第八十二話
オスヴァルト殿下と共に家に戻るとレオナルドさんが出迎えてくれました。
「フィリア様、お帰りなさいませ。これは、オスヴァルト殿下もご一緒でしたか」
「レオナルドさん、突然で申し訳ないのですが、オスヴァルト殿下と夕食をご一緒しても大丈夫でしょうか」
私はレオナルドさんにオスヴァルト殿下も共に食事を取っても良いかと許可を取ろうとしました。
「もちろんです。このレオナルド、久しぶりにオスヴァルト殿下に手料理を振る舞えるこの機会に燃えております」
オスヴァルト殿下にお料理を作ることに対して気合を入れるレオナルドさん。
どうやら、殿下の突然の来訪を歓迎してくれたみたいです。
「はは、相変わらずだな。レオナルドは」
「料理に対する情熱は誰よりも強いですから。おかげで食事の時間を楽しみにする喜びを覚えました」
厨房へと向かうレオナルドさんの後ろ姿を見てオスヴァルト殿下は楽しそうに笑いました。
彼の心の込められた料理はいつも私を癒やしてくれます。
「あ~、オスヴァルト殿下。丁度よいところに来てくださいました~」
客間でくつろぎながら夕食が出来上がるのを待とうとしていましたら、紅茶を出してくれたリーナさんが私たちに声をかけました。
「先程、ヨルン司教がこちらに来られてケーキを作りすぎたとお裾分けしてくれたんですよ~。ちょっと待っててくださいね~。すぐにお出しします~」
なんと、ヨルン司教がケーキをお裾分けに来られていたのですか。
彼はお菓子作りが趣味で、教会に行くとよくクッキーやクレープなどの菓子を出してくれるのですが、これがプロ級の味なのです。
「これを食べると初めて殿下とお会いした日を思い出します」
リーナさんが切り分けてくれたケーキにフォークを刺して口に運んだあと、私はつい頭に浮かんだことを声に出してしまいました。
「ああ、そういえばヨルン司教が俺のことをフィリア殿に紹介してくれたんだっけな。随分と驚いた顔をされたのを覚えている」
「驚きますよ。農業と野菜の話しかされていなかった方がまさかこの国の王子だとは思わないではないですか」
「ははは、初対面で俺はそんな話しかしていなかったのか。それはどう考えても俺が悪いな。済まなかった」
あのとき、私は心底驚きました。
サラダを食べながら、パーティーの雰囲気に馴染めないでいる私の気持ちを察してなのか人懐っこい笑顔を向けて話しかけてくれた男性がまさかパルナコルタの第二王子だったなんて。
「あのとき、すぐに返事が出来なかったのですが、私がこの国を愛せるように何でもすると殿下が仰ったことは一生覚えていると思います」
「そ、そうか。俺はフィリア殿に対する正直な気持ちを伝えたかっただけなんだけどな。そんなに大袈裟に受け取られるとは思わなかったぞ」
「あの言葉を受けてから不思議と不安が消えたのです。思い出してみれば、私はあの言葉を受けたから殿下のことをお慕いするようになったのかもしれません」
隣国に売られた私は不安に押し潰されそうでした。
婚約破棄されて、信じていた家族は私を売ることに賛成し、愛する妹からは引き離されて。半ば人生に対して諦めを感じていたときでしたから。
オスヴァルト殿下の力強いお言葉は私の何よりの励みになったのです。
「じゃあフィリア様は~、オスヴァルト殿下に一目惚れしていたんですね~」
「おいおい、リーナ。一目惚れってことは無いだろう」
「いえ、私が気付いていないだけでそうだったかもしれませんね」
「フィリア殿……」
オスヴァルト殿下は私の心に日の光を照らしてくれた太陽のような人です。
ですが、あのときの私は殿下に惹かれている理由も分かっていなかったのかもしれません。
「夕食の準備が完了しました。どうぞ、食堂にお集まりください」
ケーキを食べて、二時間くらい雑談をした後に、レオナルドさんが夕食の支度を終えたと声をかけにきました。
いつもよりも時間がかかったところを見ると、かなり力を入れて作られたみたいです。
「これは、凄い。流石というか何というか、確かレオナルドって料理は趣味だったよな。前よりも腕が上がっていないか?」
「趣味だからこそこだわるのです。それに執事としてフィリア様に快適な生活を保証するのは当然のこと。食事というのは生活の土台ですぞ!」
ずらりと並ぶご馳走をご覧になってそもそもレオナルドさんは料理人ではなくて、料理は趣味ではなかったかとオスヴァルト殿下は言及します。
趣味だからこその拘り、ですか。そういえば、私もアクセサリーを作るときに色んな機能も付けられないかどうか思案しますね。
拘るという姿勢には共感出来るような気がします。
「今日は一日中、フィリア殿と過ごしていたな」
「ごめんなさい。朝から長々と拘束してしまって」
薬草を採取するためにかなり早めに待ち合わせて、登山してからというもの、夜までオスヴァルト殿下を拘束していたことに気付いた私は慌てて謝罪しました。
楽しい時間は早く過ぎると言いますか、一日がとても早く感じられて、殿下と共に朝から夜まで過ごしたという感覚が麻痺していたみたいです。
「いや、なんで謝るんだよ。俺は結婚したら毎日こうしてずっと居られるんだから幸せなんだろうなって思っただけだぞ」
「えっ? あ、はい。そ、そうですね。結婚したら確かに一緒ですね」
謝罪をしなくて良いと仰る、オスヴァルト殿下の突然の一言に私は動揺してしまいました。
ですが、これは確かに大変なことですね。当たり前すぎて真剣に考えてみませんでしたが、とんでもないことです。
「んっ? フィリア殿、どうした? 急に俯いて」
「どうしましょう。そんなに長い時間、殿下のお側にいたら私は飽きられてしまわないでしょうか?」
「えっ?」
「話題も毎日だと沢山ある訳でもないですし、退屈させてしまいそうで、心配になってきました」
今は頻度は増えたとはいえ、時々しか会っていませんから、話題に事欠くということは滅多にありませんが、毎日となると面白い話もそうそう転がってはいません。
「なんだ、そんなことを心配しているのか。真面目なフィリア殿らしいな。俺は逆にそんな退屈な時も側にいるとそう感じないから良い関係なんじゃないかと思うぞ」
「どういうことですか?」
「えっと、そうだな。俺はこのあと帰るけど、やっぱり帰ったらかなり寂しいと感じるんだよ。で、思うんだ。この寂しいって感じることが無くなるって凄い変化だって。多分、お互いに黙って数時間いても退屈なんて感じないだろうな。心が満たされれば、あとは何もいらなくなるだろう」
オスヴァルト殿下は私の心配事を一蹴しました。心が満たされれば退屈しないというのは本当でしょうか。
でも、陽だまりのように私を包み込んでくれる殿下のお人柄は私に安心感を与えてくれます。
殿下の仰るとおりお側にいるだけで私は満足するかもしれません。
「では、フィリア殿。今日は招いてくれてありがとう。楽しい食事だった。レオナルド、美味しかったぞ。また食べに来るからな」
「長々とお引き止めして申し訳ありません。私も楽しかったです」
「恐縮です。次は殿下を更に唸らせられるように腕を磨きますぞ」
満足そうな顔をして、食事を終えたオスヴァルト殿下は王宮へと帰っていきました。
この別れの直後は殿下の仰るとおり、以前よりも比べ物にならないくらい寂しく感じるようになりましたね。
「そういえば、殿下は何故あのとき、あのような悲しそうな表情をされたのでしょうか……」
殿下が帰られた寂しさに想いを馳せていましたら、ふと馬車を降りる直前に見せた彼の何とも言えぬ表情のことを思い出します。
ヘンリー大司教の話をしたとき、オスヴァルト殿下は珍しく話をはぐらかしました。
本部に所属して大司教になるほどの方ですから、余程徳が高い方だとは思うのですが。
明日、教会に行ったときにヨルン司教にどのような方なのか聞いてみましょうか。
人となりを知ればオスヴァルト殿下のあの表情の理由に近付けるかもしれませんし。
夜風に当たりながら私は寂しさを紛らわせるために思考を展開させていました。
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