第七十七話
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完全な悪魔として覚醒したアスモデウスの力は計り知れないものでした。
天災と呼べるほどの大規模な破壊。
これがもし地上で行われたらと考えると、ゾッとします。
例えば、パルナコルタ王都で今の規模の爆発が起こればあっという間に更地になってしまうでしょう。
修行時代には大型のドラゴンの炎などを完全に防いだこともある結界魔法――聖光の大盾で何とか部屋にいた皆さんを守ろうとしましたが、気休め程度の防御にしかなりませんでした。
皆さん無事なら良いのですが、瓦礫が邪魔な上に全身を怪我して、その上……ここまでの無理が祟ったせいで魔力が枯渇してしまい、すぐには抜け出せなくなっており、その確認が出来ません。
「まだ、諦めるわけには。オスヴァルト殿下との約束もありますし――」
口にして私は驚きました。
こんな窮地に私はオスヴァルト殿下と食事に行く約束を一番最初に思い出したのでしょう。
もちろん大切な約束ですけど、もっと聖女として国を守るとか沢山の人の命を救うとか、考えなくてはならないことが沢山あるはずですのに。
「殿下に助けて頂いたこの命、無駄にはしません。ですが――、えっ?」
そのとき、瓦礫の一部がズレて私に覆いかぶさるように、何かが落ちてきました。
あ、温かい。そして、柔らかい。まるで生き物のようなそれは、よく見るとフィアナ様の人形でした。
「一緒に吹き飛ばされたのですね。私はこんなにもボロボロなのに、確かにこちらは傷一つ付いていません。アスモデウスが自慢するのも納得です」
大規模な爆発に巻き込まれても、きれいなままの人形。
アスモデウスが集約した魔力を吸収しているので、今もなお力強い輝きを放っています。
『アスモデウス、あなたもしつこいですね。この地を荒らすことは許さないと忠告したはずですよ』
「――っ!? い、今のはなんですか? あ、熱い、胸の奥が、心臓が……!」
急に頭に声が響いたかと思うと、胸が熱くなりました。
フィアナ様の人形から魔力が心臓の中に入ってきて溶け込むような、それと同時に頭の中で響くのは、フィアナ様の記憶……ですか?
段々とフィアナ様の人形の輝きが淡くなってきて、私の体が発光するようになりました。
胸が、心臓が、燃えるように熱いです。そして、頭の中は――。
『フィアナ・イースフィル、お前の力は強大すぎる。悪いが危険なお前をこのまま置いておくわけにはいかない』
『大丈夫、君のことは虐めないさ。私が力の使い方を教えよう』
『悪魔を倒すのが僕たち、退魔師の仕事なんだ。フィアナも退魔師になるの? えっ? 聖女? 何だそれ?』
『……退魔師はほとんど全滅した。もう、人類に希望はない』
『悪魔たちは私が滅ぼします。それが神から授かった私の使命ですから』
四百年前の世界でのフィアナ様の記憶が一気に私自身の記憶を侵食します。
少しでも気を抜けば、私が私で無くなると錯覚するほどの追体験。
フィアナ・イースフィルとしての人生を私は体験したのです。
『し、信じられん、このアザエル様をたかがゴミ人間が……!』
『ば、馬鹿な……、ベルゼブブ様が手も足も出ないとは――』
『はぁ、はぁ、見つけたぞ、ワシの運命の相手を! フィアナよ! ワシはお前を絶対に手に入れる!』
四百年前に魔界が近付いたとき、三人の魔王級と言われている悪魔たちが地上に侵攻してきました。
既に魔物たちの楽園となっていた地上はさらに悪魔たちによって荒らされて、人類は絶望に打ちひしがれていたのです。
そんな中、フィアナ様は大規模な結界術で大陸どころか世界中の魔物を一瞬で消し去り、アスモデウスと遜色ない力を持つ二体の悪魔を魔界へと撤退させました。
そんな中、アスモデウスだけは何度痛めつけても、懲りずに向かってきており、フィアナ様はその身体と魂を分離して、身体を封印することでようやく無力化に成功したのです。
こうして、フィアナ様は世界的な英雄となり大聖女という称号を得ました。
大聖女フィアナという人間についてはほとんど神話の世界の住人だと思っていたのですが、師を尊敬し、友人を大事にして、恋人を慈しむ、そんな方でした。
力の大きさに悩んでいても近くには彼女を支える方々が沢山いたのです。
そして、彼女はそんな方々に感謝しながら人生を終えました。
この方が最初の聖女。
そして、私はフィアナ様の――。
『あなたは、あなたです。フィリア・アデナウアー』
頭の中に響き渡るこの声はフィアナ様の声?
私の魂の中にいる彼女が目覚めたとでも言うのでしょうか。
「フィリアよ! ここに居たのか! あまりにも呆気なく吹き飛ばされたから見つけるのに苦労したぞ!」
アスモデウスは瓦礫を蹴飛ばして、私の姿を発見しました。
そして、彼はその紫色に変色した腕を伸ばして、再び魂を抜き取ろうとします。
『申し訳ありません。私の封印が甘かったみたいで、とんだご迷惑をおかけしました。アスモデウスを倒すのに手を貸してください』
フィアナ様の声が頭の中で響くたびに力が湧いきました。
彼を倒す手助けを? フィアナ様の代わりに私が?
「ぐがああああああっ!! な、なんだ、この力は!!」
気付けば私はアスモデウスの腕を掴みながら、空中に浮いていました。
不思議なことに彼の腕が細い木の枝に思えるほど、脆く感じます。
「この女! また、魔力を流そうと!? そうはいくか!」
腕を捻りあげて、魔力を流そうとすると彼は自分の腕を切り離して慌てて距離を取りました。
さすがにもうこの手は通じないみたいです。
「早く皆さんを助けませんと」
百人以上の人々が生き埋めに近い状態になっており、大怪我を負っている方も多い。
その気配を感じ取った私は辺り一面の瓦礫を空中に浮遊させて、遠くへと飛ばします。
そして、地面に着地して祈りを捧げました。
「セント・ヒール!」
いつもの十倍……、いや百倍以上の出力で私は自分の編み出したオリジナルの治癒魔法で皆さんの傷を癒やしました。
誰一人として犠牲にはさせません。あの身勝手な悪魔の。
「凄いな、一瞬で怪我がすっかり治ってしまったぞ。助かったよ。……んっ? フィリア殿、なんていうか。太陽みたいに眩しい光を放っているが、大丈夫なのか?」
「オスヴァルト殿下、ご無事で何よりです。すみません。光のローブの出力の関係上、どうしても光量が上がってしまって。目には毒ですよね」
「よく分からんが、大丈夫そうだな」
オスヴァルト殿下が私の元に駆けつけて、心配そうな声をかけてくれました。
身体的には問題ありません。
魔力の量が想像以上に膨らんで驚いていますが。
明らかに上昇した量が人形に吸収された量を遥かに上回っていますので。
アスモデウスと私の魔力の差は軽く百倍以上ありました。
魔法が使える女性の魔力を全部合わせても到底追いつけないくらいなのです。
ですが、色々と試してみた感じでは彼の魔力と遜色ないレベル。いや、それ以上の力強さを感じています。
恐らく、人形に込められた魔力というのはきっかけに過ぎないのでしょう。
魂に刻まれたフィアナ本来の魔力を目覚めさせるための。
「触れられなければ、取るに足りん相手だ! あの女はフィアナではないのだからな!」
アスモデウスは空中から私たちを見下ろして、大声で叫びました。
彼の魔力が急上昇して五つの眼が赤い光を放ちます。
これは先程、私たちを瓦礫の中に生き埋めにした魔法です。
彼はニヤリと笑って再びそれを放とうとしました。
「フィリア殿! 俺の後ろに! また大きなのが来るぞ!」
「天変地異ッ!!」
私は彼が術式を発動させた瞬間に、手をアスモデウスに向かってかざします。
そして、握りこむ動作をしますと、同時に空中で大爆発が起こり、彼はそれに飲み込まれて地面へとそのまま落下しました。
「ま、まさか、ワシの魔法が!? こうもあっさりと握りつぶされるとは!? これではまるで、フィアナがあの女に……!」
「私がフィアナ様に見えますか? アスモデウス」
私は指を噛んで血を一滴、地面に落とし……光の柱を五本同時に出現させます。
そして、光の柱は天空へと銀色の光を放ち魔法陣を形成します。
魔法陣から召喚されたのは黄金に輝く巨大な剣。
これこそがフィアナ様が四百年前にアスモデウスの身体を封印した魔術です。
「あ、あ、あれは、よ、四百年前にワシを封じた……」
「今度は簡単には復活させません。あなたの魂ごと砕いてみせます」
アスモデウスは天空で輝く大剣を見て、腰を抜かしてしまいました。
余程、この魔法で封印されたことがトラウマなのでしょう。
四百年前は魂を砕くことが出来なくて、復活を許してしまいましたが、今度は同じ間違いをしないように、とフィアナ様の強い意志を魔法に込めました。
「フィアナ! 待て! 待ってくれ! わ、ワシはお前のことを愛しているんだ! お前さえ手に入れれば地上には何も悪さするつもりはなかった!」
「アスモデウス、私はフィアナ様ではありません。あなたは愛に餓えてこのようなことを企てたのかもしれませんが、その行動は聖女として許容することは出来ません」
私ではなく、私の背後にいるフィアナに許しを乞うアスモデウス。
愛が突き動かしたという部分も確かにあったのでしょう。
仮にそれが純粋な気持ちだったとしても、彼は沢山のものを壊し、そして命を奪いました。
「ちょっと待ってくれ! フィリアよ、僕を、このユリウス・ジルトニアを殺すつもりなのか? 僕は人間だ! 聖女が人を殺しても良いはずがないだろう?」
私が手を緩めないことを知るとアスモデウスは今度は人間の姿に戻り、ユリウスとして私を説得しました。
彼は確かに大罪人ですが、人間です。
そして、彼を裁くのはジルトニアの司法であり、あちらの国の事情です。聖女が彼を殺しても良いという法律はないのでした。
彼はそれをユリウスの記憶を読み取ることで知ったのでしょう。
私がルールに対して頑固なことも含めて。
「よくご存知なのですね。私のことを」
「は、ははは、もちろんだとも。僕は君の婚約者だったのだから。あのときは悪かったな。まぁ、お互いに水に流して――」
「……ですが、アスモデウス。あなたを見過ごすなど出来るはずがありません」
「ぐぎゃああああああああ……!」
私は、アスモデウスの声を無視して光の大剣を振り下ろして彼の胸に突き刺しました。
彼は大きな口を開けて断末魔を響き渡らせました――。
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