくの機会ですしダルバートの王都を見物しようとオスヴァルト殿下が提案をされたのです。
「フィリアさん、オスヴァルト殿下、ご無沙汰しております」
日課の精神統一を終えて、朝食を終えた頃にこちらの屋敷に来訪者が現れました。
彼は確か、エルザさんの後輩のクラウスさん。神隠し事件が起きた際に、グレイスさんたちの護衛をされていた方です。
「すみません。エルザ先輩に仕事が入ってしまって、僕が代わりに王都を案内させてもらってもよろしいですか?」
なんと、エルザさんは来られないのですか。
退魔師の仕事ということは、悪魔関連ということでしょうか。
彼女はその道のプロですし素人の私が首を突っ込まない方が良いかもしれません。
ですが、またアスモデウスのような強大な力を持つ悪魔が何かを企んでいるのだとしたら、やはり気にかけておいたほうが――。
「なんか、まずいことでも起こったのか?」
「あ、いえ。オルストラ大司教に資料の整理をずっとサボっていることがバレてしまってですね。多分、今日から明日まで徹夜ですよ、エルザ先輩」
「「…………」」
まさか、私たちのことに構って仕事を滞らせてしまったのでは。
オスヴァルト殿下も同じことを思ったのか気まずそうな顔をされています。
「エルザ先輩って、いつも資料の整理をサボるんですよ。僕も何度手伝わされたことか。ああ、気にしないでくださいね。先輩がフィリアさんたちのことを気遣って仕事が手につかないとか、そんな人ではありませんから」
「そうなんですか? 私たちは随分とエルザさんに良くしてもらっていますが」
「珍しいんですよ、それが。先輩が他人に親切にしているの初めて見ましたもの」
どうやら悪魔が何かしらの悪さをしていて、来られないという事情ではなさそうで、安心しました。
エルザさんが人に親切にしていることを不思議がるクラウスさんを見て、彼女にも色んな面があることが知れました。
「ということで今日の王都案内は僕にお任せください。人気のスポットに連れて行って差し上げましょう」
「ああ、よろしく頼む」
「お願いします」
ドンと胸を叩いて、クラウスさんは王都案内を開始しました。
私たちのために用意された馬車に乗り、最初の目的地へと向かったのです。
「まずはですねぇ。やはりフィアナ・イースフィル記念公園ですね。ここは外せませんよ。大きな噴水があって、カップルで後ろを向いてコインを投げるとその二人は末永く幸せになれるって言い伝えがあるんですよ」
「へぇー、そんな言い伝えがあるのか。フィリア殿、俺らもやってみるか?」
「ええ、楽しそうです。フィアナ様の縁がある公園も是非とも拝見したく思っています」
クラウスさんの話す噴水のおまじないは数百年に渡ってダルバート王国に伝えられており、記念公園はいつの時代も多くの恋人たちが訪れるスポットだったとか。
フィアナ様はこの国だと恋愛成就の聖女とも言われているという話を聞いて、私はまだまだ勉強不足だと知りました。
「ですが、注意してくださいね。3回以上コインを投げるとそのカップルに呪いがかかると噂されていますから。そこからは数を増やせば増やすほど、です」
「呪いだって? それは怖いな」
「何度も別の女性と噴水に来て同じことをする不埒な男性がいて、それにフィアナ様が激怒されたから、という噂に尾ひれがついたという説が有力ですが、お二人には縁のない話でしょう」
なるほど。フィアナ様は浮気は許さないということですか。
しかし、何度も別の女性と同じことをしたと噂になるほど噴水を訪れた男性が、何百年も噂になるとはスケールが大きな浮気話しですね。
「ここだけの話、その不埒な男性はマモンさんのことみたいです」
「あー、そういうことか」
「マモンさん、長生きされてますからね」
フィアナ様が聖女としてアスモデウスなどの悪魔たちと戦った四百年前には既にエルザさんのご先祖様と共に退魔師側として活躍をされていたと聞いていました。
だからこそ、それだけ長いこと生きているから私とフィアナ様が同じ魂を持っていることに気が付いたのです。
しかし、ダルバート王国に残る不吉な呪いの話まで作ってしまうほどだとは思いませんでした。
「着きました。ここがフィアナ・イースフィル記念公園です」
「おおーっ! 見事なものだな。王宮の庭園もここまで手入れされていないぞ」
「ええ。とても美しいですね。……オスヴァルト殿下、あちらをご覧ください。あれはもしや、フィアナ様の銅像と記念館では?」
クラウスさんと共に馬車を降りて、フィアナ様が祀られている記念公園に足を踏み入れる私たち。
彼の言ったとおり公園の中心には大きな噴水があり、多くの方がその近くでのんびりとされていました。
圧巻だったのが、フィアナ様が晩年住んでいたお屋敷をそのまま保存したという記念館です。
まるで宮殿なのではと見紛うほどの美しい建造物を見て、私の胸の中に熱く込み上げて来るものがありました。
もしかしたら、魂の中にあるフィアナ様の記憶がその頃を思い出して、懐かしんでいるのかもしれません。
「“初代”大聖女フィアナ・イースフィルか。この“初代”というのはフィリア殿が大聖女になったときに?」
「ええ、それまでは大聖女のみでした。その称号はもはや就けられないものだと思われていましたから」
銅像の前に移動してオスヴァルト殿下の質問に答えるクラウスさん。
大聖女の称号を得たのはフィアナ様に続いて私が二人目。称号の授与に関して畏れ多いと感じたのは、そういう理由だからです。
大聖女も身の丈に合わないと思っていますのに、今度は教皇だなんて。肩書きというものがここまで重いとは思いませんでした。
「そういえば、教皇様からフィリアさんに大聖女の称号が渡されるという発表があったとき。ヘンリー大司教がちょうど近くにいたんですけどね。あの方、それを聞いて物凄く暗い表情をされていたんですよ」
「それは真か? ヘンリー殿はフィリア殿が大聖女になることを快く思っていなかったということか?」
「いえいえ、とんでもない。ヘンリー大司教はフィリアさんの功績を讃えています。それは僕の上司であるオルストラ大司教も、口うるさくて有名なルーシア大司教も同じです。だから分からないんですよ。ヘンリー大司教が何故あんな顔をしたのか」
ヘンリー大司教は私に対してやはり何かしら思うところがあったみたいですね。
彼の心のうちを推し量ることこそ、今回の件を解決する近道ですから、クラウスさんの話は参考になります。
「フィリアさんたちがヘンリー大司教が遺言を書き換えたと疑われていること、エルザ先輩から聞きました。その話を聞いたとき、僕はあの表情を思い出したのです」
「ふーむ。フィリア殿、ヘンリー大司教の表情の意味は分かるか?」
「はい。それは私がパルナコルタの聖女ですか――」
そこまで口にしたとき、私は思わず口を閉じました。
私が話そうとしているヘンリー大司教の心情はとても悲しい話です。
ここで話してしまっても良いものなのか迷ってしまいました。
「…………」
「オスヴァルト殿下?」
気付くとオスヴァルト殿下は黙って私の肩を抱かれておりました。
殿下の顔を見ると、無言で顔を横に振ります。
「パルナコルタの聖女? そういえば、ヘンリー大司教の妹もパルナコルタの聖女だったと聞いたことがあります」
「エリザベス殿のことだな。兄上の元婚約者で、聖女だった。グレイス殿たちの従姉妹でもある」
「ああ、そうだったのですね。まさかパルナコルタの第一王子の婚約者だったなんて。知りませんでした。ヘンリー大司教は身内の話は一切しないんですよ」
オスヴァルト殿下からエリザベスさんが殿下の兄にとっては、死別した婚約者だと聞かされてクラウスさんは途端に気まずそうな表情を浮かべます。
ライハルト殿下はエリザベスさんのことを愛しておりますし、今でも心の中で彼女のことを愛し続けているに違いありません。
「それは変じゃないだろう。誰だって悲しいことは話したくないものだ」
「そうですね、僕の発言が軽率でした。あー
そうだ! お二人とも、そろそろ如何です?」
「「えっ?」」
「噴水ですよ、噴水。コイン、投げましょうよ。ちゃんと用意して、持ってきたんです。こちらの銅貨を背を向けてポイッとしちゃってください」
なんとも言えない雰囲気をどうにか明るくしようと、持ってきたという袋からコインを取り出してクラウスさんは私たちにそれを渡します。
そうですよね。せっかく来たのですから、私とオスヴァルト殿下の「これから」の為にゲンを担いでおきましょう。
「オスヴァルト殿下、一緒にコインを投げてくださいませんか?」
「ああ、もちろんだ。俺もフィリア殿との未来に幸運を呼び寄せたい」
手を繋いで、噴水へと向かう私とオスヴァルト殿下。
こうして二人で合わせて何かをするのって、こんなにも小さなことなのに、何だか特別という感じがします。
私たちは互いの将来の安寧を願って、噴水に向かって同時にキラリと光るコインを投げました。
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