第五十六話
「そうですか。グレイスさん達のところにも護衛の退魔師が……」
「ええ、クラウス様という方が来られました。今は先輩の方に挨拶をしてくると外しておりますが」
四人もの聖女が共に暮らしており、その上、大破邪魔法陣の魔力供給の一端を担っているマーティラス家にもクラムー教本部は退魔師を派遣しました。
四人のうちの誰かに、何かがあれば魔法陣にも影響がありますから当然でしょう。
「席を外すって自由な護衛なのね」
「それはわたくしも思いましたわ。真面目そうな方なのですが……」
「クラウスさんという方はキチンとこちらのことに気を配っていますから、問題ありませんよ」
「「えっ?」」
ミアがクラウスという方が無責任なのではと言及しましたので、私はそれを否定しました。
こちらの状況をキチンと見ていれば、多少は自由に動いても問題ないでしょう。
「おーほっほっほ! お二人とも修行が足りませんわね。あちらをご覧なさい。クラウスならずっとあの高台でこちらを監視しながら女性の方と逢引をしていらしてよ」
「あっちの高台って……、あのずーっと先にある丘のこと?」
「よく見ると二人の人影が見えますわね。クラウス様かどうか分かりませんが」
エミリーが指差してクラウスのいる場所を二人に伝えますと、ミアとグレイスは目を凝らして5キロほど離れたところにある丘の上を注視します。
どうやら、お二人ともよく見えていないようです。
「目で見るのではなく、魔力を感じるのです。マナを知覚する応用ですよ」
「まぁ、聖女でしたらこれくらいは出来て当然ですわね。おーほっほっほ!」
「あんたのお姉さん、愉快な性格してるわね」
「珍しく意見が合いましたわ。ボルメルン王国一、愉快な人間がわたくしの姉ですの」
技術自体はそんなに難しくはありません。
なので、ミアもグレイスも直ぐに同じことが出来ると思います。
「エルザにしきりに頭を下げて何か話してますね。護衛対象の様子はどうなのか……、私のことを質問しているのでしょうか?」
「ええーっ!? フィリア姉さん、何を話してるのかも分かるんだ。すごーい」
更にクラウスの唇の動きを読むと、私の話をエルザから聞いているように見受けられました。
かなり上下関係はしっかりしているみたいです。
「エミリーお姉様もお分かりですの?」
「も、も、もちろんですわ……、と言いたいところですが。……フィリア・アデナウアー、これくらいで勝ったと思わないことです」
「あまり恥ずかしい態度を取らないで下さいな。フィリア様が困っていますから。見栄を張らない所はご立派ですが」
エミリーが不機嫌そうにこちらを見ており、グレイスがそれを嗜めています。
とてもお二人は仲がよろしいのですね。私とミアもこれくらい仲が良いように見えているのでしょうか?
「それでは、フィリア殿。聖女世界会議でのご活躍を願っていますぞ」
マーティラス家の面々はパルナコルタ王家が用意した宿に行くとして、馬車を出しました。
クラウスもエルザに蹴られながら、馬車を追いかけているみたいですね。
いよいよ、聖女世界会議ですか。
何事も起きなければ良いのですが……。
◆ ◆ ◆
その日の夜はどうも寝付くことが出来ませんでした。
どうも胸の中がざわついて、落ち着かなかったのです。
漠然とした嫌な予感が眠りを妨げていました。
『やっとみつけた…………』
聞き覚えのある声が私の枕元でひっそりと小さく響きます。
こ、この声の主は……まさか、こんなことって。
『どうした? フィリア・アデナウアー。僕の元婚約者よ。まるで、死人を見るような目ではないか』
「あなたは、ユリウス……!?」
『殿下をつけろ、殿下を。陛下でも良いけどな。僕はこれから大陸全土を統べる王となるのだから――!』
気付けば私の部屋にユリウスの容姿をした半透明の存在がありました。
こ、これは幽霊? いえ、ユリウスはアスモデウスという悪魔に取り憑かれたと聞いています。
どうやら、魔力を遠隔操作してユリウスの形を映し出しているみたいですね。
『僕は誤解していたよ。君のように美しい魂の人間はこの世にいなかった。僕と結婚して僕のモノになってくれ。今度は全力で君のことを愛するから』
「…………」
おおよそ、ユリウスの台詞とは思えない言葉が飛び出して私は思わず黙ってしまいました。
これは悪魔が私のことを誘っていると受け取れば良いのでしょうか……。
ただ一つだけ言えるのは、ユリウスの背後から感じるのは猛烈な悪意だということです。
『ほう。ワシの魔力を捉えるか。流石は大聖女フィアナの生まれ変わり。力は比べようの無いくらい矮小だが、まるっきりの愚図ではないみたいだな』
「アスモデウス……ですか」
『如何にも! 我こそは魔界の王の一人! アスモデウス! お前の魂を頂きに来た!』
ユリウスの姿の半透明の何者かはアスモデウスと名乗り、私の魂を取りに来たと宣言します。
エルザの言ったとおりだったみたいですね。
強い悪魔が私のことを狙っている、と。
『恐怖で震えるところを見たいと思っていたが、それは後でたっぷりと楽しむとしよう。ワシの元に来い!』
半透明の存在が私に向かって手を伸ばします。
「退魔術――破邪ノ大砲ッッッ!」
『――っ!?』
突如、窓ガラスが割れてエルザが部屋に飛び込み、両手の二本指をクロスさせて大きな光の渦を発射しました。
半透明の存在は声も出ずに一気に消え去り、消滅します。
これがエルザの退魔師としての実力なのでしょう。
壁に大きな穴が空いてしまいましたが――。




