第六十四話
ユリウスが魔力を開放したのを感知したのと同時に大爆発が起こり、王宮は半壊状態まで陥りました。
私たち聖女は爆発の瞬間を感じ取るのと同時に光の盾を展開して会議室内の人たちを守ることが出来ました。
私とミア以外の聖女たちはかなり遠くまで吹き飛ばされていますが、魔力の感知は出来ていますから、皆さん無事です。
爆風により部屋は吹き飛ばされて瓦礫の山が積み重なりました。
もしも、城内にいた人たちの避難が少しでも遅れていたら大変なことになっていたでしょう。
「皆さん、無事で良かった……。これがアスモデウスが憑依したユリウスの魔力ですか……」
エルザさんから一度、人類を滅ぼしかけた存在ということは聞いていました。
マモンさんを見て、悪魔という種族の恐ろしさも分かっていたつもりです。
それでも想像以上と言わざるを得ません。
「姉さん、あそこ見て! ユリウスの奴が……まだあんなに悪魔を!」
ミアが空中を指差して叫び声を上げます。
彼女が指差す方向には何体もの悪魔たちを従えているユリウスが空中を浮遊していました。
先程の低級悪魔たちよりも、一回り大きいです。恐らくアリスさんの講義で聞いた中級悪魔という存在でしょう。
中級悪魔とは低級悪魔よりも力が強くて知能が高いのですが、一般の方でも視認することが出来ます。
その膂力は常人の十倍以上と言われており、聖女といえども浄化するには注意が必要とのことでした。
彼の目的はフィアナ様の魂を持つ私と魔力の保持者の確保。一気にどちらの目的も達成するつもりなのでしょう。
「フィリア! もう一度言う! 僕と一緒に来るんだ! 君にぴったりの身体を用意した! 君は親にも愛されずに、簡単にこの国に売られて! 実に可哀想な人生だったと思う! 僕が君のことをずっと永久に愛してやる! 百年だろうが、千年だろうが! 美しいままでいられるようにしてあげよう!」
ユリウスはこちらに手を差し伸べながら、そんなことを叫びます。先程、エルザさんに切り落とされた手はトカゲの尻尾のように再生していました。
マモンさんを見て知っていましたが、やはり悪魔の生命力は人間の常識では測れません。
私にぴったりの身体というのはフィアナ様の身体なのでしょう。
百年、千年と生きられる理屈は分かりませんが、彼からは途轍もない執念を感じます。
――私は両親に愛されたかった。
あの頃の私の気持ちを思い出させるような彼の言葉に少なからずショックを受けている自分に驚きました。
しかし、私は自分のことを可哀想だなんて思っていません。
この国に来て良かったと今は素直に思っています。
「いい加減にしなさい! このバカ王子! あなたが姉さんを売ったんでしょう!? 姉さんの国で、これ以上の勝手は許さないわ!」
「女狐か。誰が誰を許さないだって? お前に出来ることはフィリアを差し出すことだ。かつての両親と同じようにな。そうしたら、お前の命だけは助けてやっても良いぞ」
ミアは怒りながらユリウスに話しかけますが、彼は私を差し出すように彼女に要求します。
彼は私たちを挑発するようなセリフを選んでいるのでしょうか? ミアは彼のセリフを聞いて更に怒り心頭というような表情になりました。
「姉さんを差し出せ? そんなの死んだってお断りよ!」
「では、死ぬがいい……」
「――っ!?」
一瞬でした。
私がミアを守ろうと手を出したときには彼女の姿はそこにはなく……、ミアは勢いよく吹き飛ばされて、瓦礫の山に叩きつけられてしまいます。
これは、魔力によって圧縮された空気の塊をぶつけられた? それもミアの術式での防御が間に合わない程の速度で――。
「ミア!」
私は彼女の元に駆け出しました。
あの勢いで叩きつけられたら、無事では済まない。
ユリウスに背を向けてしまった自分の浅薄さに気付いたのは、その数瞬後です。
「僕に背を向けたな。君は本当にフィアナの生まれ変わりなのか? その油断は命取りだ」
このままでは、私もやられてしまいます。
そう思った、その時です――。
「アスモデウス、覚悟なさい!」
「悪いが旦那のワンマンショーはここまでですぜ!」
エルザさんがユリウスの首を目掛けてファルシオンを振り、マモンさんが彼の心臓をめがけて鋭い爪を伸ばします。
先程はエルザさんのファルシオンによって彼の腕は切り裂かれましたが……。
「まったく、400年前も、今もお前たちは鬱陶しいままだ。弱い人間に憑依しているから僕を倒せると勘違いしては困る」
「「――っ!?」」
エルザさんとマモンさんの攻撃をユリウスは更に空高く舞い上がり、躱します。
そして、ミアと同様に圧縮された空気の塊を二人にもぶつけ……エルザさんとマモンさんは地面に叩きつけられました。
あれでは、あの二人も――。
「ったく、痛いわね。さすがに簡単には斬らせてくれないか」
「そりゃあ、魔王と呼ばれる存在の一人だからなぁ。やれやれ、そろそろ俺も年貢の収めどきかねぇ」
「馬鹿言ってんじゃないの。行くわよ」
致命傷に近いと思っていましたが、エルザさんもマモンさんも、むくりと起き上がり、再びユリウスに飛びかかりました。
あちらは彼女らに任せてミアを助けましょう……。
「ミア、しっかりして……! セント・ヒール!」
幸いミアには目立った外傷は見当たらず、気絶しているだけのように見えました。
どうやら師匠との特訓により普段から魔力による防御を自然と行えるようになっていて、常人と比べて頑丈になっていてくれたみたいです。
私はミアの治療に魔力を集中させました――。
「死にたくなかったら退魔師以外はここから遠くに逃げてください! 僕たち、退魔師が悪魔を退治しますから!」
マーティラス家の護衛としてこちらに来ていたクラウスさんは退魔師以外はここから逃げるようにと大きな声で指示を出します。
そんな彼は一瞬でユリウスが率いていた中級悪魔たちに取り囲まれました。
十体は超えていますが、彼一人で手に負えるのでしょうか……。
「「「ギィィィ! ギィ! ギィ!」」」
「って、こんなに沢山の相手なんて聞いてませんよ~! エルザ先輩! 助けてください!」
「こっちも手一杯よ! 見てわからないの!」
手に負えそうにありませんでした。
ミアの意識が戻るまで“セント・ヒール”を使いたいところですが、師匠やグレイスさんたちもまだ離れたところにいますし、彼一人を放っておく訳には――。
「「「ギィィィィ!!」」」
「ううっ……! 多勢に無勢すぎる!」
彼を助けようと私が飛び出そうとしたその時――。
「フィリア様はミア殿の治療を!」
「悪魔は我々にお任せあれ!」
「行きますよ~~! メイドの花道見せてあげます~!」
「リーナ、油断は大敵ですぞ!」
ヒマリさん、フィリップさんに続いて、リーナさんとレオナルドさんまで、一斉に瓦礫の陰から飛び出します。
そして、先日、私が彼女たちに渡した武器を使って……。
「し、信じられない。退魔師でもない人間が中級悪魔を次々と……」
「「ギィギャーーーーーッ」」
「ぬおおおおおおっ! フィリア様をお守りするのは、パルナコルタ騎士団団長! フィリップ・デロンである!」
対悪魔用の武器によって、ヒマリさんたちは中級悪魔を一蹴します。
特にフィリップさんの力は凄まじく、生命力に満ちた悪魔を巨大な槍をひと振りするだけで倒してしまいました。
聖女以外にも、この国には立派な守護者たちがいたのです――。




