第五十八話
大陸中の聖女たちが集まるという前代未聞の世界会議――聖女世界会議が遂に、ここパルナコルタ王国で開催されました。
聖女は基本的に世襲制でして、例えばアデナウアー家やマーティラス家などその国で聖女を担っている家系があります。
パルナコルタの事情は長いので割愛させてもらいますが、マーティラス家の分家筋が務めており、先代聖女のエリザベスさんは婿入りしたマーティラス伯爵の弟の娘でした。
その上、エリザベスさんの死後……私がユリウスによって売られるという形になり、この国の聖女になっていますので、現在はアデナウアー家のスタイルで行っております。
グレイスさんの話を聞くとやはり各家ごとに流派といいますか、結界の張り方にしても多少の差異はありますし、他の家の事情を聞くということ自体がかなり勉強になることに気が付きました。
ですから、長年書物などのやり取りでしか出来なかった意見交換をリアルタイムで口頭で行えるということだけでも有意義な時間になることは間違いありません。
特に私たち聖女やその他の教会関係者を統べるクラムー教皇のお膝元であるダルバート王国は最初の聖女にして先代大聖女、フィアナ・イースフィルの故郷ですから……イースフィル家の伝統には非常に興味がありました。
「エルザさん、ダルバート王国の聖女、アリス・イースフィルさんはやはり退魔師が護衛を?」
「アリス? いいえ、あの子は聖女であり退魔師だから……退魔術も使えるのよ。あなたみたいに何でもかんでも万能って訳じゃないし、凄い破邪術が使えるわけじゃないけど」
「悪魔への対抗手段は持っているということですか」
「そういうこと。もちろん、ダルバート王国の精鋭が護衛はしているけどね」
私やマーティラス家の姉妹のような退魔師の護衛はいない――エルザはそう答えました。
ダルバート王国の聖女、アリス・イースフィルさんは勇猛果敢な方だと聞いております。
教会本部が退魔師を抱えており、エルザの話によればフィアナが悪魔を撃退したというお話でしたから、イースフィル家は対悪魔の手段を昔から得ていたということでしょうか。
「フィリア姉さん、相変わらず朝早いね。ふわぁ……」
「ミア……! あなたは、こちらに来てからだらけ過ぎです!」
「お義母様も朝から元気が良くて何よりです」
出かける準備が終わり、庭でエルザさんと雑談をしていますとミアと師匠が現れます。
ミアは師匠の養子になってからかなり厳しい特訓を受けているとのことですが、この様子ですと仲良くやっているみたいですね。安心しました……。
「でもさ、よく考えたら凄いことだよね。色んな国の聖女と会えるなんて考えてもみなかった」
「よく考えなくても凄いことです。あなたはジルトニアの聖女として恥ずかしくない態度を心がけなさい」
「はーい。早く行こっ! フィリア姉さん」
師匠の言葉を流しつつ、ミアは私の手を握りしめてサミットの会場であるパルナコルタ王宮の会議室へと向かいました。
あの会議室に行くのは魔界が接近しているという話をオスヴァルト殿下たちにしたとき以来ですね……。
「おっ! フィリア殿、それにミア殿にヒルデガルト殿も到着か。警備はパルナコルタ騎士団だけじゃなくて、各国の精鋭たちとの連携を取ってるから万全だ。安心してくれ」
「オスヴァルト殿下、朝早くからお疲れ様です。また後で挨拶に伺いますので」
王宮に着くと、オスヴァルト殿下が自ら警備の指揮を執っていました。
本来は騎士団長のフィリップの仕事なのですが、彼は私の護衛をしていますし、他国の方も警備に配属されていますので、外交的な意味も込めて殿下がリーダーとなっているのです。
謹慎明けの最初の仕事だと張り切っていました。
「オスヴァルト殿下、お久しぶりです。姉とはその後どうですか?」
「ミア殿、いや前にも言ったけど俺はフィリア殿と――」
「……殿下?」
ミアから挨拶されたオスヴァルト殿下は困った顔をして私の顔を見ました。
また、この子は変なことを聞いて、殿下を困らせるのですから。
「……そうだな。フィリア殿、聖女世界会議が終わったら話したいことがあるから、食事でも一緒にどうだ?」
「は、はい。ではご一緒させて頂きます」
「おおーっ!」
「おお、ではありません。これ以上、口出しするのは野暮ですよ。先に参りましょう……」
ヒルデガルトはオスヴァルト殿下に会釈して、ミアの腕を引っ張り先に王宮の中に行ってしまいました。
どうして、先を急がれるのでしょう……。
「良い妹さんだな。フィリア殿が命懸けで守ろうと頑張った理由がよく分かる」
「ええ、私には勿体ないくらい良い子です」
「俺はフィリア殿が姉だから良い子なんだと思ったけどな」
殿下はミアのことを良い子だと褒めてくれました。
嬉しいです。あの子の良さが殿下にも伝わって。
平和になって、もう会えないと思っていたミアと普通に会えるようになって、幸せを実感しています。
「それは、そうと。先日、フィリップが持ってきたフィリア殿が開発したという対悪魔用の武器の数々。何とか急ピッチで量産している」
「ありがとうございます。エルザさんのファルシオンを参考にして、私なりに安価に量産出来るものを幾つか作ってみたのですが、効果があるかどうか……」
「魔物と違って未知の生き物だからな。だが、エルザ殿からもお墨付きを貰ったんだろ?」
「え、ええ。そうですね。出来が良いので退魔師の本部に設計図を持ち帰ると仰って頂きました」
私が設計した悪魔対策用の武器はエルザさんに一定の評価をしてもらいました。
マモンさんの首を吹き飛ばしながら効果を立証しようとは思いませんでしたが……。
しかしながら、昨日のあの出来事――。
「オスヴァルト殿下、これを持っていて頂けませんか?」
「んっ? これって、眼鏡か? 俺の視力はかなり良い方だぞ」
「昨日の夜、エルザさんに低級の悪魔は普通の人間には見えないと言われたので、その悪魔の実体を捉えることが出来る眼鏡を作ってみたのです」
「……みたのですって。昨日の今日で?」
「仕組み自体は簡単なものでしたから」
見えない悪魔を対策しろと言われても無理ですから、私はまず見る為の道具を作りました。
アクセサリー作りの延長上で何とかなったので良かったです。
万が一のことを考えて、せめて警備の総指揮を執るオスヴァルト殿下には悪魔を視認出来るようになっていて欲しいと思い、これを手渡しました。
「それでは、殿下。お食事、楽しみにしていますね」
「ああ、俺も楽しみにしてる。会議、頑張ってな」
オスヴァルト殿下と食事の約束をした私は王宮の会議室へと足を踏み入れました。
ミアと師匠の他にも、グレイスさんたちに各国の聖女たちが何人か先にいらっしゃるみたいです。
せっかくのこの機会……、邪魔が入らなければ良いのですが――。




